第四話 ワイルドカード⑤ ~新しい趣味~

 たった五日しかなかった事もあり、その日はさっさとやって来た。


「はい、というわけで運命の五日目です」


 中庭に集まったのはチャールズとクリスに加え。


「イェエエエエエエイ!」

「ウホオオオオオオオッ!」


 両手を上げて騒ぐショーコにドラミングするゴリ美だった。


「何このノリ」

「いやほら、門出は明るくないとね」

「あっそう……まぁいいわ」


 結局クリスはショーコとゴリ美には勝てなかった。さんざん走らされた後に不良とゴリラと戦うのはあまりにも無茶だった。それでも収穫はあった。一矢報いる程度の強さは身に着ける事が出来た。

 

 だが今クリスが気にすべきは、そんな事ではなく中庭の中央に鎮座する、大きな白い布がかぶせられた怪しい物体だった。


「で、これは?」

「の前に、クリス鍵は持ってるかい?」


 質問に質問で返すチャールズにため息をつきながらも、クリスはポケットから以前受け取った赤い鍵を見せた。


「これかしら、勝利の鍵とか言ってたけど」

「見覚えない?」

「無いわね」


 本心からそう答えるクリスだったが、それを見て一番大きなため息をついたのはショーコだった。


「はぁー……これだから貧乳は」

「どういう意味よ」

「ま、君の記憶力は置いておいて。さぁ……これだあっ!」


 大きな白い布をはがせば、ようやくクリスはその鍵が何なのか思い出す。


「これ、この間の」

「そう、君がショーコとの戦いで使ったスクーターだ。思い出したかい?」


 そこにあったのは真っ赤でボロいスクーター。その鍵が今手にあるそれ、だったのだが。


「まぁ、そこは思い出したけれど」


 鍵とスクーターを二、三度交互に見る。記憶の中にあるそれとはシルエットというか部品数というか、そういう類の物が違った。


「何か変な物くっついてない?」


 彼女の記憶の中で、それはせいぜい自転車に毛が生えたような程度の物だった。しかしタイヤは取り払われ、代わりに大きな円盤が二つ付いている。それからヤケクソのように増設されたたくさんのタンクとチューブ。あとは訳の分からん機械。


「説明しよう! この半重力エンジンは没になった宇宙人が責めてくるというアホすぎるシナリオで登場予定だったUFOから取り出した最強のエンジンッ! そして制御用の燃料に追加エンジン、冷却用液体窒素とまさに完璧っ!」

