第33話 水と神

「くそっ、何なんだアレは」

 黒いスーツを着た童顔の男、神無月リオンは廃墟になった基地の中を歩いていた。

 部下も散り散り。

 基地内は電源も落ちて暗い。どこが出口なのかも分からない。

 非常灯の案内を頼りながら壁伝いに出口へと向かう。

 角を曲がった所で出口を示す緑の非常灯が見えた。

 外へ出れば何とかなる、と足に力を入れて明かりへと向かう。

 少しサビついた重いドアを開けると、ごっと風が吹き込んで目を細める。

 瓦礫が少ないので戦闘区域から少し離れているようだが、その中にポツンと人が立っているのが見えた。

 丁度いい、お前! 無線を貸せ、と声を掛けようとした所で、それが部下ではない事に気が付く。

 その人影は質素ではあるがシルクのワンピースを着た、まだ年端もいかない少女。

「お前……、確か水無月の」

 何度か見かけた事はある。大体水無月の令嬢は似たような雰囲気だ。

 水無月の少女、真遊海は不審そうにリオンを見たが、すぐに誰なのかに思い至って敵意を露わにする。

 リオンはふっ、と不敵に笑って埃を払う。

「丁度いい。今回の件の神無月と水無月の首領が出くわしたんだ。ここで騒動の決着をつけておくか」

 リオンは拳を握りしめてファイティングポーズを取る。一応、形はサマになっていた。

「チキン・ファイトだ。おっとハンデなんて言うなよ。体格はオレの方が劣っているくらいだ。だがオレの仇敵は若いながらもオレと互角に殴り合った。あれ以来オレは……」

 喋っている途中だったが、リオンの顔面に拳が突き刺さる。

 リオンはそのままゆっくりと後ろに倒れた。

 完全に失神するリオンを見下ろし、真遊海は「いった~」と手をひらひらと振る。

 大の字になる童顔の男をその場に放置して、真遊海は躍斗達を探す為に歩き出した。


 ◇


 無人となった瓦礫の野に埋まっていた物が顔を出す。

 瓦礫を押しのけ、砂を落としながら現れたのは新兵でありながら残存部隊班長、桐谷健二。

 桐谷は正座の姿勢で息をつくと周囲を見回し、他に動く物がないのだと知る。

 しばらく茫然と周囲を眺めていたが、どうやら自分がまだ生きているのだと理解した。

 まだ手に持ったままだったライフルに目を落とし、一発も撃っていない事を思い出す。

 桐谷は固まったように握られていた指を放し、ライフルをぽいと投げ捨てた。

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