ウィスパー・バッカニア

ミゴ=テケリ

落日と浮上

深夜の埠頭、静寂に包まれた暗い空間に一人の男が佇んでいた。


おもむろに鞄を小脇に置き、街灯に照らされているだけの水平線を見つめ、不敵に笑みを浮かべる。


「夜の海というのもオツなモンだな。そして最期を迎えるに相応しい良い夜だ」


 コンビニの袋から蒸留酒の瓶を取りだし一口煽る、アルコールが内臓を焼き、脳の引っかかりを外す。


「軍事オタクって言われて海上自衛隊幹部候補生学校受けてみたけどまさか4回も落っこちるとはな」


 酒を飲みほし一人たそがれる。そして飲みほした瓶を海に投げ捨てる。


「さて、末期の酒も済んだことだし……」


 帽子を放りだし肩幅に足を開き肺いっぱいに空気を吸う、膝に手を置き、腰を落とす。


「何が危険思想だよ、毎度きちんと筆記は受かるのになんで面接で落とされるんだよ。自衛隊に入る以上、一度は火器をぶっ放したいと思うぐらいは当然だろうが。挙句の果てにパラサイト扱いで追い出すとか何が人間の寄生虫だよ。なんで、……」


 そこまで叫ぶと少しは気分が晴れたが、同時に虚無感も襲ってきた。


「俺、何やってんだろ。叫んだって事態は変わんないのに」


 とりあえずの不満を吐きだし、小脇に置いた鞄から数枚の一円玉、他が入った瓶を取りだし、導火線代わりの線香花火に火をつける。


「とりあえず、こいつを試すか」


 花火が短くなり、最後の輝きを放ちだしたのを見計らい海に投げる。海に着水すると同時に閃光を伴う水蒸気爆発が起こった。それは火柱を上げ周囲には閃光の残滓が粉雪のように降り注ぎ夜の帳を赤く照らす。


「素人が作ったテルミットでも結構いけるものだな。とりあえずこれ使って傭兵でもするか」


 現状の不満を爆発により発散し、鞄を持ち踵を返す。とりあえずバイトで金貯めるかと考えつつ埠頭を後にしようとした瞬間、背筋に悪寒が走った。それはちょうど面接に落ちる時に感じる、脳の奥が警鐘を鳴らすような感覚。


「馬鹿馬鹿しい、こんなところでまで落ちるわけがないだろ。少し飲みすぎたな」


 頭をかき、脳裏によぎった想像をかき消す。 


「さてと新たなる人生の第一歩とシャレこみますか」


 次の瞬間、後頭部に殴られたような衝撃が走ると同時にガラスの割れるような音が周囲に響き渡った。その衝撃に足元がおぼつかなくなり、海に転げ落ちてしまった。


冷たい海水で意識だけははっきりとしたので体力温存のため咄嗟に着衣水泳で習った体勢を取る。しかし暗い水は徐々に体温を奪い、体力を消耗させ眠気を誘う。


このまま仰向けの間抜けな恰好で死ぬわけにもいかないので、まだ沖に流されていない事を信じ、泳ごうかと身をひるがえそうとしたその瞬間、何かに引きずられ沈んでいく。


「なんだこれ、網か何かに引っかかったか」


引っ掛かりを外そうとするがその瞬間首を絞められる。酸素が失われ鼻から海水が入り喉の境が痛くなり目頭が重くなる、そのまま意識を失い海に引きずり込まれていった。




 薄暗い意識の中、不意に淡い光が瞼越しに伝わる。睡眠時間が少ない時の寝起きのような頭の端が重たいような感覚。


「目覚めよ」


 ここ、どこだろう。確か海に引きずり込まれて。


「目覚めよ、我が下僕よ」


どっかの浅瀬に流れついたのかな。


「目覚めるのだ、我が手足となりし者よ」


 法衣を着た爺さんが見える。もしかしてどっかの寺に助けられたのかな、それにしてはごつごつして寝心地悪い、なんかまだ疲労しているのかな、なんか坊さんが変な事を言っているように聞こえる。


