6-3


「あいつ等が廃パチンコ店に出掛けるその少し前に博司、あぁ牧之原な。に指示したのは『お前も同行して説得でも脅しでもいいから小島も取り込め』だった。今考えれば、交渉を奴に任せた俺自身が予定を狂わせた、と思っている」


自らの非を認めた。

それも一介の小僧に対して。


「しかも更に誤算が生じた。チャカを柳田が入手していた事だ。内容は詳しく覚えてないんだが、柳田と小島で口論が起こってヒートアップし出したらしい。その最中小島が飛び掛かり揉み合いになって暴発、だとよ」


久賀の話と食い違いは無い。

ただ、アイツはこの人が裏で糸を引いていた事は黙っていた。

いや、喋らなかったんじゃなくて聞かされていなかったのかも知れない。


「直後に連絡が来てよ。取り敢えず真っ先にやらせたのは『即座に死体を何かにくるんで駆けつけるまでそのまま置いておけ』でな。急いで一計を案じるのに専念しながら子分の運転で車を現地に向かわせた」


わざわざ出向いて火消しに回ったのか。

誤射とはいえ、拳銃が渦中にあるのだから焦ったのだろうな。


「着いてから麻袋にほぼ全身を隠されて横たわっていたモノと対面した時点で博司と信宏に色々な演技指導し、傍らにチャカを握らせた博司をスタンバイさせ他の奴等の登場を待った」

ここで喉が渇いたのか、テーブル上の湯飲みに手を伸ばして口に運んだ語り続けていた相手を黙って見ていた自分にも一呼吸がつける隙を貰った。

そして給仕が現れない事で、客として扱うつもりは無い、という意思表示を知る。

柴原なる人は、仕切り直しと言わんばかりに前屈みで座り直した。

「何も知らずにノコノコ後からやって来た鬼畜龍のガキ共に開口一番こう言った。『和泉組に楯突く奴は必ずこうしてやる』ってな」

当時の台詞をボリュームを少し上げ、カーペットを指差しながら聞かせる仕草には

本物という表現がしっくり来た。

「ついでに見たことも無い偉そうなヤクザの幹部らしき男として『シャブの売買も同様だ』と付け加えて凄んでやったらガキ共は裸足の部分だけ放り出されて染み出した血溜まりに転がる塊を見て震え上がってたぜ」

面白くて堪らない人間の体はこうなる、の典型的な動きと時折上擦る声にこの話を

心底楽しんでいるのが分かる。

「その後にウチの組を笠に着ていた人物といざこざがあった人間が殺されたと認識したその場に居た奴等に『運んで穴掘って遺棄しろ』『エスティマはスクラップ工場に運べ』って指図したらスムーズな役割分担で言う事聞いてよ。必死になって紐でグルグル巻きに括ってたっけな」

身振り手振りを交えてあの時を再現すればするほどに自分の導いた策が適切だったと押し付けられているように感じた。


「ここで意外な事を教えてやる。争って死んだのは……柳田だ」



「こいつ、固まっちまったよ」

「ふっ、はい」


無意識に止まっていた自分に気付き、やくざ者二人に顔を交互に向けた俺の眼は見開かれていた。

「じゃ、続けるぞ」

お互いの会話で反応を示したのを確認したのか、事の経緯が再開される。

「俺は到着して直ぐに呆然としていた小島の襟首を掴んで『こいつは俺が責任をもって消す』と博司達に告げ車に乗せ、小島が持っていた指紋がガッツリ残ってたチャカを懐に入れた」


タケさんが……持っていた?指紋が……残っていた?

だとしたら、実際拳銃が作動したのが偶然だったのか故意なのかが想像の域から脱しない。


「博司に握らせたのは俺のモノだ。同型を持っていたんだよ。仕入れ先なんてのはそうざらにあるモンじゃないからな。売人を柳田に教えたのは誰かなんて既に目星が付いている。ソレに関しては、ま、追々だな」


この件で更に一人何かしらの処分か制裁を受ける。

そこには命の保証があるのだろうか。


「で、っちまった本人は、落ちていたコンビニ袋を被せて後部座席でお付きの子分に見張らせておいた」


現場に駆け付けた車が暴力団関係者が好んで所有するスモーク貼りベンツだったとしたら深夜も相まって誰が乗っているかまでは気付かれずに済む。


「そして久賀を埋める班、車の処分に博司を就かせ、段取りが整った最後に、

『これから柳田を型に嵌める』って言い残してソコを離れた」


この人は巧妙に立ち回った。

背景事情を知っている牧之原はシャブ絡みで自分が消されると思い公言出来ない。

O町の奴等は、自分より地位が上の人間の始末した場所や方法を容易に聞き出せる訳がない。


「それと予め『ウチの組員になれば悪いようにはしないって吹き込んでおけ』と舎弟たちには言いつけておいたから、それぞれの作業が終わるまでに伝わっていただろうな」


経緯はどうあれ、俺はタケさんやレイコ、敵対する奴等の人生までも狂わす一端を作り出してしまったのか。


「その後どうしたと思う?的屋の事務所に乗り込んだんだよ。

『おたくの人間にウチのが殺された』ってな」


何故だ。その行為に何の意味があるんだ。


「大まかな説明と小島自らの証言の後、こっちで処分すると汚れ役を買って出てやったら親分さんは案の定、厄介者は切り捨てたいと頼んで来た。テキヤは銭にならずマイナスにしかならなければ若い衆でも札束積んで差し出し金で解決を図る。

