第17話 偽装計画《破壊》


 そして体制を整えるために忙しなく動き続ける人間達を見ながらドラゴン人形は光の膜『守護結界』を破壊するために先ほど放ったブレスよりも力を溜め始めた。

 防壁の上で動いていた人間達も気が付いて騒然としていた。


「なっ!」


「先ほどよりも高い魔力を確認しました‼」


「見ればわかる‼総員攻撃準備できている物からとにかく攻撃を開始‼あれに攻撃する余裕を与えるな‼」


 先ほどの自分達の命をたやすく奪えたであろうブレスが印象に残っていて、軽いパニックになりながらも人間達は指揮官の指示に従って行動していた。

 ただ指示を出す指揮官の表情には一切余裕と言う物は感じられなくなっていた。

 何故なら先程のブレスは『守護結界』で防ぐことが出来たが、同時に使用権限の持つ物しか確認できない結界の魔力が一気に削られた事を指揮官は感じていたのだ。


 そんな1人深刻に事態を感じている指揮官の指示に従い警備の魔法使い達は、手の空いている者から自身の使える最大威力の魔法を準備していた。

 だが今から準備したところで間に合うはずもなくドラゴン人形のブレスは準備を完了して、放たれた。先程放たれたのが30%の威力だとするなら、今放たれたブレスは50%程の力が込められたものだった。


 殺戮が目的ではないからこその手加減ではあるのだが、人間側からすれば先ほどのでも簡単に全滅した威力だったのだから最悪と言っていい光景だ。

 それでもパニックにならずに居られたのはやはり守護結界のおかげであった。


 ほどなく威力の上がったドラゴン人形のブレスが守護結界に向かって放たれた

 一目見ただけでも威力の上がっているのが分かる新たなブレスに防壁の上に居る者達は結界が有れば大丈夫だと思っていたが、何人かは不安そうにいつでも逃げ出せるように準備していた。

 そしてついに放たれたブレスが結界に衝突した。


 キィィィィィィィィィィィッ‼


 衝突と同時にガラスを引っ搔いたような音を出しながら結界はブレスを受け止めていた。あまりにも耳障りな音に街の人間達は目を覚ましてザワザワと俄に騒がしさが増し、なによりも音の発生源に近い防壁の上に居た兵士や魔法使い達は両耳を押さえながらも結界が破られなかった事に安心していた。


 だが拮抗した状態が延々と続き、音が響き続けることに気が付くものが増えて行き不安と恐怖がまた広がっていた。

 その人間達の嫌な予感は現実となる。


 ガシャーーーン!


 まるでガラスが割れたような音が響き、光の膜は砕け散って街全体に花弁のように結界の欠片が舞い散った。

 騒動は知っていても何が起こっているのか分からない子供たちは幻想的な光景に目を奪われ、異常事態を理解した大人たちは慌てて避難の用意を始めて街は混乱し始めていた。


 そして何処よりも混乱していたのは結界の性能を正確に把握していた防衛を担当していた魔法使いや衛兵たちだった。


「結界が破られてるじゃねぇか⁉」


「クソッ!邪魔だよ退けっ‼」


「はぁ⁉テメェが退けよ‼」


 防壁の上では絶対だと思っていた結界が破られたことに驚き動きを止めてしまう者、自分だけは逃げようと他の者を押しのけ喧嘩に発展している者と完全にパニック状態となっていた。

 なかには冷静さを失っていない者達も居たが全体から見れば少数で、近くにいた数人を落ち着かせるのが精一杯と言う状況だった。


 そんな状況の中一番混乱していて同時に冷静に対処しようとしていたのは先ほどまでも指示を出していた指揮官だった。


(このままでは全滅してしまう。だが結界は破られてこちらは完全に無防備で攻撃をくらえば全滅、更にこちらの攻撃は目に見えた効果は見られないか…絶望的だな)


 ただ冷静に考えられることと事態を解決できることは同じではなく、どんなに考えても打開の策の出てこない状況に指揮官の男は苦笑いしか浮かばなかった。

 そして結界を無事に破る事の出来たドラゴン人形は最初の指示に従い、適当に街を破壊して抵抗する人間を排除するために行動を開始した。


 まずは先ほどまで抵抗していた防壁の上はどうかと確認すれば抵抗する様子は見られず、少数の固まって行動しているところから散発的に魔法やバリスタからなにかが飛んでくることはあった。

 もっとも最初のように纏まって一か所に攻撃されるような状況でなければ万が一にもドラゴン人形が傷を負う事はありえない。


 そのためドラゴン人形も興味を失くしたように視線を正面の街へと向けてを探した。

 今回の計画にあたって事前に彰吾から破壊する場所に着いての指定を出されていた。指示としては『出来るだけ目立っている建物を優先的に壊して、ついでだから防壁なんかもあったら適当に壊してきて』と言ったように適当な指示だった。


 どんなに適当でもドラゴン人形にとっては創造主からの命令で断る事はもちろん、疑問を持つような事はなく指示に従うだけだ。

 街を見渡して目立つ場所は『塀に囲まれた巨大な屋敷』『三階建ての何かの看板の建物』『白く光っている教会』の三か所だった。


 そして上空から目標の場所を決めたドラゴン人形は三か所の建物に狙いを定めて口元に魔方陣を展開した。

 普通のドラゴンならば攻撃手段はブレスと巨大な体を駆使して突進などが主となるが、ドラゴンの形をしていても彰吾の創り出した人形であるドラゴン人形は様々な能力を持っていた。


 その一つが今使用している魔方陣の展開に関係する魔法の行使能力だった。

 しかも使える魔法は彰吾が寝るときに読んでいた魔王城のなぜか本棚が最初から全部埋まっていた書庫で見つけた魔導書の内容を一冊分詰め込まれている。

 この段階で十分異常だというのに悪乗りは続いて動力には持っていた一抱えほどの大きさの魔石を内蔵させていた。なによりも魔石の本来の持ち主はドラゴン人形に使うのだからとドラゴンの物を使用していた。


