第11話 拓馬

 真遊海の資料にある場所は確かこの辺り、と周囲を見回す。

 一応知らない場所ではないという程度の地域だ。

 正確な拉致現場の地図もあったがよく分からない。躍斗は地図を見るのも苦手だ。

 どのみち同じ場所にいるわけはないのだから、近辺を探れば何か痕跡または手掛かりがあるかもしれない、程度の気持ちで歩いていた。

 当然と言えば当然だが特に目ぼしいものはない。

 大通りからは外れ、集合住宅の多い地域で人目は少ない。殺風景だ。

 それでも団地など大きな建物が密集しているので、見知らぬ男の子が一人歩いていても誰も怪しまないだろう。

 入り組んでいるから拉致するには適していそうか――とも思ったが、男の子が騒げば近隣のベランダから目撃されそうだ。

 実際資料にはそれらしい通報があったような事も添えられていた。

 警察は犯人を捕まえていないし、神無月が拉致に失敗している所までは桐谷も掴んでいる。

 そんな事を考えながらぼんやりと歩くが、あまりウロウロするとそれはそれで怪しい。

 周囲に誰もいないので気にしなかったが、ベランダから誰か見ているかもしれないと気配を消す。

 少し開けた所に出ると広場があった。

 一応住宅のものではなく公共の公園のようだ。

 砂場とボール遊びの的の絵が描かれた壁、登って遊ぶ遊具が一つあるだけの簡素な物だが、広さはそれなりにある。

 子供がボール遊びをするには十分な広さだろう。

 現にキャッチボールをしている小学生くらいの子供が二人いた。

 元気よく遊んでいるのかと思ったら大きな声を出しているのは一人だけ。

 もう一人は少し小さい。学年が下のようだ。

 上の子が下の子にキャッチボールを指導しているようなのだが、少し見ていただけでもそれが酷いものであるのが分かる。

 上の子がボールを取れなかったら下の子の暴投。下の子が取れなかったらミス。

 躍斗が見ても実力に差はない。球の軌跡は行きも帰りも同じだが、「どこに投げてんだ」「ちゃんと取れよ」という怒鳴り声が交互に響く。

 下の子は何も言い返せず従うだけだ。

 見ていて気の毒になるが、友達同士の事に他人が口を出すのは憚(はばか)られる。

 別に暴力を振るっているわけでもない。イジメというにはほど遠いとも思うが、幼い子供の心には結構な傷を残すのかもしれない。

 しかし注意して元気よく遊んでいる子供の興を削いでしまうと、それはそれでただのお節介な奴になってしまう。

 どうしたものか。あまりに酷い様なら口だけ出してさっさと行ってしまうか、などと考えていると、二人とは別の男の子の声がした。

「おい、止めろ。お前の方がヘタクソだぞ」

 見ると公園の遊具――穴の開いた半球に子供が登ったり中に入ったりして遊ぶやつ――から男の子が出てきた。

 真遊海の資料にあった件(くだん)の少年、新井拓馬だ。

 写真に比べると服も汚れ、そこかしこに生傷を作っている。

「なにぃ」

 と言われた男の子も敵意を露わにする。

「ならボール投げてオイラに当ててみな。コントロールできるならやれんだろ」

 男の子はみるみる顔を赤くする。

 そんな実力はない事は本人もよく分かっているようだ。

 男の子は一か八か投げて恥をかくよりは確実な方法を選んだ。

 置いてある荷物の方へ走り、バットを持ち出してきた。

 両手で構え、少年に向かって走り寄る。

「あ……」

 さすがにマズイ……と躍斗が近づこうとした時、バットを持った子の体が後ろへ吹っ飛ばされた。

 ごろごろと転がり、何が起きたのか分からず唖然としたが、やがて泣き出し走り去る。

 下の子もおろおろしながら後を追って行った。

「へん」

 満足気に笑う少年に、躍斗は姿を現して歩み寄る。

「なんだ? 兄ちゃん。なんか文句あんの?」

「今の力は使わない方がいい」

「へえ、驚かないんだな。みんな驚いて、気味悪がるだけだと思ってた」

 しかしこんなに早く会えるとは思わなかった。

 まだ同じ所にいたとは。灯台下暗し、の盲点を狙ったなら頭のいい子だが、逆に子供だから気にしていなかっただけなのかもしれない。

 よく漫画やアニメなんかでは「能力者同士は引き合う」みたいな事が言われる。

