8-3

 近所の居酒屋で座敷に腰を下ろした俺達は生ビールを注文してから真ん中に置いたメニューを眺める。

黒十字かすりの綿麻甚平姿になった川辺はガッツリ腹に溜まりそうな物を選び、こっちはさっぱりとした合間に摘める食い物をチョイスし、ジョッキをテーブルに運んで来た定員にお互いの二品づつを告げた。

「じゃ、乾杯で」

「お疲れ」

己の年齢と後の飲酒運転を放って置き、ホップで風味をつけられる穀物を発酵させることによって作られるアルコール飲料で喉を潤す。

「あれからどうした」

「別に大したことは無かったぜ」

中身が半分以上減っているガラス製のビアマグで指す相手の質問をのらりとかわして逆に問うてみた。

「お前こそあれで平気だったのか」

この受け答え中に生を飲み干していた川辺がジョッキを掲げて店員を呼んでから会話に戻る。

「まぁ、向こうの頭が白旗上げたのは明白だったしメンバーからの不満はナシだ」

「かも知れねぇけど、袋叩きは好かねぇな」

自分は地位が相手よりも高くなることを望まない。

ましてや後世に渡るまでその界隈で陰口を叩かれる行為はしないと誓っていた。

「こう見えて色々と大変なんだよ。秋には引退集会が控えているし、総長に就任した時点で『ヤクザも一目置く勢力を確立する』なんて宣言しちまったからよ」

(にしたってやり方ってモンが……)

「はい、お待ち同様」

「あいよ」

相席者が気安く対応したのに違和感が走り、生ビールと海藻サラダを届けた人物の顔に注目しエプロンの名札に目をやる。

昔の記憶からは想像に及ばなかったその店員は、ショートカットでくせっ毛だった城ヶ島裕理で、ヘアアレンジと化粧を勉強したのか無表情で歌唱する女性アイドルデュオの右側のような容姿に変貌していた。

お節介焼きだったからサービス業は天職なのかもな、と当時の印象を頭に浮かべたが直ぐに目的の約束を果たし始める。

「それで、昨日の事だけど」

「おう」

「外部からの忠告で終わりにしたとなれば総長の威厳が無くなる事を忖度して馬乗りになるのを提案したんだ」

「そんなこったろうと思ったよ」

過去の友達ダチがこの言葉を物知り顔で放った。

同タイミングでイカ刺しをテーブルに置いた女店員へ「どうも」と発してみたが、俺に対して何のリアクションも起こさない。

きっと、あの頃に冷たく接していたからだと認識してから話題を変えた。

「それに和泉組なんだが、どういう経緯いきさつで植田ってのと知り合いになった?」

久方振りの駄弁だべりにしては穏やかではない内容が始まる。

「どこで調べたんだか三日前に突然連絡があって仕事を貰ったんだ。俺の職場が産

 廃処理会社なのを聞きつけたらしい」

「ヤクザがごみの依頼ってか。だからといって関わるのは危ねぇぞ」

「そうもいかない、金になるいいお得意様になりそうだ」

「だとしても取引先なだけだろ」

ここで届いた湯気が昇る焼きそば(大)を見るや否や箸を伸ばした川辺が小皿に取り分けもせずに頬張り、咀嚼しながらで喋る。

「それが違うんだよ。会社通さずにじかで受けた」

「それに乗ったのか」

「おぅ、捨てたいモノがあるから来てくれって言われてな、指定された場所に2tの箱ダンプで引き取りに行ったらご丁寧に積み込んでくれたんだよ」

既に大皿の三分の一を平らげた相当腹が減っていたらしい相手の立て続けで休みなしの食事風景をつまみにして疑問を投げた。

「極道がそこまでしたのか」

「そう。いや、他の人間が乗せてくれたのかもな」

「へぇ、それは楽な仕事だ」

この時にビールを飲み干して空となり、追加注文しようと店内を見回す間に対面で(自分のも頼む)といったジェスチャーと共にジョッキが煽られ、こちらに気付いた店員さんにその旨を伝える。

「で、それを捨ててくれって頼まれた」

「破格の儲けだった。回収に行っただけで20万円だからな」

そりゃ喰い付くわな。

「帰りがけに『これからもよろしくお願いします』って握手しちまったよ」

「そんだけ上げ膳据え膳に近ければ思わず言っちまうさ」

楽な商売が勝手に転がり込んでくるなんて。

益々怪しさを感じていた時に揚げ物三種盛りがテーブル上に置かれ、追っかけで生ビールが別の店員によって運ばれてきた。

早速待ち侘びていたかの様にして飲む上機嫌な相席者に併せる形で自分も頂き、またしても一気に減らした連れが唐揚げに手を伸ばす。

「手慣れてたな」

口内に残っている傍からイカリングを摘んだ川辺が食い終わらないまま会話を再開させる。

「天井クレーンの操縦者」

「天井クレーン?」

春巻きを小皿に取った俺が醤油差しを取り上げる動作をしている最中に聞き直す。

「お?そうだ。玉掛した奴も卒なくこなしてたよ」

「ゴミなんだろ、ペイローダーとかクラムシェルバケットじゃなくて吊り上げて積んだのか?」

言い済ましてからかじった肴の餡がかなり熱くて上顎と舌を火傷し損ねた。

「おぅ、ソコに設置されていたヤツでな」

「珍しいじゃん」

「あぁ、その工場にあったコンクリートかモルタルの塊二つを処分してくれって持ち掛けられたから喜んで受けたのさ」

俺はこの瞬間まで川辺の対応が軽やかでスムーズに進められていた為に中身を精査するまでに至っていなかった。


(三日前……工場……コンクリート……)


