その鈴木。ホンモノです。

pi-

思い出して苦笑。

男性諸君に問いたい。

 女の子から言われてドキっとする言葉は何か?


 僕が思うにそれは好意を寄せるような言葉だと思う。


 床に落ちた消しゴムを拾ってあげた後の「ありがとう」

 スポーツの対抗戦で勝った後の「かっこよかったよ!」

 そしてストレートな告白「好きです」


 どれも甲乙付けにくい、素晴らしい言葉だ。

 一度言われれば力がみなぎる。


 そんな言葉を僕は今生、一度も言われたことが無いのだが

 今日、私もついにそんな言葉を言われてしまった。


「キス、しよっか」


 思った以上にサラッと言われたその言葉に見ての通り僕の思考は未だかつてない程フルマックスであった。


 ええと、こういう時どういう反応をすればいいんだっけ?


 こういうのを昔想定してたよな…


 過去の記憶を遡る。


 そうだあれだ。


 中学校時代の親友、シコティ通信兵こと鈴木が神妙な面持ちで言ってたな。


「焦るんじゃない…焦っちゃ…いけなかったんだ…」


 という言葉。それを思い出す。


 そうだあの事件…あの事件をから僕はキスに関して注意深くなろうと決めたんだ。





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 時は遡り3年前、13歳、つまり中学1年の頃の話である。


 シトシトと雨が降り始め湿気が嫌だなぁと感じ始める6月くらいの事であったか。

 鈴木は保育園時代からの幼馴染と付き合い始めていた。


「やった!やったぞ!」


 そんな風に喜びながら僕に告白成功の報告してきたのを覚えている。


 僕は当時、というか今もだけど彼女なんていなかったものだからどうやって鈴木が彼女を作ったのか気になった。


 要は僕はどういう告白したのかと聞いたのだ。

 すると彼は「シンプルに電話だよ」と答えた。

 よく分からなかったので詳しく聞いてみると、夜中11時、よい子はもう寝てるだろ、という時間帯に彼女に電話をかけそこから2時間かけて口説き落としたらしい。


「付き合ってくれる…?」

「うん…もういいよ…」


 そんな返事を受けたらしい。

 完全に寝ぼけて返答してるじゃん!それってどうなの?と思い、同じクラスである鈴木の彼女に話を聞いてみると、「まぁ嫌いではないからいいかな?」と返答を受けた。


 なるほど、これくらい無茶苦茶でも女子はOKをしてくれるのか。

 確かに女子は押しに弱いからな…

 彼女が欲しければ肉食系がやはり吉か…


 とそんな事を僕は学びかけたけれど冷静に考えて、というか冷静じゃなくても深夜の2時間電話越し口説きは狂気だ。

 真似なんてした翌日には相手からこの世からいないものとして扱われてもおかしくない。


 鈴木が許されたのは幼馴染という親しみのある関係柄だったからじゃないか…?

 そう僕は仮説を立てる。

 つまり普通の間柄ならやっちゃいけないリスクとリターンが釣り合わない狂気の沙汰を鈴木は行ったのだ。

 やっぱりあいつはバカだと思う。


 それはさておき。


 そんな狂気に染まっている鈴木は恋愛だけでなく部活にも精を出している。僕と同じく今年新設のバレー部。

 ポジションはピンチサーバー。所謂お助けでサーブを打つ人である。基本はベンチにいる非レギュラーメンバーだ。


 何故ピンチサーバーなのかというとこの部を創立するきっかけとなった監督が彼の大きく打ち上げるサーブ、通称天井サーブに目を付けていたことにある。

 体育館の天井に届く超絶に高いサーブ。落下点を見定めるのとレシーブが難しいのが特徴。

 それをジョーカー的に決定的場面で使い勝利をつかむ。


 監督はそう言ってた。監督は以前雇われていた学校で名将と呼ばれているほどでその言葉には説得力があった。


 あと、「鈴木はあんまりバレーが上手くないからなぁ…」とも言っていたような気もするがそれは恐らく大きな理由ではないだろう。


 天井サーブよりそっちのほうがメインの理由では…?と思ってはいけない。

 彼だって頑張っているのだ。


 毎朝大型犬のゴールデンレトリバーに引きずられながら散歩をして体力をつけているし、部活前はいつも握力グリップ(15㎏)を握り鍛えているじゃないか。


 …まぁ鈴木自身もあまり運動神経に自信はないと言っていたし、思っても問題はないっちゃないのだけどさ。


 ともかくバレーが下手な鈴木は金扇中学バレー部の切り札としてピンチサーバーを全うしており「助っ人は遅れてやってくるんだぜ?」などと戯言を言うのが日課的なものであった。