「いい加減に起きろ、霊魂が。全くこんな神経の太い魂は初めてだ」


 その声で目が覚めた。


「そっちこそ何言っているんですか。頭大丈夫」


「失礼だなお前は。一応お前を現世に留めてやった恩人だぞ、嘘だと思うなら自分の体を見てみろ」


 何を馬鹿な事をと思いつつも何となく右手を見てみる。そこにはガラスのように半透明になった自分の手があった。


「……なにこれ」


 自分の手を触ってみる。感覚は確かにあるがなぜか煙のように薄く、ともすればすり抜けてしまいそうなくらい頼りない。


「確認したか、お前は死んだ。というより儂が下僕使って殺した」


 あの時俺を引きづりこんだのはこいつだったのか。だが、なぜか憤りは感じなかった。そしてこれが夢という感じもしない、感覚はあるし現状の自分の体が当然であると思え、抵抗感がない。同時に周囲の景色が見えてくる、俺が寝ていたのは岩肌のごつごつした洞穴の中だった。どうりで寝にくいはずだ、なぜかそんな事を考えてしまった。


「わかったか。お前はもう歴とした儂の式でいっぱしの船幽霊なのだからな」


 船幽霊。聞いたことがある。確かあれって亡霊の類であって間違ってもコントロールできるようなものではなかったと思うのだが。


「じゃあ聞くけど爺さんは何者なんだ。式って式神かなんかだろ、という事は陰陽師か何かなのか」


 俺が爺さんに問うと、爺さんは腹を抱えて笑いだし、俺の肩をバンバン叩く。


「ククク、儂が退魔師とは、これはここ数百年で最大の笑い話じゃのう。儂は海難座頭と呼ばれてな。お主の思っとる存在とは対極に位置する存在じゃよ」


 いまだ笑いの衝動が収まらないのかしゃがみ込み地面を両手をついて呼吸を整え、再び口を開く。


「つまり、有体に言えば妖怪、化け物じゃよ。しかし傑作じゃな。自分が捨てた酒瓶を自分で吹き飛ばして脳天に命中させるとは。まあこれからは儂の傀儡として頑張るのじゃぞ」


その言葉を聞いて、意志をと奪われるのかと戦慄したが、特に異常はなく普通に反骨心が湧いてくる。


「儂の妖力でお前さんは儂の奴隷、家畜、ただの操り人形じゃ」


 ものすごくウザイ爺さんの発言を聞き流しながら手を開いたりしてみる。


「ほら、解ったらこっちを向いて跪かんか」


準備運動やシャドーボクシングをしてみるが薄くて頼りないこと以外は問題なく動かせることを確認する。


「儂の話を聞かんか、そんなことだから試験に幾度となく落ち、親に見捨てられるんじゃ」


一応聞き流してはいたがさすがに笑いながら生前の事を指摘されるのは自分でも気づかなかったがかなり堪えた。俺のなかで何かが切れる音がし、ゆっくりと笑いころげている爺さんに近づき鼻っ柱に掌底を喰らわせる。鼻の骨をめり込ませるつもりでやったのでこの薄くなった体でもそれなりにダメージはあるらしく爺さんは顔を抑え悶絶する。


「爺さん、何が下僕だよ、俺はあんたに対して忠誠心のかけらも無いんだが」


 確かに少々ムカつきはするが殺意までは湧いてこない、何となく従わなきゃな、という気は起こるが反抗心は全然収まらない。刷り込みをしたにしろなぜこんなに中途半端なんだ。