 もしかしたら世界は同じものを纏め、整理する傾向があるのかもしれない。

 都合の悪い力を持つ者は狭間に落として消滅させるが、時には能力のある者同士をぶつけて共倒れを狙っているのかもしれないな、と考えながら少年に近づく。

「おっと近寄んなよ。オイラに近づくとケガすんぜ」

 少年は警戒する様に後ずさる。

 こんな子供に狭間や世界の矯正力の事を話して分かってくれるとは思えない。

 力を使って何でも思い通りにしてきたのなら、言っても聞かないだろう、と躍斗は一歩前に出る。

 少年は手を勢いよく前に突き出すと、衝撃音と共に躍斗の体は吹っ飛んだ。

 後ろへ飛ばされ、ゴロゴロと転がる。

 なんだ!? 何も飛んで来る気配を感じなかった。危険を感知出来ずに時間遅延も発動しなかった、と混乱する頭を立て直して正面を見据える。

 だが目の前に少年の姿はない。

 どこだ? と姿を探すと上に気配を感じた。

 見上げると、少年が目前に迫っている。

 飛んだのか? 結構な距離があったはず、と考える暇もなく時間遅延が発動。

 ゆっくりと迫る少年の拳を横に転がるようにしてかわす。

 ズシン! という轟音と共に地面が巨大なハンマーで叩かれたようにへこむ。

 躍斗は冷汗をかいた。

 危なかった。時間遅延は周りがゆっくりに見えるだけで、自分の動きは早くならない。今のはかなりヤバかった。

 力を使っている以上、世界は代償を求めるだろう。だがコイツは? コイツの力も普通では有り得ない事だ。

 世界はこっちの都合は考えない。戦いが終わるまで待ってはくれない。

 少年の動きだけでなく、世界の攻撃も警戒しなくてはならない。

「へえー。結構やるじゃん」

 少年は親指で鼻を弾いて格好をつけると短距離走のスタートダッシュのように構え、「シュッ!」と風を切る音と共に突進してくる。

 だが少年の体は躍斗に届く前に見えない壁にぶつかった。

 カートゥーンアニメのようにガラスに張り付いた形のまま、ゆっくりとずり落ちる。

「な、なんだ!?」

 少年はパントマイムのように見えない壁に手をつく。

「へ。兄ちゃんも不思議な力持ってんだな。だけど」

 少年は腕を突き出すと、口から衝撃音を発する。

 躍斗の体は最初の時のように吹き飛ばされた。

 コリジョンロックが通用しない!? と驚くも、体勢を立て直す。

 だが少年は立て続けに二発、三発と衝撃波を打つ。

 躍斗は危険を察知する事も出来ず、それをまともに喰らう。

 かなり痛いが怪我の度合いとしてはそれほどではない。

 だから時間遅延が発動しないのか? だが何発も受けてはそのうち動けなくなる。

 躍斗は衝撃波を受けながらも冷静に考える。

 体の感触としては空気の塊を受けているようだったが、それならコリジョンロックで防げるはずだ。

 空気とはいえ塊になった時点でオブジェクトになる。光は止められなくても、レーザー光線なら止める事ができる。

 躍斗は真遊海に見せられた情報を思い出す。

 それには口を押さえる事で能力を封じられるとあった。

 だからこの攻撃の正体は音、空気の振動だ。

 音は放射状に広がる波動。熱が防げないように、音を防ぐのは今の躍斗の力では無理だ。

 しかし躍斗の体に感じたのは空気の衝撃波のようなものではなく、もっとはっきりした押す感覚。塊のようだった。しかし塊――オブジェクトではない。

 それの意味する所は……。

「どうだ? 降参か?」

 少年は息を切らせながらも勝ち誇ったように顔を上げる。

 躍斗は防御態勢を解いて体を起こす。

「余裕で降伏勧告をしていると見せて、本当は休んでるんだろ。声を使った能力だから、息が続かないんだな?」

 少年はぐ……、と言葉を詰まらせる。

「音波みたいなものかと思ったが全く別物だな。口から効果音を出す事で、世界に音が鳴る現象が起きたと誤認させる能力か」

 少年は教室で授業を受けている時と同じ顔をする。

「思ったより、放置出来ない危険な能力だ」

 躍斗には力の動きが感じ取れる。

 衝撃音を出し、相手が吹っ飛んだんだという事を世界に無理矢理納得させる。本来起きていない事を起こさせる。口で効果音を真似する――ボイスパーカッションをやっているうちに、それが本当に起きるようになったようだ。