「さっぱりわからないんだけど」

「まぁ原理は気にしなくていいよ、とりあえずこれでボッシュートの穴まで突撃して帰還するんだ。まぁ爆発したらちょっと四肢が吹っ飛ぶけどさぁ行こう!」

「ちょ、爆発?」


 効き捨てならない言葉に反応するクリスだったが、もう遅かった。彼女が逃げようと後ずさりした瞬間、ショーコとゴリ美に捕まった。


「まぁ……頑張れよ」

「ジャングルの精霊も……まぁ見守るわ」

「あんた達……覚えてなさいよ」


 振り払おうと手に力を込めるクリスだったが、ショーコはともかくゴリラにはかなわない事はここ数日で実証済みだ。諦めて魔改造されたスクーターに跨り、いや乗せられた。


「さあいこうクリス、あの天井の向こう側へ!」

「いや爆発」

「ハイ座ったね。これがエンジンで……よーしいいぞ、安定してるな」


 チャールズがキーを捻れば、エンジン音とは別の高周波のような音が響いた。


「だから爆発」

「はいここ握って……」

「ばくは」


 チャールズは勝手にクリスの手を掴み、思いっきりスロットルを開けた。


「よーい、ドーーーーーーーーン!」


 そのまま持ち上げられるかのように、スクーターはクリスを乗せて急上昇する。小さくなっていく世界の裏側を見ながら、彼女は。


「……こわっ」


 相も変わらず緊張感のない言葉を漏らして、ただ真っ直ぐと上を見た。





 赤い軌跡を三人はただ見上げていた。小さくなっていくその姿が見えなくなるまで、誰もその場を離れなかった。


「あーあ、行っちまったなアイツ」

「またいつもの生活に戻るのね」


 ようやく言葉を漏らしたショーコとゴリ美。その表情にはどこか満足感が漂っていた。


「まぁその予定だったからね。あと僕らに出来る事と言えば、せいぜい天に祈ることぐらいさ」


 上を指さしながらチャールズが言う。だがショーコはその言葉にどうしても引っかかる。


「出来る事って……メリルの事、黙ってたんだろ?」


 非難交じりの口調を、彼は肩を竦めて躱す。


「まぁ流石にね、説明して絶望されたら困るだろう? どっかの誰かみたいに」

「本当にね、あんた来た時酷かったわ……姉御ぉ~、姉御ぉ~って」

「ばっ、言うなよ!」


 顔を真っ赤にしたショーコが、思い出に浸るゴリ美に蹴りを入れる。そんな二人を尻目に、チャールズは部屋へと戻っていった。


「あれチャールズ様もうお仕事? 相変わらずご熱心ね」

「いや、今日は」


 振り返らずに一歩づつ、クリスから遠ざかるように。




「新しい趣味でも始めようかなって」




 誰かが主役の物語を、誰かに向けて描くために。






 白い闘技場を埋め尽くす、瓦礫のような遮蔽物。互いの陣地に置かれた赤と青の二つの旗だが、今その赤い旗の前で一方的な戦いが行われていた。


『さぁ盛り上がってまいりました第二試合のフラッグ戦! 軍人令嬢エレオノーラ・V・クラインベック対ヤンデレ令嬢リスカ・カーマッテ! 鋼の精神VS闇の精神! さぁ勝つのは……どっちだ!』


 ハリーが煽るが、最早勝敗は決していた。


「フフ、フフフ……あなたも殺して……私も死ぬっ!」


 生傷だらけのリスカは、自前のナイフを構えて突撃する。だが対峙するエレオノーラには傷一つついておらず、華麗な身のこなしでそれを避ける。


「そんな暇があるなら」


 腰から下げた軍刀を彼女は抜かない。それに値しない相手だと知っていたからだ。鞘ごと軍刀を引き抜くと、彼女は脳天めがけて振り下ろす。


「病院に……行けーーーーーーーーーーーーっ!」


 直撃する、がリスカはまだ倒れない。彼女の唯一の強さである怨念がそうさせていたのだが。


「ま……まだよ、まだ私は愛してるって言われて」

「フンっ」


 エレオノーラが軽く足払いをする。そのまま倒れて頭を打つリスカはそのまま気を失った。


「まったく……どこかでその性根を叩きのめした方が良さそうだな」


 圧倒的な強さだった。汗一つかかず佇むその姿に拍手喝采が巻き起こる。


「軍隊とかでなあっ!」


 会場が沸いたのは、今の試合に満足した訳ではない。次の頂上決戦への期待が彼らをそうさせたのだ。


『それでは勝者……エレオノーラ・V・クラインベック!』


 相変わらず能天気なハリーの声が響く。そして地獄の窯の蓋が。


『さて負けたリスカ選手はボッシュートでーす』


 開いた。


 落ちるリスカ、空いた蓋。




「ちょ」




 聞こえて来た誰かの声に、エレオノーラの耳が動いた。


「今……何か喋ったか?」


 だが対戦相手の姿はもういない。声など聞こえるはずもないその穴に彼女は一瞥さえくれない。




「ちょっと」




 だがそれが間違いだった。エレオノーラの背後に突風が吹いた。そして聞こえる彼女の怒号。




「ちょっと止めてえええええええええええええええ!」




 会場の目が奪われた。


 白煙を上げながら、高く高く上昇する真っ赤なスクーター。皆口をポカンと開けていれば、それは花火のように爆発した。もっとも散ったのは赤い破片で、残った煙は黒く汚い物だったが。


『えーっと……』


 ハリーが唯一出せた言葉がそれだった。


「花火か?」


 エレオノーラの軍帽の鍔に一本のネジが当たる。それから遅れていくつかの破片が降り注ぐが、一際大きな物体が地面に激突した。


「さぁ、反重力なんとからしいけどどうでもいいわ」


 黒煙の中から彼女は立ち上がる。服についた埃を払えば、煙が晴その姿が露になる。


「お前は……第一試合の」


 会場がざわついた。見覚えが無かった、いやあった。戻された。




 ――抹消された記憶が、記録が今。




 二本の足でそこに立っていた。


『ど、どういうことだーっ! なんか変な物が爆発したと思えば、姿を現したのは第一試合の敗者。クリスティア・R・ダイヤモンドだーーーーっ!』


 ハリーの声が響き渡る。だが会場は釣られること無く、ただ戸惑いの声を上げていた。


「どうしてお前がここに……」

「馬鹿ね、見ればわかるでしょそれぐらい」


 エレオノーラの声に首を鳴らしながら返事をするクリス。




「地獄の底から……帰ってきたわよ」

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