「そもそも自分を殺した相手に慈しみを持つほど俺は人間できていない」


 爺さんの胸倉を掴み、拳を構えつつ詰問する。


「それで、なんで俺を式とやらにして何をさせたいんだ」


「儂に従ってくれるのか。とりあえず手を離してくれんか、息ができん」


 爺さんに懇願されとりあえず手を離す。爺さんは苦しそうにえずく。その様子に自然に表情が緩んでいくのがわかった。


「離したことだし、さっさと質問に答えてくれないか」


「わ、わかった。それにしてもよく聞いてくれる気になったな」


 こっちは八方塞がり気味で自暴自棄になりかけてたから、一応渡りに船だしな。


「一応、本当に希薄で細胞の欠片ほどですが忠誠心はあるんで」


「そうか、じゃあ答えるが基本的には船幽霊として船を沈めてもらえればいい、もっとも最近は沈む船もないがの」


 俺の発言に若干引きながらも答えてくれた。船を沈めるというのはいかにも船幽霊らしいが、確かに最近の船はバンバン沈むような代物じゃないな。


「そのせいで船幽霊共を使役して魂を集められず部下も今や一人となり儂の妖力も衰える一方で新参者の洗脳一つ完璧にできん有様じゃ」


 爺さんが自嘲を含んだ感じで吐露する。なるほど、俺が自由意思を持っているのは其れが原因か。


「ちなみになんで俺がこんな状態になっているんだ」


「それはお前が落ちた場所が数少ない儂の配下の徘徊している場所だったのでの、それで久方ぶりの獲物と船幽霊に加工したのじゃが結果はコレじゃ」


 このことを聞くと、俺の中でひらめくものがあった。これは俺に欲望に正直になれという天啓ではないか、普段は神など全く信じてはいないのだが今、この瞬間だけは運命の女神様に最優秀賞を、いや十字勲章を送ってもらいたいと思った。


「なるほど、それじゃ俺に一つアイデアがあるんだけど」


 今思い付いたアイデアを落ち込んでいる爺さんに告げる。


「お主、下手な妖怪よりもえげつないのう。本当に元人間か」


「生まれも育ちも混じりけ無しのホモ・サピエンスですよ。これは俺自身がやりたいんで、俺自身の思考を奪わない限りこういうアイデアはいくらでも出す」


 爺さんはドン引きし、顔もひきつっているが興奮を隠しきれない様子で笑顔であり、恐らく俺も同じ顔をしているだろう。それが証拠に心臓は高鳴りその音がはっきりと聞こえるほどであり、息も苦しい。一刻も早く実行に移そう、でないと興奮でせっかく生き返ったのにまた死んでしまいそうだ。


「では早速荷物を取りに行きますか」


「儂も行こう。大口を叩いた以上必ず成功させるのじゃぞ」




 それから七日後の深夜、俺は準備を完了させ、埠頭から離れた沖合で頭だけを水面にだし、獲物が来るのを今か今かと待ち構えていた。


「もうすぐ、もうすぐだ。早く来いよ」


「少しは落ち着いたらどうじゃ、興奮するのはわかるがそれで失敗したら元も子もないぞ」


 俺が興奮を抑えきれずにいると傍らに控えている爺さんに窘められた。その言葉を受け俺は深く深呼吸をし、脳内で手順を反芻する……よし、いける。俺がコンディションを整え終わるとちょうどターゲットであるフェリーが五百メートルほど先に見えた、速度から考えてもう数十秒で取り付けるだろう。俺は爺さんに目配せをし、頷いたのを確認すると俺達は二手に分かれた。


 俺は船体後方のスクリュー近くの外壁に取りつくと持ってきた鞄からビニールをだし、火をつける。


「自分の間接的な死因を使うのは複雑な気分だが初仕事としては申し分ないな、生前との決別の意味もある」


 巻き起こった水蒸気爆発は船底に穴をあける。やがて機関室に引火したのか二度目の爆発が起こり、客船はその船体を二つに裂かれ、徐々にその巨体を海に沈めていく。客室から


離れている船底まで阿鼻叫喚の叫び声が届き内部の惨状が容易に想像でき、実際に目の前で船から人魂が零れていく様が見えた。それは夜の海に炎上しながら沈んでいく船の様子と相まって場違いかもしれないが蛍を見ているような幻想的な気分に襲われた。


