World Tune

BO-ZU

第0章 伝説 ~終わり、始まり~

プロローグ

 長い道を一人の青年が進んでいる。


 青年の歩みを止めようと、いくつもの黒い影が襲ってくる。


 黒い影は人間ではない……。


 動物でもない……。


 黒い影の正体は……。


 悪魔、魔獣、不死者アンデッドなどの異形な集団……。


 普通の人間なら恐怖して逃げ出してしまうだろう……。


 だが、青年は魔物の大群を前にしても恐れも焦りもせず握っている剣に力を込めると襲い来る魔物を切り裂き薙ぎ払う。


 その一振り一振りで魔物は大地に倒れ伏すと二度と起き上がることはない。

 

 多くの魔物をことごとく斬り倒しながら進む青年の姿は……まさに勇者。


 青年は、光り輝く純白の兜や鎧を身につけ、赤い外套マントを靡かせる。手に持つのは白き聖剣。


 そう、彼は勇者。今、世界を脅かす魔王を倒すために歩を進めている。


(やっと……、ここまできた。みんなは大丈夫か? 特にあいつは……)


 勇者は一人で歩み続けながらも仲間のことを考える。仲間達は勇者を魔王のもとへと導くために数多くの魔物を一手に引き受けていた。そんな仲間の身を勇者は心配している。特にその中にいる一人の仲間を……。


(あいつは、いつも無茶をするからな……。でも……、この戦いが終わったら俺はお前に伝えたいことがあるんだ。……だから絶対に死ぬなよ! 俺も絶対に死なないから!)


 勇者は仲間である魔術師の女性を心から心配すると同時に信じていた。彼女なら、きっと生き抜いてくれると。


 仲間への思いを胸に抱きながら進んでいると勇者の前に巨大な扉が姿を現す。恐らく魔王が待ち構えているであろう扉を前にして、勇者の中にも小さな畏怖が生まれる。しかし、勇者は自身に生まれた恐怖を追い出すかのように頭を振りながら払いのけるとすぐに扉を開ける。


 扉は大きな音を立てながら容易く開いていく。


 扉の中へと入ると勇者の目に信じられない光景が飛びこむ。魔王がいるであろう部屋のはずだが、そこは美しくも煌びやかで荘厳な造りの真っ白い部屋。何か不思議な雰囲気が入り混じり魔王がいる場所とは思えない何か神聖なものさえ感じてしまう。


 戸惑いながらも周囲を見渡す勇者。そんな勇者は視線を感じ取る。


 部屋の最奥にある玉座へと座っている者からの視線を……。


 視線の主は神聖さとは真逆の存在。


 世界を脅かし、多くの人々を苦しめる魔王がいる。


 だが、魔王を見た勇者は意外な姿に眉をひそめる。


(初めて見たが……、あれが魔王なのか?  まるで人間かエルフのような普通の姿なんだな……。もっと大きな姿をしていたり、化け物の容姿だと思っていたんだが……)


 少しだけ呆気にとられる勇者だが、すぐに気持ちを切り替える。勇者は目の前にいる魔王を睨みつけながら聖剣を向けて吠える。


「ここまでだな! 魔王! お前を守る者はもういないぞ! 俺の仲間が魔物の相手をしてくれているからな!」


「はぁ……」


 魔王はため息のように小さく息を吐くが特に行動を起こそうとはしない。目の前にいる勇者を眺めているだけで何も答えようともしない。


(なんだ? 観念したのか? それとも、俺では相手にならないと高を括っているのか? ……まぁ、どちらでもいいさ。俺は、……あいつを倒すだけだ!)


 勇者が決意を固めて魔王へ攻撃をするために動きだそうとした――その時、魔王が動く。右手に持つ錫杖を少し動かしながら大きく口を開く。


「よくぞ、ここまで来た! 勇者よ! ……とでも言えば貴様は満足するのか? 全く……。勇者らしいといえば勇者らしいが、ここまでだと我ながら呆れてしまうな……」


 魔王は玉座に背中を預けながら小さく首を横に振る。馬鹿にしているような態度の魔王を勇者は睨みつけて反論する。


「負け惜しみを言うな! お前の部下はほとんど倒した! お前はここに一人だ! この状況でどうするという!」


「うん? あぁ……、そのことに関しては見事だ。お前は勇者らしく私の部下を悉く倒して私の城まで……いや、私の元まで来た。称賛しよう。……だが、もう終わりだ」


「……何?」


 勇者は魔王が言い放った最後の言葉が意味するところを理解出来ない。そのため、首を捻りながら無意識に聞き返していた。理解していない勇者を見据えながら魔王は淡々と語る。


「要するに、お前の役目は終わったということだ。ご苦労だったな」


 魔王の言葉に勇者は不快気に顔を歪ませる。


(つまり……、俺では勝てないと言いたいわけか……? 回りくどい言い方をしやがって! 吠え面をかかせてやる!) 


「わかった。魔王! 俺にはお前を倒して平和を取り戻せないと言いたいようだが、戦ってみるまで結果はわからんぞ? 俺をあまり舐めるなよ!」


 怒気を孕んだ勇者の言葉に魔王は腕を組み少し視線を空へと上げて思案する。視線を外した時間は一秒にも満たず本当に一瞬だけ視線を上へと移すとすぐに視線を勇者へと戻す。


「……少し違う。お前は勇者として平和を取り戻す。そして人々は歓喜し、お前は勇者として長く語り継がれる。それは保障してやる。……だが、それだけなんだ……」


(なんだ? 敗北を認めているのか? こいつは……)


「……それだけなんだよ。せいぜい百年の平和の後に、また魔王が出現する。……そして、勇者が現れ魔王を倒す。その繰り返しだ……」


 勇者は魔王の言っている意味が理解できずに困惑する。


「お前は……、また復活すると言いたいのか?」


 勇者の問いに魔王は笑みを浮かべる。


「復活? 復活だと? ふふふ、はははははははは!」


 魔王は傑作だと言わんばかりに肩を震わせ笑いだす。


「そうだな、復活か……。そうであればどんなに幸せか……。ふん。まぁ、いい。これ以上は語ったところでお前には理解できないだろうし意味もない。さぁ? 始めようか? 勇者? 魔王と勇者、世界の平和をかけた戦いとやらを? きっと、これは良い伝説になるぞ?」


 魔王は玉座から立ち上がると錫杖を勇者へ向ける。錫杖が向けられたことが合図になり、勇者も剣を構えると魔王へ雄たけびを上げながら突進していく。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉー!」


 魔王と勇者が激突する少し前に魔王は呟くように声を漏らす。


「……世界の調律……」


◇◇◇◇◇◇


 ……戦いは熾烈を極めたが魔王は勇者によって倒され世界には平和が訪れた。


 この戦いは人々の間に広まり、勇者は伝説となる。


 物語はこの約百年後の話……。

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