8-4


 翌日、朝駆けで一昨日にI町の雑草が生えた路肩に停車した場所に出向き、ハザードを点灯させ延命措置を余儀なくされたブルーバードの中で奥田和馬を待ち、車両がまばらな道路脇で構えていると、それらしき単車の排気音が次第に大きくなってくる。


対向車線を蛇行するゼファーへ確実に足止めする為に選択した記憶に新しいであろう車のパッシングを奴だけに送ったかの様にかます。

自分の思惑は功を奏したらしく、気分良さげにコールを刻んでいた奥田の右手が止まり、ニュートラルに入れてからエンジンを切った。

惰性を働かせたまま対向車を躱した単車がこちらに寄り、フロントバンパーの前に減速して止まる。

「よぅ」

降車した俺がスタンドを立てるつなぎ服に声を掛けた後に膝丈でカモフラ柄のカーゴパンツからラークマイルドを取り出し、歩み寄りながら箱を振って持ち上がった一つのフィルターを噛んで引く。

「どうも」

相手が顔を垂直にしたままお辞儀をし、左の胸ポケットをまさぐってから一本を引き抜き火を点けた。

自分もライターを擦り主流煙を肺に流す。

「やけに素直じゃねぇか」

「まぁ、な」

お互いの発声で燃焼によって作られる熱蒸気が混ざり合う。


ほぼ手詰まりになった自分には敵の懐に飛び込むしか術が無い。

その橋渡しをコイツにして貰うのが今日の手始め。


「廃パチンコ屋での話を聞かせろ」

俺はボンネットに片手を突き、一個目の質問をぶつけた。

「あの日に居たヤクザ側の人数は」

「……三人」

(やはりこいつは簡単にゲロっちまう根性ナシ)

好都合な相手へ威圧的に尋問を足す。

「その人物は」

これに奥田の瞼が痙攣し、心の中で葛藤しているのを露呈した。

「久賀ってのと牧之原、あとは幹部っぽい奴」

言い終えた唇が上の前歯で噛み抑えられ、言いたくない事実が口からこぼれ落ちてしまう前兆を塞ぐ仕草をした相手に核心を探る。

「柳田は」

俺の一言に今度は通勤途中で捕まった野郎が然程吸っていないタバコを踏みつけて答えた。

は見なかった」


(久賀の話を信用するなら居た筈の人物を見ていないとは想定内の反応で助かる)


自分の予測に沿った言質を取ったが、更にこれから虎穴に入る準備を手伝わせる。

「今日は河合健の居場所も吐いてもらう」

すると、坊主頭の金髪がフッと笑う。

「偶然だ。こっちが聞きたい」

想定外の返答で焦った。が、先を進めた。

「なら、お前からの質問は何だ」

「健が姿を消してる。あいつは今どこだ」

「それを俺が知っていたならお前を待ち伏せねぇよ」

的を射ていない問いに呆れる。

「可能性だ。てめーが和泉組幹部と会ったってウチの頭が言ってたからな」

(野郎が喋ったのか)

「森山に聞いてみたか」

「知らないとしか答えない」

だったら自分の計画は頓挫する。

敵対する輩共の行方不明者を捜索する余裕は持ち合わせていない。

「で、いつからだ」

煙草の煙を吹いた自分が何故だか訊ねてしまった。

きわを行き交う車両の運転手とたまに目が合っていて、この様をトラブルが発生していると通報されたらマズいのに。

「ヤクザに脅されたあの夜から。俺達が到着した時点でもう居なかったんだ」

興味本位が上回った俺が気軽に立ち入った先には不可解な事実が転がっていて、そこには更なる仮説も落ちていた。

「仲間内で噂してたんだ、あの日のアレは河合だったんじゃないかって」


そんな事があるのか?……

短期間で仕入れた情報がごちゃつき過ぎて整理仕兼ねる。


このタイミングで額にしずくを感じ、ある意味では恵みの雨に救われてこの場を切り上げる口実が出来た。

「もういい、行けよ」

相手もポツポツと落ち始めたモノに不快感を示していて、そそくさと単車に跨る。

お互い共に別れの挨拶も次回の確約もせず、ゼファーが空ぶかしをカマシてから走り去り、俺は車内に逃げ込んでハザードを切った。

(まさか、まさかの連続だな)

心の呟きを済ませてキーを回してエンジンをかけ、ワイパーを低速モードで作動させて車線に戻る合図をウインカーで知らせて出発する。


(自分のパズルは一つを嵌めようとすると1ピース増えちまう。

ソレはモノクロの風景の一部みたいで、何処と繫がるのか一目では見抜け……)


薄く物思いにふけっていた最中、二台挟んだ後に迫る白黒のツートンカラーがルームミラーに映った。


ここから凄まじいカーチェイスが……とはならない。


法定速度を守りシートベルトを締めて白Tを着ている、こんな事態もあろうかと用意していた稲穂マークが有ってもおかしくない地味な帽子を被った運転手が後続からマークされる事はない。

信号機がとても少ない田舎道は停車する機会が余り無く、不審な走行をせずに交通課の管轄外へ最短距離で向かえば済む話。


ハナっから自分が標的だったら既に赤色灯を回してスピーカ―で叫ばれているのに今は大人しく列を成すパトカー。


無免許運転で捕まる危険を承知で行動しているのを後ろめたいとはこれっぽっちも感じていないから堂々としたもんでステアリングを操作する。


田舎の特権はまだある。

市町村内に張り巡らされる道路の本数が寂しく、迷いようがない。

方向音痴でなければ記憶しているままに行きたい地へ苦労せずスムーズに着く。


状況も味方した。

時間帯が相まったせいで走行車両が詰まり、栄えた隣町を目指したお蔭で交通量が増える。


これでもう自分が怪しまれる要素が匂わない。


このドライブはI町からM市に変わる境を越えない手前の交差点でパトカーが左折した事で十分程の静かなる逃走が首尾良く終わった。


結局一過性だった俄雨にわかあめに助けられた俺はワイパーを止め、薄曇りの街を素通りして廃車にされる寿命を延ばしたブルーバードの行き先をガソリン補給に変えて進み、1.5km前後で現れたCMにF1ドライバーを起用しているトレードマークの貝殻を掲げたスタンドに到着する。

(さて、これからは……と言いたいんだがよ)

己の勘が今迄の道中で後方を注視していたせいで或る危機を察知していた。

その事象をありとあらゆる反射物を駆使して確認する。

(やっぱりだ)

バックミラーとサービスルームのガラスに写された黒い車が徐行で横切り視界から消えた。

「オーライ、オーライ、ストップ。いらっしゃいませ」

ウインドウガラスを降ろしてエンジンを切る。

「レギュラー満タンで」

開かれた給油口に燃料の供給を始めた兄ちゃんが終了するまでを窓拭きに費やす。

(やれやれ、どうすっかな)

怪しい気配を感じて必要に迫られていなかったスタンドに立ち寄ったみたが案の定補給は直ぐに済んだ。

「では、お代はこちらで」

差し出されたレシートに印字された分を財布から払い、誘導されるがままに方向転換をしたブルーバードが車道に向くと、警戒していた車の影は無い。


(どうせまた追尾してくるつもりなんだろうな)

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