 少年の様子からは狭間に落ちて戻ったわけではないようだ。そうなら簡単に力を乱発したりはしない。

 今の所「超身体能力」のようにも見えるので、世界も大々的に排除に乗り出していないのかもしれない。

 だが、これは使いようによってはかなり危険な能力。

 まだ少年が使い方に慣れていないだけで、その気になれば簡単に人も殺せるし、世界を崩壊もさせるのだろう。

「だが声の届く範囲までが効果範囲だな」

 少年は「へっ」と不適に笑うと両手に何かを持っているように顔の前で構える。

 その姿勢はまるでライフルを構えているかのよう。

「ズギューン!」

 典型的な銃の音と共に街灯のガラスが割れる。

 少年が得意気な顔をすると同時に躍斗は素早く動き、少年の目の前で飛んできた物を掴み取る。

 驚いて尻餅をつく少年に、躍斗は手の中を開いて見せた。

 血の筋と共に地面にガラスの破片が落ちる。

「人は皆世界の理の基(もと)に生きている。理に反する者を、世界は許しちゃくれないんだ」

 少年は驚きながらも後ずさって立ち上がる。

「弾なんかどこにもないのに、ガラスを割った。その矛盾を起こすお前を、世界は偶然という事故で消そうとしてるんだよ」

 少年は歯噛みする。

「それがどうした。世界が敵になるってんなら。オレは世界と戦ってやる」

 躍斗は少し吹き出すように笑う。

 躍斗も同じ事を考えて、世界を崩壊させ、今に至る。

 自分も少し前はこんな感じだったのかと思うと苦笑いも込み上げてくるものだが、もう少し大人だったぞと自己弁護する。

「なら世界の前に、僕を倒すんだな」

 少年は望む所だと言わんばかりに大きく息を吸う。

 あっ、と声を発したように大きく口を開けたが、そこから音は漏れなかった。

 見ると躍斗の足の下から伸びる影が、少年の影に絡みついている。

 影だけではよく分からないが、躍斗の影は少年の影の口を押えているのだった。

 世界は少年の口が押さえられているものと誤認した。その結果少年の口から出る音が阻害された。

 しかしこの程度で誤魔化せるのは一瞬、だがその一瞬で十分だった。

 躍斗は少年に向かってダッシュ。その喉に手を伸ばす。

 少年は機先を削がれ反応が遅れた。

 その一瞬の隙を突いて躍斗の手が少年の喉に触れる。

 躍斗は少年の行動にアクセス。つまり少年という人物オブジェクトのパラメータに触れた。

 早い話がキャラのHPや攻撃力を操作する能力。

 しかしいきなり相手のHPをゼロにする事はできない。結局の所世界に対して情報を謀る技だ。状況的にあり得ない事は起こせない。

 躍斗は少年のパラメータの内、声の疲労度を本来より少し加速させる。

 少年は後ろに飛んで距離を取り、今度こそと衝撃となる音を発する。

 だが少年の口からは擦れた音が出るだけだった。

 少年は攻撃しようと試みるが、口からは気の抜けた音しか出ない。

 ボイスパーカッションには声帯を使わないで出せる音もあるが、声を発する為に必要な力を疲労させている。

 舌の動きが鈍くなってはあらゆる音を出すのに支障をきたす。

 少年は自分に何が起きたのかも分からず困惑する。

「どうだ。降参か?」

 少年は悔し気に歯軋りする。

「一時的に声を疲れさせただけだ。すぐに治る。だが世界はそんなに優しくないぞ。世界が相手ならお前さんはもう消されてる。それで家族や友人からも忘れられるんだ。それが世界の力だよ」

 少年は肩を落とす、が思い立ったように顔を上げた。

「じゃ、兄ちゃんはなんで平気なんだよ」

 声を掠れさせながらも、言葉を紡ぎだす。

「僕も一度消されたよ。だが世界の理に反しないという約束で戻ってきたんだ。僕は『世界の観測者』だ」

 実際には誰と約束したわけでもないし、全くその通りにしていないのだが、後輩への教育上仕方ない。

 あくまで躍斗は運が良かっただけなのだ。

「じゃ、オイラもその観測者ってヤツになる!」

 目を輝かせて言う。

 いや、なると言われても……と躍斗は困惑する。

 資格があるわけでもない。それで言うなら躍斗も勝手に名乗っているだけだ。

「オイラ、兄ちゃんの弟子になるよ」

 弟子は取らない主義だ、とかありがちな応答をしてみるものの簡単には引き下がってくれそうにない。

 無理に拒絶しても、自ら観測者になる方法を探そうとして力を試すかもしれない。

「よし。じゃ、これから三日間力を使うんじゃない。それが守れたら、……考えてやる」

 という事で話を付けた。

 こんな子供が力を使わずに過ごせるとは思えないし、ウソがうまいタイプにも見えない。

 それに本当に約束を守れるなら世界の観測者として迎えられるようになるかもしれない。

 どうするか結論付けるのはそれからでも遅くない。

 三日経ったら連絡する、と連絡先を交換して公園を後にした。

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