夏休み
七月には希望者対象の補講があるんだけど、ウチは暑いしやめとこうと思ったんだけど、テルミやサチコが誘うから行ってた。パターンとして、午前中は補講で、お昼ご飯食べて午後にプールで一泳ぎ、それから図書館で涼みながらお勉強。
学校の図書館は無暗に充実してる。そりゃ、図書室じゃなくて図書館として別棟になっていて、一階には学食と購買部が入ってる。図書館の二階と三階が自習室になってるんだけど、三階が少人数用のミーティング・ルームになってるのが特徴。
これは生徒が何人か集まっての自主学習用に作ってあり、たとえば班研究みたいなスタイルの課題が出ればそこを利用したり、弱点克服を仲間同士でやったりするのに使うのが建前。ココロは個人用の自習室では声を立てると他の人の邪魔になるからぐらい。
建前といったけど、もちろん本気で勉強しているのも多い。とにかくこの学校の成績評価は五教科・定期試験偏重が甚だしいから、一学期で成績不振だったものは目の色を変えてやってる。誰だって留年はしたくないからね。
一方で格好のダベリ場所として使われる事も少なくないの。エアコンは良く利いてるし、ミーティング・ルームは飲食物持ち込みOKだし、信じられないけど一階の学食から出前を取ることもできるんだ。さすがにツケは利かないが。
ウチのグループの利用は結構ガチ。テルミもサチコも入学早々の浮かれ騒ぎのせいか成績は下位低迷、欠点レベルにはまだ距離があるけど、この辺で気合を入れておかないと二学期からが心配ってところかな。それにグループにまた二人加わってる。クルミとモモコ。どうにもウチの成績は神格化されてるみたいで、なんとかくっ付いておこぼれに授かろうってところと思ってる。
「木村さん、これはどう解くの」
「これは、こう考えて・・・」
「委員長、これは・・・」
「それはこういう意味だから・・・」
そうそうテルミとサチコは『木村さん』とウチのことを呼ぶが、クルミとモモコは『委員長』って呼ぶの。たぶんウチのいないところでは『氷姫』だと思ってるが、気にもならない。
「・・・にしても夏休みの宿題だけど、あれは何よいったい」
「見てビックリした。サッサと済まそうと思てんけど、一問目からわからへんし、二問目も、三問目も・・・」
「モモコ、一問でも解けたの」
「サチコ、バカにせんといて。一問だけ解けたんだから」
「すご~い」
夏休みには宿題も出るが、これが難関大学入試レベル。範囲こそ一年の一学期に合わせてあるが、たしかに難しいかもしれない。
「委員長もやってみた?」
「もらった日に終った」
「ひぇぇぇ、さすが木村さん」
夏休みの宿題はこれを提出して終りじゃない。というか提出も不要で、宿題をベースにした試験が行われる。これも一定の合格点が設定されており、定期試験と異なり合格するまで延々と追試が行われ、それでも合格点に達しない者は定期試験と別枠で落第判定されると噂されている。
そこでウチは宿題を踏まえたうえで、そのレベルの問題が解けるようになるある種のプログラムを四人に組んであげた。四人のレベルが微妙に違うので、そこは調節した。今は、そのプログラムの消化中。ウチの計算では、このプログラムがこなせる頃には宿題は解けるようになってるはずってところ。
今の成績が成績だから四人にはちょっと大変というか、付いて来れるか心配だったけど。四人ともよく頑張ってくれてる。体の良い家庭教師みたいなものだけど、これもウチの楽しい居場所。
「そう言えば木村さんは、辞書とか持って来ないけど、だいじょうぶなの」
「あれは全部覚えた」
「全部って・・・丸暗記したってこと」
「ウエブスターは一ヶ月かかった」
「げっ、ウエブスターって簡単に言うけど、英英辞典じゃない。国語は?」
「日本国語大辞典は手強かった」
「手強かったって・・・そういうレベルじゃないじゃないの。日本国語大辞典って何冊あるのよ。それを中学の時に全部?」
「そうだ」
なぜかそういう能力があるから仕方がない。
「でも塾とか行ってないんでしょ。問題の解き方のテクニックとかは?」
「ここ十年ぐらいの主要な大学入試過去問と、本屋で売ってる問題集は全部覚えた」
「問題集全部って・・・」
「本屋で立ち読みすれば覚えられるし、定期的にチェックしてる」
「ギョエエエ、じゃあ夏休みの宿題も」
「全部見たことあった。でも心配しないで、そこまで求めてないから」
そしたら、四人が声をそろえて
「求めんといて」
どうもウチには教える才能もあったみたいで、お盆を過ぎる頃には四人の実力は確実に上がり、宿題もほぼ解けるレベルになってくれた。四人も喜んだけど、その親御さんも喜んだみたいで、わざわざ菓子折り持って家までお礼に来てた。これを見てもっと喜んだのが伯父夫婦で、
「由紀恵さんにお友だちがいて、勉強を教えて、それで感謝されるなんて・・・」
しばらくは大変な騒ぎになってた。そうそう夏休みのウチの課題は、なんとか表情を出せるようにすること。内心は笑ったり、喜んだり、楽しんだり出来るようになってきてるんだけど、これが見事に表情と連動しないの。クルミやモモコは、
「委員長のポーカーフェース」
そうは言ってくれるんだけど、どうしてもアカンかった。出来るのは相変わらず無表情と、少し不機嫌そうな顔だけ。こればっかりは治す方法を誰も教えてくれそうにないわ。でも、これをなんとかしないと可愛い女になれないじゃないの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます