第32話 時間針

「気に入ったぜ。何としてもアイツを手に入れたくなった」

 残存する部隊を集結させ、柳田は既に態勢を整えていた。

『地獄の敷石』

 それは地獄への道のりを舗装して行き易くする事に由来する。

 よかれと思ってした事が、結果命を縮める事に繋がるたとええ。

 最新鋭の装備を失った水無月は、神無月を叩き潰す為に雇われ兵である自分達に全てを委ねた。

 返り討ちにあっても失うのは傭兵だけ。

 水無月の重役は家の為の完璧な策を打ったつもりだろうが、それが仇となる。

 クーデター。

 地獄の敷石とは合言葉であり、反乱開始の合図だ。

 反乱を起こされるなど夢にも思っていないだろう。正確には正規軍で迎え撃てば対抗できると思っている。

 だがその正規軍に最新鋭装備はない。

 実戦を潜り抜けてきた自分達との違いを見せてやろう。

 拓馬が神無月についたのは予定外だったが、能力を実証できたとも言える。むしろ開花させてくれた神無月に感謝すべきだろう。

 北の分隊は全滅したが、まだ他に残っている。

 それらを全て集結させ、拓馬を手に入れる事が出来れば、水無月、神無月両方を敵に回しても太刀打ちできると考えていた。

「ガス弾を使え。所詮ガキだ。仕留めたら薬でも何でも使って言う事を聞かせればいい。そうすりゃ水無月も敵じゃねぇ。今日から俺達が最強の軍団だ」

 柳田の声に隊員が声援を上げる。

 火炎放射器で炎を浴びせ追いつめ、ネットガンで自由を奪い、ガスで眠らせる。

 口から出す音が武器。一度に複数の相手に攻撃できない。固まっていればやられる。出来るだけ戦力を分散させて数で押し包め。

 大人の策を持ってすれば必ずできる、とさすがに戦闘のプロフェッショナルと言えるそれらしい作戦を展開した。

 皆もとより水無月の傲慢さに不満を抱いていた連中だ。金があるくせに命を安く買い叩く。その立場を逆転できるという柳田の幻想に皆陶酔した。

 カラン! と瓦礫の転がる音がして、皆一斉にその方向を見る。

「あ、あの。ごめんなさい。わたし……」

 その場に迷い込んだ少女、美空は只ならぬ雰囲気を感じ取ったように慌てて弁明する。

 手を振って何も見なかったと言わんばかりに立ち去ろうとしたが、柳田は即座に拳銃を抜いて美空の頭を撃ち抜いた。

 額から入った弾は後頭部を抜けて、背後の壁に鮮血をぶちまける。

 美空は白目を剥いて後頭部を壁に打ち付けると、糸の切れた操り人形のように壁を背にズルズルとへたり込んだ。

 隊員達は一瞬息を呑んだが、これからは自分達が法律だ。国を捨てて海外に逃げ、自分達の国を作るんだ、と自分達を鼓舞した。

 これはその狼煙。

「いくぞ!」

 柳田は、目や鼻から血を流す美空を余所に行軍を始める。

 美空の目から流れ出る血がその量を増し、ガクッと首が動いた。

 !?

 と柳田達は足を止める。

 美空は白目になった目から、そして口から赤い物を流しながらゆっくりと起き上がる。

 それは上から糸で吊られたような不自然な動きだった。

 バン! バン! バン!

 と柳田は続け様に発砲。だが命中するも、体から血が出るだけで倒れない。

 美空はモデルのような足取りで、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 柳田は隊員達同様腰が引けたが、「かせ!」と火炎放射器を取り上げて炎を浴びせる。

 美空の体は炎に包まれ、衣服が灰になって消えたが、そこに残ったのは長い髪に白い肌から赤いドロドロを流した裸の女。

 それが炎に怯む事無く歩いてくる。

 柳田は驚愕するも、再び拳銃を抜いて撃つ。

 だがやはり、白い肌に食い込んだ弾の跡からは赤いドロドロが流れ出すだけだ。

 そこにいた者達は全員金縛りにあったように動けなかったが、女は何をするでもなく柳田の横を通り過ぎる。

 柳田は我に返り、このチャンスを逃すか、と後ろを振り返って女の後頭部を狙う。

「え?」

 だが柳田が銃口を向けたのは、顔に火傷のある皺の深い顔。

 鏡でよく見る彼自身の顔だ。だが左右が逆になっていない。

 そして銃口の前の顔は振り向いて後頭部を向ける。

 何が起きているのか分からなかったが、既に引き金を引け、と指令を送っている指は急に止まる事が出来ず神経に信号が伝達される。

 ぐっと指に力が入った瞬間、柳田の頭は吹き飛んだ。

 そして銃口を向けられて振り向いた方の柳田が向けた銃口の先にも柳田の顔があった。

 その柳田も後ろを振り向き、その先にも柳田の顔がありそれもまた振り向く。

 そしてそれらの柳田は順々に頭が吹き飛んでいく。

 狭間の、少しずれた時間に少しずつ迷い込んだ隊員達は、皆少し前の自分に対面し続ける夢幻世界へと落ちていった。

 武器を構える者は、少し前の自分に武器をあてがい。

 振り向く者は、少し前の自分の姿を見。

 逃げ出す者は、少し前の自分にぶつかる。

 女がドロドロを流しながら部隊を通り過ぎる頃、その場にいた全員、針の飛んだレコードのように同じ瞬間を繰り返し続けた。

 辺りには赤い霧が立ち込め、それが次第にその色を濃くしていく。

 そして赤いドロドロと共に空間ごと、柳田達は永遠に狭間の中に閉じ込められた。

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