第5話 蘇る

 双子の弟は姉に似ておらず、とても辛抱強く大人しかった。


 姉が1歳には片言を話していたのに対して、弟の珠杏じゅあんは3歳を過ぎるまで一言も話さなかった。

 でも恭子は深くは心配をしていなかった。

 なぜなら彼は恭子達の話をちゃんと理解していた。じっと周りを見て、人の言葉を心で咀嚼していた。


 夫はじっと自分を見つめる珠杏じゅあんを気持ち悪がって、可愛がることはなかった。いや、姉をもそれほど可愛がってはいなかったが。

 でも恭子は彼を自分の分身のように感じており、可愛がった。そう、珠杏じゅあんは唯一彼女の人生で手に入れた愛だった。


 なぜか忘れてしまっていた息子の記憶がうっすら蘇ってきた。




 そうだ、双子の4歳の誕生日


 恭子はケーキ屋にいた。


 夫と子供たちは車で待っていた。珠杏じゅあんが恭子の元に行きたいと言ったので、夫が車の扉を開けた。危ないので内側からは開かないようにしていたのだ。

 ぼんやりした夫は、息子が道を横断するのをぼんやり見ていたのだろう。

 本当にの役にも立たない夫だったと今更ながら思う。役に立たないだけならまだしも、避けられる災厄を運んできた。本当は息子を殺したかったのでは、とまで思う。


 そうだ、息子の珠杏じゅあんはあのショッピングセンターで轢かれて死んだ。即死だった。

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