 つまりは膨大な魔法に関する知識に竜種の魔力を動力源として持つ自立人形、それが今回のドラゴン人形の正体だった。


 そして展開された魔方陣へと動力から膨大な魔力が流れ始め、ついに発動した。

 一瞬強い光を放って発動した魔方陣からは巨大な蒼炎・激しく渦巻く風・屋敷と同じ大きさの氷塊の3つが放たれた。


 蒼炎は『三階建ての何かの看板の建物』に向かって放たれて衝突すると、瞬きするほどの時間で建物全体に燃え広がって数秒で灰も残さず燃え尽きた。


 渦巻く風は『白く光っている教会』へと衝突すると範囲を広げて小さな竜巻と化し、周囲の建物を少し巻き込みながら教会を完全に更地として消えていった。


 最後の氷塊関してはいたってシンプルに『塀に囲まれた巨大な屋敷』の直上から発射された勢いに重力による勢いが加算され、一個の隕石のようになって落下して屋敷の周囲すら巻き込んで吹き飛ばし氷漬けにした。


 威力の高そうな炎が一番被害が少ない結果にはなったが、ここまでの被害が出ると街の人間達も何が起こっているのか理解できてしまいパニックになっていた。

 街中から攻撃とは関係なく悲鳴や怒号の数々が聞こえてきて、上空からでも小さな人影が大量に動き続けているのがハッキリと確認できた。


 そして上空に留まって様子を確認していれば当然として自他の人間達も上空のドラゴン人形に気が付き、より激しくパニックになっていた。

 もはや攻撃していないドラゴン人形とは関係なく、パニックになった人間同士の争いで街では爆発やらで建物は倒壊していた。おかげで完全にやることのなくなったドラゴン人形は次の行動について考えていた。


 すでに当初の指示の通りに破壊活動は十分に果たせているはずなのだが、支持の内容自体が『街の目立つ建物などの破壊』と明確なようで曖昧にも感じる内容だった。

 それだけにドラゴン人形はここで撤退するべきか、もう少し攻撃を仕掛けたほうがいいのか決めかねていた。


 考えている間はドラゴン人形も上空で一切動かずに止まっていた。

 そのことに気が付いた兵士や魔法使いに冒険者などはチャンスと思ったのか、次々に特異な魔法を放った。街の四方から色とりどりの魔法が昇っていきドラゴン人形にあたって爆発を起こした。

 爆発の煙で姿が見えなくなっても攻撃が止む事はなかった。


 先ほど見せた3つの魔方陣による攻撃で人間達の認識が大きく変わっていたのだ。

 最初はいつものように簡単に撃退できると信じていた…だが攻撃は一切通じた様子が見られなかった。その後も自信を持っていた結界は破られて、理解のできない大魔法を3発も同時に放たれた。

 そんな相手に対して油断などできるはずもなかった。


 必死に魔力や弓の矢などが尽きるまで攻撃を続け、体力すら立っているのがやっとの状態になって攻撃は止んだ。

 街の住民達も煙が消える瞬間を固唾をのんで見守っていた。


 しばらくして煙が晴れていくとドラゴン人形の姿が見えてきた。

 完全に見えた時には表面的には目立った傷はなく、よく目を凝らせば小さな傷は付いていたが地上から見上げる人間達には見ることはできなかった。

 なによも小さな傷は備わっている自動修復によって瞬く間に跡形もなく消えてしまう。


 ただ小さくとも傷を付けられたことに薄っすらと芽生え始めた、それによって生じた本当に些細な苛立ちをドラゴン人形は制御できなかった。

 感情に突き動かされるままブレスを放とうと口元に魔力を集中させ始めた。


 そのことに気が付いた下の街の住人達の中には諦めて膝をつく者すら出始めて、混乱はピークに達していた。兵士達も攻撃を止めようと懸命に余力の残っていた者達が妨害のための魔法を使用した。

 しかし生物ではなく自我が芽生えようと無機物のドラゴン人形には効果をほとんど発揮できなかった。


 そして充填が完了したブレスがついに放たれた。


 ただ今までのような真っ直ぐなレーザーのようなブレスではなく、広範囲に雨のように拡散するブレスを放った。

 一発一発の威力は最初のブレスの数十分の一も威力はなかった。


 しかし小さな一発が鎧を身に着けた人間に重傷を負わせるだけの威力を持っていて、そんな威力の弾が雨のように大量に降ればどうなるのかは簡単にわかることだった。

 鎧すら貫通する弾に木製や石製の建物が耐えられるはずもなく当たった端から砕け散った。


 個人で結界を張れる魔法使い達は承認中でも守ろうと結界を張っていてが、降り続くブレスの弾に未熟なものから耐え切れずに砕かれて体で弾を受けた。

 そんな人間達にとっては永遠に続いたようにも感じた攻撃は、実際には3分にも満たない時間で終わっていた。


 攻撃の途切れた時には街の半分以上が廃墟となっていて、住人達も無傷の者達は一人もいないのではないのかというほどに無残な光景が広がっていた。

 この光景を生み出したドラゴン人形は自分の生み出した光景に対して達成感などはなく、わずかな苛立ちを解消できた爽快感を薄っすらと感じていた。


 そして目的は完全以上に達成できているため特に残る理由もなく、ドラゴン人形は興味をなくしたように空高く上昇して元の来た方向へと帰って行った。


 この日の出来事は後に『邪龍降臨の日』と呼ばれて人間達の歴史に深く刻まれ、長く恐れられることになるのだった。

 


  


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