「おっと見とれてる場合じゃないな仕事仕事」


 一瞬見とれてしまったが今後の事を考え、爺さんから渡された網を魂の群れに投げ放つ。これだけ密集しているから殆ど入れ食いだ。


「首尾はどうじゃ」


 景気よく、魂を乱獲していると背後から爺さんに話しかけられた。


「上々だ。そっちは……聞く必要ないみたいだな」


 振り向いてみるとサンタのように巨大な袋を持ち、後ろに同等のサイズを何個も浮かべていた。髭を生やして赤の上下を着せればそれこそサンタクロースに見えるであろう光景はさすがであり、この点は初心者との年季の差が見えた。


「まだまだじゃな、そんなことでは立派な漁師にはなれんぞ」


 投網の初心者にそんなことを求めるのは酷だと思う


「イヤ漁師になるつもりはないんで。第一趣旨がずれている、これは今後のための手段であって目的じゃない」


「ふぉふぉふぉ、そういってくれるな。このような大漁は久しくなかったものじゃからついな」


 なるほど、そういえば一人しか部下がいない状態だったな、それなら浮かれるのも納得だ。


「浮かれるのは帰って部下を増やし、祝杯を挙げる時にして欲しい。確実に勝てるのに敵前で前祝をやって負けた例もあることだし」


「ほう、それは伝え聞くところの桶狭間とやらの逸話じゃな」


 髭を弄りながら爺さんが反応するが、桶狭間は規模がでかすぎる気がするけど理解できればいいか。


「そういう事なんでさっさと帰って戦勝パーティといきましょうや」


 なんにせよここでグズグズして九割方成功している作戦を台無しにするわけにはいかないので撤収を提案する。


「確かに大体捕獲し終わった事じゃし長居は無用。お主の言うように引き上げて秘蔵の銘酒で一杯やるとするかの」


 久しぶりの成功に気をよくしたのか笑いながら全身で歓喜を表現しつつも俺の話に耳を傾けてくれた。


「もちろんその時は俺も一杯付き合いますよ。というか作戦の立案から情報集めまであって一手に引き受けたんだから御馳走して貰って然るべきだろう」


「若造が吠えよるの、それを言うなら儂がいなくてはそもそも作戦とやらが成り立たなかったであろう」


 お互いにどちらが今回の主役かという事で楽しくケンカしながら俺たちは洞窟への帰路に着いた。




 暗い洞窟の中、松明に照らされた広間。普段は殺風景そのものだがこの時ばかりは明るさに包まれていた。壁の上部には「祝作戦成功&部下大幅倍増おめでとう」という垂れ幕が引かれクラッカーが打ち鳴らされる。


「では今回の成功を祝って乾杯!」


「乾杯!」


 爺さんと杯を合わせ中身を一気に飲み干す。


「とりあえず今回の活躍はよく考えたらお互いに五分だったな」


「それはもうよかろう、お互いに利のある話じゃそれよりもどうじゃ儂の秘蔵の逸品じゃぞ、収入が減っていき、手持ちのものを質に入れていく最中これだけは残しておいたのじゃ」


日本酒は好きではないがそれでも美味いと感じるからには相当良い物なのだろう。


「それで、これからどうするんじゃ」


 新しく作った船幽霊に酒のお代わりを注がせながら爺さんが問う。俺は最初、船幽霊はインプットされたプログラムをこなすだけの単純なロボットのようなものとばかり思っていたが普通に給仕のようなこともできるらしいな、俺もいつかやりたいものだ。