慌てて詳細を尋ねる。

「そのガラってのは」

「あれは120Ⅼクラスの深型プラ舟に入ったままだったから建物を壊した屑には見えなかったな」

「外見は、新しかったか?」

「そうだな。立米りゅうべい(㎥)数の計算を間違って発注したから余ったんだろうよ」

(それに詰められたのは沢口・タケさん・柳田、若しくは他の誰かだったのか)

「そこって工事中だったのか」

「増築部分とかは……有ったか……」

川辺が顔を動かさず目線だけを左上へ向けた。

「ダメだ、それは分かんねぇ。ただ、どっちかと言えば稼働してない感じは漂っていたな」

昔、一緒に悪さした相手と膝を交えたのが急な角度から繫がりが導かれる形になるのなら菅野との会話を掘り下げておくべきだった。

心労が重なる自分とは正反対に、オーダーしたつまみを順番に口へと送る懐を肥やした連れに物騒な座談に切り替わる意思を込めた前のめりになる。

「あのな、」

流れでテーブルのへり際に右腕を預けてから続けた。

「お前が引き取ったモノに人殺しが絡んでいるかも、なんだ」

「そんな事あるか?」

突拍子もないと言わんばかりに鼻の脇に指を当てた川辺がこちらの話を疑っている仕草をする。

「それを井出にはつってもらえば塊の正体を知れる」

ここで相手が左前腕を前後に二回振った。

「もう無理だぜ。あの日にそのままG連山へ直行して谷底の堆積物にしたからよ。

ウチは裏で不法投棄もやってるんだぜ」


大金の理由わけ。そっちの処分方法が意趣だったのか。

状況証拠が合致したのも束の間、頼みの綱が永遠へと葬り去られた。

万事休す。五里霧中。立ち往生。なす術なし。四面楚歌。

今の自分にはどれが当て嵌まるのだろう。


「おい、何で和泉組に対して躍起になってるんだよ」

空の二杯目を持ち上げて細かく振り、追加の催促をしているのを店員に発見させている川辺の質問には即答できず、

「それな……」と濁してから生ビールを流し込む。

「まさか、アイツ等と切った張ったで揉めてるとか」

「いや、そこまでは無い」

と、自分は解釈している。

「じゃ、どうしてだ?」

「森山絡みだよ。奴があそこに出入りしててな」

「あの野郎、組員だったのか」

「まぁ、見習い未満ぐらいじゃないか」

その為に厄介な状況に陥ったんだ。

「だとしたら、俺等にシメろって話を持ってきたのは筋が通らないな」

「そこだよ。和泉組の企みに皆目見当がつかない」

「確かに。それに奴を潰したのがお前なのか悪羅漢なのかで変わってくるぜ」

仰る通りだ。

「あぁ、俺だけで始末してたら組のもんに手を出したって因縁難癖を付けられる」

「だが、ウチの族に情報をリークしてやらせた」

「だよな。それで勘繰りを抱いた俺が総長さんに耳打ちをした」

「なるほどな」

川辺が納得の顔でイカリングを食べる。

「するとだな、不可解なのは植田って人間の行動になる。そいつが単独の密告者なのか、仕組まれた歯車の一人なのか、で色々と違いが生まれる」

「そいつの謀反があり得るのか」

「ま、俺は後者だと考えてるが」

「根拠は」

「ない」

ぇのかよ」

ニグロパーマが後頭部側に頷きセブンスターを掴む。

同卓する男が喫煙体勢に入ったのを認識した俺は思考を働かせる。

一本を引き上げて銜え、ライターを着火し、ニコチンとタールを吸い込み、紫煙を吐き出し、ジョッキを持ち上げ、喉仏が上下した迄の時間も暴走族を束ねる旧友に焦点を定めず考え続けた。


「そこで、なんだけど」

良案を練り出せなかったが、この先を見越しての情報を得る為にサラダのラストを綺麗に締めくくった川辺に宛てる。

「植田ってのがどんな奴だったか教えてくれ」

「あ?そんな事なら簡単な頼みだ、いいぜ。まずフルネームは植田彰浩で……」


それからは推測やイメージを交えた対象者の年齢や背丈等々を聞き取り、言いそびれや聞き逃しが無かったのを確認し、アルコールがまわって呂律ろれつが回らなくなった川辺から解放される迄の時間を妙な巡り合わせだったが再会したのを祝した束の間の休息として割り切った。

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