5-3
この気怠さは何故だろう。
こんなにも身体に融通が利かないのはどうしてだろう。
西日が射し出した空間に感情だけが浮遊している。
この車内の様に自分一人だけ何処かから取り残された気分になる。
俺は何があって生かされているんだ……
俺の存在意義って何なんだ……
不明な物事が絡み、不測の事態からの結末で儚く消える命。
今からやらなきゃいけないのは何?
今日からはどうすればいい?
これからやってはいけないのは何?
これでどれを改めればいい?
変になりそうだ、俺の頭が。
変わって欲しい、俺の体と。
「………った?」
……
「……だった?」
…
「…うだった?」
沈鬱の中、声がした方向へ背中を丸めたままで首を起こすと、大崎美奈子がすぐ傍に立っていた。
(こんなにも近寄られていたのか)
「だから、どうだった?」
二文字しか聞き取れなかった俺はすぐに質問の意図が汲み取れず、
「どうって?」と聞き返す。
「久賀君よ」
そうだ、コイツが連れてきたアイツが現れて居なくなった後からこんなにうな垂れていたんだった。
「何とかして欲しくてあんたの所に来たんじゃないの?」
(あぁ)
「なのかな」
(そうだったかもな)
実際どうだったのかは奴に聞いても答えないだろう。
「でしょ。だからここに誰も入れなかったの。結構大変だったんだから」
どおりで今まで人の姿を見かけなかった訳だ。
自慢げに話し、誇らしげに胸を張る大崎は当初から異変を察知していた上で陽気に振舞っていたのか。
「帰って行った久賀君、複雑な顔だった」
部外者に心情を見透かされるなんて、やっぱアイツは極道に成れない。
(ふっ)
思わず鼻で笑った事で気が抜けた俺は体をゆっくり起こしてシートの
「で?」
大崎が覗き込む勢いで詰め寄って来るのを尻目に少し離れた座席に転がっていたライターに上半身を横に倒して掴む。
コイツが興味本位だけで首を突っ込んでいるとは考えられないが、世間一般の大多数を占める階層に居る人間を納得させる上手い説明が出て来ない。
元の姿勢に戻してから火を点け、煙を吸い込んで吐くまでの間に返事が決まった。
「俺は話を聞いただけだ」
奴の打ち明けに付き合った。これは事実。
内容を事細かに喋るのは誰の為にもならない。
「それだけ?」
「それだけだ」
なぁ、察してくれ。お前の耳に入れるような物事じゃないんだ。
「あのね」
知らない内に顔を背けていた俺にそう言ってさっきまで久賀が座っていた席に着いた大崎の声色が大人しくなる。
「由理が事故に遭って佐々木君が入院したのを境に貴方に対する周りからの風当たりがおかしくなって孤立してても学校には通っていたよね」
それはあの当時に暮らしていた叔父との約束だった。
確かにそうだったが、コイツは何故昔の事を持ち出してきたんだろうか。
「覚えてる?あなたはそんな頃にでも男子トイレで当時の彼氏がいじめられていて半べそをかいていた私を見かねてトイレに乗り込んで行ってそれを
取るに足らない些細な事だったけど覚えがある。
「あぁ、あったな」
だが、解釈が違っている。そんなカッコいい理由じゃなかった。
あの日に取った行動は、溜まったストレス発散でしかなかった。
「久賀君から貴方と会わせてくれって言われた時に、今も心に残ってたのが一瞬で掘り起こされたの。あなたならどうにか解決のきっかけを導き出してくれるんじゃないかって思った」
人の為に親身になっている相手を前にして心苦しさが沸き上がる。
(けど、けれどな……)
「今回ばかりはどうにもならねぇ」
(アイツとお前の関係性は何となく知れるが……)
「諦めろ」
(俺如きの力では及ばない別次元の案件なんだ)
俺は直視できない相手に
眼の端で捉えたうな垂れる大崎は静かに固まっている。
俺が今からどれだけ頑張ろうと、大崎がこの先どれだけ心配しようとも、事情は変わらないし時は戻らない。
自分達の置かれた状況はただそれだけ。これが現実。
黙り込む自分に整理されない気持ちが渦巻き、取り返せない一刻が積み重なってゆくバス内で二人は静寂を生み出し、決着が見込めず、為す術がなく、埒が明かない袋小路を彷徨う。
一連の出来事に笑う者、怒れる者、苦しむ者、憐れむ者に分け隔てなく流れた時間を経て、指に挟まっていた煙草に吸い代が残されていないと気付いた俺はそれを捨て、事態の重さを前から知っていたのか、ここまでの会話で知らされたのかを問いかける事はせずに席を立った。
後ろ髪引かれる思いをかなぐり捨て、沈んだままの大崎美奈子を置き去りにして。
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