 …イタい発言をするのは彼のデフォルトだ。狂気に染まる以前からこういう発言は多々あった。これはスルーしておこう。




 さて、ここまでが前座で先ほどの彼女の話に戻ろう。

 付き合いだして2週間。

 6月も中盤、夏も始まり掛け気温も恋も熱が上がってきているかと思いきや長電話による女々しい告白のせい、彼女がそこまで乗り気じゃないせいか、彼女とヒエッヒエな関係にあった。


 そんな鈴木は

「こんなはずじゃないんだ…もっとイチャイチャ…」

 そんな事を言いながら彼女とラブラブになるための計画を打ち出した。


 名付けて"ファーストキス大作戦"


「今週末の大会で優勝したらキスして欲しい」


 内容はそれだけ。週末のバレー部初の大会をネタにした捻りもなんもない中学生らしいストレートなモノであった。

 鈴木曰く「へへっ、小手先の技術を使うのはもっと後でいいんだよ…」らしい。

 やかましい。皮算用が過ぎるぞ鈴木。



 しかしそこまで悪い計画だとは思わなかった。部活の初めての大会だしそこで金星を上げれれば確かにキスを貰う理由としては悪くないのかもしれない。やる気も出るし練習にも力が入るだろう。

 もっとも、彼女が乗ってくれることが前提なのだが。

 正直、僕は断ると踏んでいた。

 彼女の告白の返答のトーンを見るに鈴木とキスをするっていうのは流石にないんじゃないかと。


 そんな風に思っていたのだが彼女はその言葉にまさかの二つ返事でOK。


 うっそぉ!?と驚く僕にウィンクを決めてくる鈴木は相当にウザかった。

 鏡見てからかっこつけろバカが。髪の寝癖が跳ねてるんだよ!


 ともかく、鈴木の"ファーストキス大作戦"なるものの第一段階は突破、命運は週末の大会にかかることになった。


 …そして週末、大会当日。ウッキウキな鈴木を尻目にウォーミングアップを済ませていく部員。

 試合が始まる。

 するとどうだろう。

 我ら金扇中学バレー部は初大会なのにもか関わらず、勝ち星を増やしていく。

 まぁ、部員は総じて運動神経はいい人でバレー経験者も多かったし、対戦相手が弱かったというのもあるだろう。

 余裕の対戦カードが続いていた。


 ピンチサーバーの鈴木はこれまで一度も試合に出ていない。当然ベンチで切り札として全力で応援していた。

 僕も同じくバレー部でセッターのレギュラーをやっていたので鈴木の事はそこそこ見れていた。しっかり応援している姿はコート内でも見える。


 試合は進んで行く。


 …?何か違和感を感じた。


 試合が進む中ニヤリと鈴木がほくそ笑む所を僕は見たのだ。

 何かがおかしい。あれは何かを企んでいる時の通称、鈴木したり顔だ。


 そこで僕はその違和感に気が付いてしまった。




 鈴木は今大会がそこまで強いチームが出ないことを見越し余裕で優勝するだろと踏んでそんな約束を取り付けた、ということに。





 この大会は1年生大会で3年生は出てこないのは事前情報であったし、連携が求められるバレーでは1年生のチームはグダグダなのは目に見えている。

 そんな中バレー経験者の多いこのチーム。

 勝てると踏んでいてもおかしくない。



 そして一方的な試合展開になればピンチサーバーの出番はない。






 つまり鈴木は一試合も出ずにキスだけかっさらおうとしているわけなのだ!






 なんということだ。してやられた。

 優勝すればいいのだから本人が出場してなくてもいい。そんな条件だった。

 部員は鈴木のキスのためにがんばっている。

 そう取っても差し支えない状況である。


 ちなみに部員はキスの件は知らない。


 純粋にバレーをしているだけだ。悲しすぎる。


 私利私欲のためにこんなことをするのかコイツ…

 ドン引きする僕を横目にスポーツドリンクを1リットル一気飲みする鈴木。


 …目だけこっち見んな!