「当面は船探しだな。船が有ればもっと効率的になりますよ。そうなってくると船幽霊というよりも幽霊船になってしまうのが玉に傷だがな」


「確かに、そうじゃのう。船幽霊の乗った幽霊船とはまたシャレが効いておる」


 アルコールが回ってきたのかほんのり顔を赤くしながらも一応は考えを巡らしているらしく顎に手を当て思案する。


「お前さん確か戦事にかぶれておったの」


 しばらく考え込んだ後、思い出したかのように手を一つ打ち真剣な顔で俺に向かい話しかけてきた。


「お主次第じゃが、一つ船にアテがある。付いてこい」


 俺次第? どういうことだ。急に話を振られて困惑していると爺さんが洞窟の壁に杖をかざし洞窟の壁が消え去り通路が出現する。


真っ暗な通路を爺さんの先導で奥へと歩いていく、暗くて足元はよく見えない状態が続くが感覚的に下へと下がっていることが辛うじてわかる程度だ。しばらく歩くとさっきまで祝勝会をやっていた広間よりも圧倒的に広い空間に出た。爺さんは俺が広間に入ったことを確認すると杖を振い明かりをつける。暗い空間が一気に照らされ、空間の中の様子が映し出される。俺が連れてこられたの洞窟の内部とは思えないほどの広さを持った入り江だった。ところどころ苔むした岩肌の様子は大自然の美を感じさせるが、何より目を引くのは入り江の中央に鎮座する巨大な船の存在だった。


「これは戦艦、いや巡洋艦かな。かなりボロいけど」


 そこにあったのはところどころに装飾が見えるほどに錆が目立ち砲塔の半ばで折れ、まさに歴戦の朽ち果てたという様相の船艇だった、かろうじて見て取れる日の丸のマークからおそらく旧日本海軍のもの重巡洋艦というのが解るくらいのものだ


「どうじゃ驚いたじゃろ。異国で引き揚げられたこいつを人間の業者からかすめ取っておいたのじゃ。最も損傷が激しすぎてどこも引き取ってくれぬガラクタ同然じゃがな」


 俺がその巨体に感動していると爺さんが手に入れた当時の様子を思い出したのか疲れは果てたような声で説明してくれる。


「なるほど、でコイツは何処から引き揚げられたんだ、異国じゃ範囲が広すぎてわからん」


「確かまれぇしあとか言っておったのう、あとはぐろ、はぐろと騒いでおったのを覚えておるぐらいじゃ」


 マレーシアにはぐろって……まさか。


「これってもしかして妙高型の四番艦羽黒か」


 たしかマレーシア沖で違法サルベージされたってちょっと前のニュースで遣ってたけどまさかこんなところにあるとは。


「それでじゃ、お主に儂の力を分け与えてやるからこれに乗ってみんかの」


 俺が感動のあまり羽黒に思わず手を合わせていると爺さんがとんでもないことを言い出した。


「直せるのか、俺がこれを」


「お主に霊力を注ぎ込んでうまく昇格できたらじゃがな。すんなりいけば痛みなど感じぬがひどければ地獄の苦痛じゃ」


 爺さんは何でもないように話すがかなりやばいことを言っているのが肌でわかった。


「どうせ一度死んだ身、かまいませんよ。早くやってくれ」


 苦しかろうとこんな立派な艦を自由にできるチャンスを逃して堪るか、もちろん即断即決だ。俺が決意を固めると爺さんも俺の真剣さを察したのか俺の頭に杖の先端を当てる。


杖の光が俺の中に入ってくるが拍子抜けするほど痛みが無い、むしろマッサージを受けているように心地いい快感が全身をつつみこんでいる。


「上手く馴染んだようじゃの」


 俺が気持ちよさに寝そうなった瞬間爺さんが終わりを告げる、体を見渡すと以前よりもはっきりと体の感触が感じられそれでいて肉体のような感覚はなくより濃密なエネルギーの塊のような手ごたえがあった。