思惑通りでチョットにやけちまったよ」


これか。これが目的だったのか。

疫病神が切れる、手駒が増える、現ナマが入る、利益だけが転がり込んだ。


「小島の告白には一つの嘘をつく事を強制した。そのウソってのはテキヤの事務所で『チャカを用意したのは自分』で突き通す、だ」


チッ、機に乗じてそこまで貶める必要があったのか。


「奴には『お前が人殺しになったのは黙っていてやる』『塀の中に行ったら女房子供に迷惑掛かるよな』って囁いて、姿をくらませるのと交換条件に解放してやるって言ったら承諾してくれたよ」


……な……え?


「それって……」


「あぁ、死んじゃいねぇよ」

この時、柴原と名乗った男は破顔一笑し、それを見た自分は言葉を呑み込めず、顔が強張っていた。

そしてゆっくりと押し寄せて来た安堵。

緊張から解放される感覚に身を任せ、全身の硬化が緩む。

「……そうっすか」

正に漏れ出た一言だった。

足元に視線を落とし、自然と丸まっていた背中を起こさずにいた俺に目上の人間が語りかける。

「それとな、盃を交わしてない柳田は養護施設育ちでな、身寄りが無くて消息が途絶えても誰一人として騒がない」


そうか……あっちはいずれにせよ始末されてたのか。


「そして信宏には出頭を命じ『ウチのシマで勝手にシャブを捌いていたのに腹を立てて呼び出し注意したら用意していたチャカを持ち出され、カッとなって奪い取り殺してしまった』って台本通りに自供すれば、お務めが済んだらいい待遇で迎え入れてやるって言い包めて懐に有ったチャカを持たせて送り出した」


アイツの話、正真正銘の違和感はこの偽りだった。

久賀が警察に喋るのは柳田の死体遺棄をした場所。


鬼畜龍の奴等は組の幹部が始末したのを久賀が身代わりになったと信じる。

「入ったばかりの信宏には悪いコトしたが、その罪を一身に背負って貰って廃棄する手筈にまんまと乗っかってくれたよ」


俺の知らない裏が何重にもなっていた。

この人物は、自分の差し金のケツを綺麗に拭いた。

アイツが俺に報告しに来た内容の真意は、下手に詮索して事実を知ったら揉め事が更に複雑に絡むのを止めさせようとした撹乱の情報を擦り込む為。


「こうなると、ヤクザもんになりたがっていた信宏を紹介してくれた陽一には感謝しなくちゃな」

言い終わりで両腕を肘掛けに乗せ、ソファーに身を預けて視線を送った方向を追うと、沢口がかしこまった笑みを浮かべていた。

「俺がここまでベラベラ喋ったのはどんな意味があるか分かるか?」

声質が変わった事に気付き、姿勢を改めて傾聴する。

「この出来事の中で死んだのは一人。それもヤクザかぶれのチンピラだ。誰かが疑いや不満を感じてどっかに漏らせば誰が一番の被害を受ける?そう、小島だ」

ここで眼差しが鋭く変化した。

「次に危ないのはウチの組だわな。そうなったらマズいからあの家を見張っていた。

そうなる前に芽を摘む為、危険を未然に防ぐ為、だ」

更に眉間が際立つ。

「そうなると、今のお前がソレに一番近いとなる。さぁ、どうする?いや、どうなると思う?」

対峙する人物が疑問符を重ねる毎に凄みが増していく様を只々受けるしか出来ない自分に震えが襲って来るのを必死になって耐えた。


側頭葉内側の奥から警告が発せられ、さまざまな生理的応答を中枢神経や自律神経に起こさせる。

何時しか始まっていた無言の圧力が追い討ちを掛ける。


脳から中枢神経系に存在する神経伝達物質が分泌される。

心臓が不規則な脈を打つ。

副腎髄質が出す生理活性物質が交感神経を刺激する。

全身に鳥肌が立つ。


追い詰められた事による恐怖心と、自身に何かが生ずる事への好奇心が入り交じり悲嘆ひたんと興奮が抑えられない。

こんなにも苦しいのなら一層の事、何かが起これと待ち侘びた。


そして、膠着状態が動いた。

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