 イラついたチームメイトにチクってやろうかと僕は思ったがあえて何も言わなかった。

 それで本当にキスできたら面白いしできなくても面白いし。

 そんな好奇心からの沈黙だ。


 大会で優勝したい。キスしたい。面白いところをみたい。


 そんな色々な想いが交錯する中、僕らのチームもとい鈴木のチームは白星を重ねてっていた。


 そして…


 大会も大詰め。これに勝てば優勝、というところで事件は起きた。


 想定外に最後に当たったチームが強かったのだ。

 小学生の頃からバレーをやっていた経験者の多いチーム。試合は長引き白熱した。


 アタックが決まり、今度はブロックされ、サービスエースを取られ…シーソーゲームは続く。


 そして24-24、試合も大詰め。デュースである。先に2点差着けたほうが勝ちという状況。


 そこで我がチームの監督はタイムを取った。

 選手が集まる。

 監督はここで喝を入れ一気に勝ちに行こうという事だろう。と誰もが思った。


 しかしそれは違った。


 ベンチらしく選手に飲み物を配っていく鈴木に監督は声をかける。


「鈴木をここで投入する。いいな?」


 最後の最後、サーブ権はこちらにある。

 虎の子であるピンチサーバーを出し、先に1点先取し、あわよくばそのまま決めようという作戦を説明するため監督はタイムを取ったのだ。


 全員が鈴木を見る。


 バレーが上手くないというのは部員全員知っている。

 もしボールが帰ってきて鈴木の元に来れば点を取られてしまうだろう。


 しかしサーブはピカイチだ。天井サーブ。あれを初見で処理するのは難しい。

 決めるには打ってつけだ。


 皆の心は揺れていた。


「監督、僕を誰だと思ってるんですか?」


 意訳すれば、僕を使ってくださいよ。そんな言葉だった。

 そんな言葉が鈴木から発せられた。


 皆ははっとした。


「…分かった、鈴木のサーブに賭けるぞ!いいな!?」


 僕も含め全員が頷く。

 チームには一体感が生まれていた。

 信じてみよう。あいつのサーブを。

 勝てる。勝てるぞ!


 言葉はいらなかった。


 勝てる。いや、勝ったという感覚さえその勇ましい言葉からは感じられたのだ。

 任せられる、やってくれる。鈴木なら。

 これでダメなら悔いはない。気持ちが沸き上がる。


「いくぞ!」


「応!!!!!」


 タイムが終わり選手がコートに戻った。

 監督は交代を宣言した。


 鈴木、入場。


「いくぜ…」


 コートを全て圧倒していたと言っても過言ではない。

 相手チームもここで交代、しかもピンチサーバー…?

 ヤバイのが来る。と感じ取り空気が一段と締まる。


 それに並々ならぬ、1年生とは思えない圧倒的なオーラが出ていたんだと思う。


 何とも頼もしい。そして会場の天井は普段練習で使っている体育館よりも高い。


 つまり天井サーブの威力は我々の知っている物とは比較にならない。


 すっ…とボールを構える。相手チームも腰を深く落としレシーブに備える。



 ピッ!



 ホイッスルが鳴る。


 刹那の無音。


 そして鈴木は得意のアンダーからの天井サーブを放った。






 トンッ!








 打った音が響いたとたん相手チームの誰もがボールを目で追う。


 相手選手は落下地点に移動をはじ…めない?


 なんだ?


 相手選手の視線は低い


 僕は振り返った。


 そのトンッという音の発生源はサーバーの位置。

 なんと鈴木は見事にサーブミスをしてその場にボールを落としていた。







 ピッ!


