僕の愛した天才

宇野 紬(うの つむぎ)

序章

まだ冬の香りが残る肌寒い春の日に,東京の中心地から少し外れた場所で,彼女の3回忌は行われた。


世界の全てを知ることができたかもしれない。アインシュタインやフェルマー,ラマヌジャン,名だたる天才たちさえゆうに超えるだろう天才が,つい最近まで確かに生きていた。


だが,そんな天才がいたことを,世の中の多くの人が知ることはない。


彼女の功績は全て,国家秘密となり,今もなお秘匿事項として厳重に取り扱われている。

彼女の解き明かした謎の多くは,世に出すには,人間の進化が足らないとされた。

それは技術のみならず,明かされた謎の内容に人間の心が,追いつかないだろうとされたからだった。


彼女の研究に携わった者の中には,心を病んだものもいたという。


彼女自身もまた,その存在が危険だとさえされた。

そして,偉大すぎる功績とは裏腹に,いやそのせいで,世界に知られることもなく,静かに死んでいった。

まるで最初から,彼女は存在すらしなかったかのように。



「久しぶりだね,君も,きていたんだね」

外へ出ようと会場の玄関口で靴を履いていると,後ろから声をかけられた。

「お久しぶりです。教授。」

声の主は彼女と僕の大学の恩師だった。

少し寂しげな眼差しで彼は僕を見つめている。

その手には手紙のような封筒が握られていた。

「これを君に。…何も聞かずに受け取りなさい。そして誰にも見せてはなりません。知らせてもなりません。…この意味がわかるね?」

青天の霹靂とはこのことだろうか。

僕はすぐにそれを受け取り,会場の外へと急いだ。


すぐに,すぐに中身を,内容を。

そう心の動揺が足取りを早くする。


会場の前には多摩川の流れる人気のない,大きな都立公園がある。

誰からも見られぬようにと,でも怪しまれぬようにと,僕はそこへ急いだ。


公園の川表に座り込むと、僕はすぐに封をあけた。



「この世界は残酷で美しい世界」


ねぇ,あなたもそうは思わない?


                』



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の愛した天才 宇野 紬(うの つむぎ) @supika-sora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