それでもウチはユッキー様

 虫垂炎騒ぎでそのまま冬休み。年が明けて、


「カズ坊、おはよう」

「おおユッキー、元気になったな。自分の盲腸で焼肉パーティでもやったか」

「アホ抜かせ、もつ鍋に決まっとるやろ」


 や ら れ た。今回こそはウチの異常に気が付いてくれて保健室に連れて行ってくれたこと、お見舞いに来てくれたことのお礼をキチンとして、普通の調子で話をするつもりだったのに、盲腸焼肉のネタで来られたらついリアクションしてしもた。でも盲腸なら焼肉というよりホルモン焼きやろ。こうなりゃお返しや、


「とこでカズ坊、理系に行くって冗談聞いたけど、レベルが低すぎてシャレにもならへんで」

「あれのどこがシャレやねん、ガチガチのマジで理系や」

「留年しにいくんか。カズ坊やったら十年かかっても卒業すらできへんぞ」

「ちゃうわい。よう耳の穴かっぽじって聞いとけよ。オレは医学部目指す」


 ホンマにその気や。そこまでして、みいちゃんに気に入られたいんかカズ坊。


「カズ坊が医学部? お笑い科ってあったっけ」

「なかったらオレが作ったるわ」

「吉本にか、それとも松竹芸能か。たけし軍団にはなかったぞ」

「笑とるのも今だけや、ユッキーも蹴落として医学部行ったるわ」

「その前に三年に進級できたらな」


 カズ坊の物理はマジで危なかった。そこでウチは非常手段を取ることにした。図書館のミーティング・ルームに半ば強引に連れ込んでやった。さすがにウチと二人じゃ角が立つからテルミたちも一緒。ホンマにカズ坊は理系が苦手みたいや。


「ユッキー、ここまでせんとアカンのか」

「せんでもエエよ、もう一回二年やりたかったらな」

「やりたないわい」

「じゃあ、やれ」


 ついでに数学も化学も見てやったが、チイとは勉強せえと思たわホンマ。ありゃ、苦手やから勉強せえへん、勉強せえへんから苦手になるの完全な悪循環や。冗談抜きで医学部なんて夢の夢やんか。これぐらいやりやがれ、


「ユッキー、これは押し花作っとるんか」

「ちゃうわい、カズ坊が今週中にやらなあかん問題集じゃ」

「ひぇぇぇ、御慈悲を」

「これでも優しい優しいユッキー様は手加減しとるんやぞ」


 正月明けからだから、付け焼刃みたいなもんやったけど、カズ坊はギリギリで物理をクリア。ついでに数学も化学もクリア。無事三年に進級できた。でもこんな成績じゃ、医学部なんて下手な冗談にもならへんのもようわかった。

 みいちゃん絡みやから不純すぎる動機やけど、カズ坊が医学部を目指すんやったらウチが助けたらなアカンと思った。なんかカズ坊とみいちゃんの恋の手助けを大汗かいてやるようにも感じるけど、カズ坊がそうしたいというのやったらウチはトコトン助けたる。それでカズ坊が喜んでくれたら、それだけでもウチは嬉しい。


「ところでユッキー」

「なんや」

「お前は文系か」

「いいや理系や、それも医学部志望や」


 そしたらカズ坊の野郎、


「ユッキーみたいなのが医者になったら、怖くて誰も患者が近寄らんわ」


 こう言い放ちやがった。マジで釜茹でにしたろかと思うぐらい腹立った。そこまで抜かすんやったら、ギッタギタに締め上げたるわ、覚えとれ。春休みなんかないと思いやがれ。どうして、


『一緒にがんばろう』


 こう素直に言えへんのよ。そこまでみいちゃんに気を使うの。ウチとちょっとでも噂が立ったら、そないに拙いんかいな。でも悔しいけど明文館タイムズを読んでると二人の交際は順調らしい。どうやってこんなマイナー・カップルの取材をやってるか不思議で仕方がないけど、この手の話題の信頼性が不必要なほど高いのも明文館タイムズ。


 そうそうウチが大聖歓喜天院家の能力者であることは伯父さん、いやお父さんに教えてもらったけど、恵みや災厄以外の能力もありそうな気がしてる。たとえばウチの異常すぎる記憶力。年が経つほどいよいよ磨きがかかって、教科書ぐらいなら十分かからへん。それも覚えるだけじゃなく、ちゃんと理解できるんよ。それに、どんなハイレベルの問題集だって流し読みで瞬時に解けちゃうの。見た瞬間に答えがわかると言っても良い。