「なるほど、大したものだな」


「おだてるでない。それよりも刻印を決めるがよい。船幽霊共と船に刻めばお前も限定的だが使役できるようになる」


 刻印か迷うな、海賊、髑髏はありきたりだし何かないかな。戦艦、ゲーム、羽黒……そうだ。


「ではこういうのはどうでしょう」


 俺は羽黒の錆の浮いた船腹に学生服のような紺と白の服を纏い、肩甲骨のあたりから砲塔のある甲板を生やした骸骨のマークを描く。


「何とも珍妙な刻印じゃの」


 爺さんが俺のイメージしたマークに疑問を浮かべる画これには大した意味は無い、強いて言うなら遊び心だ。


「うるさい、これが真っ先に思い浮かんだんだからいいだろ、それよりも直し方を教えてくれ」


「まず完成型を思い浮かべるのじゃ。そして念じれば船幽霊共に通じるから後は勝手にやってくれる。それとあまり意味は無いが服装も帰ることができるぞ、試してみるといい」


 そいつは楽でいいな。だがまずは……。


「とりあえずこんなもんかな」 


早速、爺さんの言うように衣装を旧日本海軍風に変えてみる。さらに海賊風に髑髏の意匠をあしらった眼帯をつけ軍刀を鞘を着けたまま柄に手を重ね地面に立ててポーズをとる。


「これは良いな。コスプレと違い身が引き締まる」


「なんじゃそれは、申し訳程度に海賊の面影を隠しても意味ないじゃろ」


 わかっていないな。こういうのは気分の問題なんだよ。


「馬鹿なことやっとらんでさっさと修理にかからんか」


「へいへい、今やりますよ」


 全くノリのわからない爺さんだな。しかし、いざ考えるとなると意外にデザインが浮かばないな。そもそも戦艦と幽霊船って合わせにくいな。


「船幽霊共、とりあえず穴を塞いで装甲も新しい物に換えておけよ」


良いヴィジュアルが思い付かなかったのでひとまず破損個所の修復を命じると船幽霊たちはいつの間にか作業服を着込み、安全第一のヘルメットをかぶった作業員ルックでずらりと整列し敬礼で答えてくれた。


「どうじゃ、あれはお前さんが頭に思い浮かべたイメージそのままじゃろう」


「確かに。今気づいたが資材はどうするんだ。直せるとしても根本の資材が無いと意味がないぞ」


 浮かれていたが人手はあっても出向できん。最悪穴あきのままでという事も妖怪ならではで味があるがやはりきっちりと欠損のない完璧な船出にしたい。


「心配するな。そこは其れこの船と共に屑鉄や他の壊れた船も一緒に取ってきて死蔵しておる。継ぎ接ぎには不自由せんし、そもそも妖力で塗装するから探知機にも映らんし修理はお主の気分だけじゃよ」


「なるほど、それじゃ完成し次第出撃だ」


 船についての不安がなくなるとさっきまでのバラバラだったイメージが急速に固まっていく。幼い日にあこがれた宇宙海賊の船、かつて特撮で見た悪の移動要塞、そしてアニメの戦闘艦、それらが脳内で統合され一つの船が出来上がる。


「漲ってキタゼ、完璧だ。これなら現代のイージス艦にさえ勝てる」


「ふぉふぉふぉ、気合い充分じゃのう。そんなにすごい想像ができたのか」


 俺のあまりのテンションに呆れた目を向けられるが俺の想像は止まらない。いわゆる『ぼくのかんがえたさいきょう』だがそれが実現できるだけの力が今の俺にはある。子供染みているがこれを興奮せずにしていられるヤツはいない。


「モチのロンだ。つくづく死んでよかったよ」


 あとは完成を待つのみ。今のうちに獲物を見つけておくか、できれば派手な方がいい。


「じゃあ、俺は獲物を探すんであとは任せた」


「わかった。極上のものを頼むぞい」


 そう、とびきりの大物が……。




 数か月後、洞窟の入り江にはついに完成を果たし、生まれ変わった羽黒がそこにはあった。「ようやく完成か、待ちかねたぞ」


「そうじゃのう。しかしここまでかかったのは全部お前さんが原因じゃぞ。一体どんな想像をしたんじゃ、原型をとどめていないではないか」


船体は巨大な骨で包まれ、そのシルエットはクジラに近く、四方の水面には短くも巨大なヒレの影が映っている。何より目を引くのは船首に半ば埋め込まれる形で作られたドクロの存在であろう。大きく口を開けたそのさまは海に落ちたものすべてを飲みこむようでありデザインしたのは俺自身震えが止まらない。完璧だ、自分の才能が恐ろしい。