 審判は得点コールをする


 直後


「いってぇ!!!?ピキッて!?ピキって言ったよ!?」


 そんな声の後右肘を抱え出す鈴木、なんだなんだとチームメイトはざわめいた。


 異常が起きたと監督はタイムを入れようとした。


 が、タイムを取る権利はすでに使い切っており試合は進行する。


「はぁ…ハァ…」


 一度しかサーブをしていないのに何故かコートで一番息を上げている鈴木の姿があった。

 チーム内はどよめいた。僕もどよめいた。


「おい!一番後ろのアイツ狙え!」


 得点を取ったチームがサーブを打つ。それがバレーのルール。

 今度は相手のサーブだ。

 異様な消耗具合をみたのか相手チームのキャプテンはサーバーに指示を出す。

 そして無慈悲なサーブが鈴木に襲い掛かり―――
















 チームはあっさり優勝を逃した。




 その後ミーティングが始まったが鈴木は逃げるように医務室へ向かう。

 付き添いという名目で僕もミーティングを抜け医務室に向かった。


 事情聴取。何が起きたのか?鈴木に聞いてみる。



「ちゃんとウォーミングアップしないとダメね、運動はやっぱ急にしたらイカンな」


 そう、試合前にウッキウキでこいつは準備運動をしていなかったのだ。

 しかもベンチに一日中居た。

 つまり体が温まっていない状況で思いっきりボールを叩いた。

 だからその衝撃で肘の関節が変に痛くなったらしい。



 そうですか…としか言いようがなかった。

 別に骨折とかしてるわけでもなく同情していいのかわからない。

 痛がり方的には折れてただろお前。


 それに今はもう痛みは引いているらしい。

 何だコイツ。

 顔の面厚すぎるだろ。


 そう、鈴木は貧弱。

 飼い犬に引きずられるほどに非力で運動神経が悪い。


 僕らはその事を失念していた。運動部に入るやつが総じて体が強い訳じゃない。

 それを考えなかったのが今回の敗因だ。


「大丈夫?」


 そんなどうしようもない鈴木を介抱してところ彼女がやってきた。

 大会の初めにはいなかったがいつからか来ていたようだ。


 その様子から察するにガッツリ情けないところを見たようで。

 しかし、観客席からだとあの情けない声は聞こえなかったのか鈴木に対して優しくしてくれていた。


「閉会式を行います。選手は整列してください」


 アナウンスが流れる。


 我々は準優勝だ。

 まぁ初の大会にしては大健闘だろう。


 しかし優勝と準優勝。鈴木には大きな差であった。


 何故ならキスの話があるから。

 彼のモチベーションは全てそこだったのだから。


「まぁ、残念だったよな。ほら閉会…」

「あーあ。マズっちゃったな…肘もやっちゃったよ…」


 鈴木は僕に大きな声で被せて、後半はしょぼくれるようにわざとらしくそんな事を言う。


 ま、まさか…


「もうちょっとだったんだけどなぁ…大健闘だったろ?」


 弱い自分を演じて慰めて貰いその流れで行くつもりかコイツ!!!

 ついでに全力は尽くした、みたいなアピールもしている!!!

 諦めが悪すぎる!!!


「ホント、バカなんだから…」


 彼女は呆れたように言った。しょうがないんだから…という感じである。


 あ、あれ?


 お?これは…?あるのか…?


 息をのんだ。


 試合前、ウッキウキな鈴木は言っていた。


 "アイツは面倒見がいいんだ、だから俺の事を見捨てないのさ、だから今日も最終戦は見に来てるだろ?"


 "幼馴染だからこそ、お互いがお互いを理解している。アイツもなんだかんだキスしたいんだよ"



 鈴木はギャルゲーマスターでもある。

 彼に恋愛ゲームを語らせたら3時間は堅い。放課後いやというほど熱弁されたのを僕は昨日の事の様に思い出せる。

 そんな彼は今の状況をどう見るのか。



 …変な間が開く。



 鈴木は口を開いた

「なぁ、キスの話…」

「ハァ?まだそんな事言ってるの?馬鹿じゃないの?チームにも迷惑かけて…もっと他にあるんじゃないの!?最低!」


 パンッ!


 鈴木が発した言葉は無慈悲にも遮られ、おまけにビンタ。室内に良い音が響いた。


 彼女は去って行った。


 そりゃまぁそうだよな。約束も守れてないし、ダサいとこ見せたし、何より間近に僕がいる。

 そんな状況でキスなんてする訳がない。ムードもクソもない。


「うっ…くそぅ…」


 ゲームと現実を見誤った人間の末路であった。


 惨めである。半べそをかいていた。

 僕と鈴木の間に静寂が訪れる。

 掛ける言葉がねぇ…


 そんな中、鈴木が神妙にほろりと言った言葉、それが


「焦るんじゃない…焦っちゃ…いけなかったんだ…」


 である。


 あまりにも真剣な一言だったので僕は苦笑。それをきっかけぶ喧嘩に発展したことも加えておく。

 鈴木は貧弱なので僕がすぐ制して終わったので喧嘩というほどでもないが。


 まぁともかく、僕はこの言葉を深く胸に刻み、キスというのは時と場所を選んでムードを作りするものだと学んだのだ。



 後日談だが、鈴木はあっさりフラれていた。付き合ってから3週間。あまりにも遅すぎる惜しまれぬ別れであった。なむ。

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その鈴木。ホンモノです。 pi- @Titania30g

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