 世間では東大や京大の入試が難問と呼ばれてるようだけど、ウチに言わせればどこが難しいのかサッパリわからへん。あの程度なら考える必要さえなく、見た瞬間にわかった答えを書くだけの時間しか必要ないもの。明文館の定期試験程度ならあくびが出そう。実力模試もその程度。

 これは能力と関係ないかもしれないけど、他人に教える能力も確実にある。テルミたちの家庭教師やってるけど、テルミたちの今の学力、足りないもの、さらにそれを補うためには何をさせれば良いのかもすぐに見えちゃう。これも余りにも簡単に見えるからきっと能力なんだと思うわ。

 見えるといえば、もっと凄いものが見えることがある。それは先を見る能力。それも予知とかのレベルじゃなくて、見える時にはアリアリ見えることがあるのよね。小学校六年生の時に置き去りにされて、伯父夫婦に引き取られたけど、あれも実は見えてた。見えてたから、思いの外に驚かなかった。なんか、


『やっぱりそうなるのか』


 こんな感じやってん。明文館への進学は近かったからもあったけど、あれも制服着て通う姿が見えとってんよ。だから他の選択は考えようもなかってん。でも、ずっとタマタマやと思ってた。いわゆるデジャ・ブーってやつ。でもあれはホンマに見えとったんやと今ならわかる。

 でもね、いっつもいっつも見えるわけじゃないし、見えても全部見えるわけじゃないの。なんていうか、妙にクリアに見えるところと、ボヤけて判然としないところが入り混じる感じ。どうしてそうなるかはウチにも原因不明。

 ウチの将来というか、三年にどうなるかも、カズ坊と同じクラスになり、また委員長を続けるのと、ユッキー様やってるのだけは、はっきり見えるけど、それ以外は霞んで良く見えないの。ウチに見せないようにしているのか、ひょっとしたらまだ確定しない未来じゃないかと考えたりすることもある。

 一番見たくないカズ坊とみいちゃんの仲だけど、これが案外見えちゃうの。どう見たって交際は続いて行くしか見えないのよこれが。ほんじゃ、あきらめるかだけど、高校の間はそうでも、その先になんか嫌なものが見えるというか感じて仕方がないの。そう、あのモヤっとしているところ。

 そりゃね、ウチの気が狂いそうな嫉妬の感情がバイアスとしてあるのは認めるけど、できるだけ冷静に見てもカズ坊とみいちゃんは引っ付かない方が良いとしか思えないの。カズ坊はみいちゃんを選ぶべきじゃない、ウチじゃなくとも他の女を選ぶべきだとしか思えないの。

 じゃあカズ君にホントに相応しいのは誰かだけど、これが実はチラチラ見えてるの。でも見えてても、これだけはウチでさえ信じられへんの。どう見たって女神様と天使がカズ坊を争ってるのよ。どこをどう間違えばそうなるかは、中間過程が全然見えへんからウチにもサッパリわからへんねんけんど、これがもし正しければ加納と坂元のカップルの将来も危ういことになる。

 ウチが見えてるものが現実となるかどうかは、これから時間が経てばわかるんやけど、ウチの役回りってなんやろか。高校時代のカズ坊はみいちゃんだし、信じられない未来は加納か小島みたいやんか。ウチが入り込むところなんてどこにもあらへんやん。ひょっとしてカズ坊と漫才するだけが役割とか。ついでにウチが鍛え上げて医学部に合格させるとか。なんなのよこの役回り、寂しすぎるじゃないの。

 でもね、でもね、カズ坊が医学部に進むのは、やっぱり正解みたいな気がしてる。今のカズ坊にしたら無謀すぎるチャレンジだけど、その先の感触は悪くないのよね。そりゃ、今の動機はみいちゃんの気を引くためやけど、それだけの意味やない気がどうしてもするの。むしろ進むべき道の気がしてる。それを手助けしてやるのも重要すぎる意味がある気がする。

 あれこれ思い悩んだところでウチが見えてるものが現実のものになるかは不明やし、ウチはカズ坊が好きや。それだけでエエかもしれへん。大好きなカズ坊がウチに求めるのがユッキー様ならウチは喜んでやる。ウチの役割がたとえそれだけであっても力いっぱいやる。きっとウチが見えてないところにドラマが・・・あるのかなぁ。

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