「確かに。だが雰囲気はあるし、幽霊船は怖がらせてナンボだ。時間をかけた価値はある」


 俺が爺さんと感想を言い合っていると伝令役の船幽霊が走ってきて右手を左胸に当てる海自式の敬礼をとる。俺が仕込んだが水兵服とあいまってなかなか様になっている、一手間かけたかいがあったな。


「出航準備完了しました」


「わかった、すぐ行く」


 伝令に返事をし、爺さんに視線を向ける。頷いたのを確認し並ばせておいた船幽霊の方に向き直る。せっかくのシチュエーションだ、派手にやるか。


「諸君、我らは今日までこの暗い洞窟で雌伏の時を過ごしてきた。諸君らの訓練はまさにこの時のためと言って過言ではない。我が指揮に従えば勝利することはたやすい。そのもてる力を存分に振い、目標を殲滅してくれる事を願うや切である」


 そこまで言い切ると歓声と雄叫びが入り江に響き渡る。俺は軍刀を抜き前方に掲げアピールし続ける。


「目標は訓練航海中のイージス艦『ほたか』。日本の海防の要の一つであるが我々はこれを叩く。乗船開始」


 俺が演説を終えると同時に船幽霊たちは一糸乱れぬ統率された動きでタラップを駆け上がる。


「なかなかの名調子じゃったの」


 一息つくと背後から爺さんに話しかけられた。その様子から一応滑らなかったようなので安心する。


「じゃ、サクッといってきますよ」 


「行ってくるがよい。作戦の成功を祈る」


 爺さんに挨拶し、俺も乗船する。夢にまで見た艦長席に座に座り、少しの間感涙に浸る。


あの船がこっちの網に引っ掛かってくれるとは僥倖だ。俺をコケにした奴らに思い知らせてやることができる。


「出航だ。錨を上げろ、微速前進」      


「微速前進、ヨーソロー」


 俺の命令が復唱され、艦がゆっくりとだが動き出す。そして動きに異常がないことを確認し次の命令を出す。


「湾口から出ると同時に潜航開始。その後、機関最大。最高船速を持って作戦海域に向かう」


 再び命令が復唱され艦がヒレを動かし前のめりに傾く、そのままペンギンが海に潜るように潜航する。艦橋が海水に沈んでいく感覚は圧巻の一言でありこれだけでも直した価値があるという事を思い知らされる。


「各部状況を報告せよ」


 伝声管より報告を待つが一向に返事が来ない。何か問題が起きたのかと身構えるが蓋がしまっていることに気付き苦笑する。


「しまったな、こんな醜態をさらすとは」


こんな凡ミスを犯してしまうとは緊張しているな。


深呼吸をして気分を落ち着け、改めて報告を聞くと異常なしの返事が続き、次の指示を出す。


「目標到達までどのくらいかかるか」


「およそ二時間あります」


 計算係をさせていた船幽霊がさん孔テープを読み上げる。かなり古い物だったので使えるかどうか心配だったが、こうなってくると逆に使えてる方が心配になってくる。まあ多少前後してもそれはそれで面白い、いつ到着するのかとわくわくできる楽しさがあるからな。


「では到着するまで海中の船旅を楽しむとするか」




 二時間後、艦は計算ピッタリの時間に到着していた。


「こんなに正確に計算できるとは……さん孔テープすごいな。まあいい、浮上開始だ。妖力迷彩を外すのも忘れるな、連中を思いっきり驚かしてやれ」


 予想外の正確さに驚いたものの、俺は浮上が完了するのを待つ、速く浮き上がらないものか。連中の驚いた表情を想像しただけで自然と表情が緩んでしまう。


「おっといけない。油断は禁物だな」


 顔を両手で叩き、気を引き締め浮上に備える。やがて浮上が完了し、艦橋からも真正面からイージス艦が肉眼で確認できた。その船体は写真で見るものとは比べようもないほど洗練されており、こちらと比べると貧相だが、それがまた機能美を感じさせる。しかし、その美しさとは逆に動きは迷走そのものであり乗組員の混乱が手に取るようにわかる。


「攻撃開始だ。全砲門解放、主砲斉射。飛行甲板と艦上部のレーダーを重点的に狙え」


 個人的にはその慌てふためくさまをもう少し見ていた息もしたが、この機をもが捨てはなく砲撃を命じる。普通に戦えばレーダ―と射程の差で負けるが懐に潜り揉めば火力的にこっちが有利だ。しかも人知を超えた妖力で強化してあるとくれば負ける要素が無い。勿論イージス艦も単装砲で反撃を試みているのがわかるがその動きはひどく鈍い。現にこちらの砲塔から吐き出される鬼火を躱せずに船体の一部が焦げ付き始めている。


「飛行甲板の破壊を確認しました」


 俺が矢継ぎ早に攻撃指示を飛ばしていると心待ちにしていた報告が入る。これで脱出される可能性は低くなった、もう少しだ


「よし、白兵部隊出撃、俺も現場で指揮を執る。艦首砲塔開け」


 伝声管に一報を入れ俺は艦橋を離れる。船首に着くとすでにバンダナを巻き曲刀を構えた船幽霊たちが待機し、俺に敬礼してくる。俺は敬礼をしかえすと身を縮こまらせ弾倉に飛び込む。


「いいぞ、打ち出せ」


俺の後に続いて船幽霊たちが入り込んだの確認し、弾倉閉じさせ発射命令を下す。爆音とともに俺達は多量の鬼火に混じって宙を舞った。己が体を砲弾としイージス艦に肉薄する、着弾と共に転がり反動を逃がし甲板に降り立つ。


「到着! これ結構楽しいな、クセになりそうだ」


 周囲を見わたし全員乗り移れたことを確認し、甲板の扉をすり抜け侵入する。


「俺は半数を連れて艦橋に向かう。もう半分は救命ボートを破壊しろ」 


 これでさらに逃げ場を塞いでおく、待っていろよ今会いにいってやるからな。


 半数を率いた俺は艦橋を目指し進撃を開始する。通路は隔壁が下されていたものの、俺達には何の障害でもなく最短ルートで向かう。


「日本の誇るイージス艦も俺達相手には形無しだな」


 艦橋の隔壁をすり抜けて侵入しつつ、俺はブリッジクルーに挑発をかます。


「な、なんだ貴様らは」


「俺達? そうだな……」


 艦橋に侵入すると全員の驚愕の視線が突き刺さる。クルーの一人が質問してくるがそいつの腹に軍刀を突き刺しつつ切り上げる。返り血が俺の顔を斑に染め上げ、通信士官の悲鳴が艦橋に響き渡る。


「あの士官崩れの海賊かな」


 俺のセリフを皮切りに白兵部隊の殺戮ショーが幕を開ける。血しぶきが近未来的なモニターを原始に戻し、レーダー音を悲鳴がかき消す。


 ブリッジクルーを始末し一人残しておいた艦長に軍刀を突き付けると、ひどく恐怖し顔を蒼白にしガタガタ震えだす。


「俺の事を覚えているか?」


「し、知らんお前なんぞと面識があるはずないだろう」


 その言葉を聞き俺は軍刀を突き付けたまま眼帯と帽子を外す。


「お、お前は、そんな馬鹿な。こんなことできるわけがっ」


 俺は艦長が言い終わるのを待つことなく左胸に刃を突き立てる。体重を乗せ心臓、肺を貫く感触を手で感じながら俺は艦長の耳元であらかじめ考えておいた言葉をささやく。


「じゃあな元親父、この船は俺が有効に使ってやるよ。海賊船としてな」


 そこまで言い切り軍刀を引き抜く。絶望と後悔の混じりあった表情で言葉にならない声を二、三出しつつ艦長だった男はうつ伏せに倒れ込み絶命する。俺は軍刀に着いた血糊を振り納刀しつつ艦長席に腰掛け目を瞑ると自然に言葉があふれ出た。


「ミッションコンプリート」          


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