3-5


 朝から妙な話を聞かされた晩、俺はH市に来ていた。

二日前に『後一週間もあれば……』とタケさんに回復している報告を兼ねてR市の自然公園に足を運び、その際にミカさんと会わせて欲しいと頼むと、

「なら明後日の八時に居酒屋で」と願いを聞き入れてもらった。

この場所になったのは、双方の家から大体の中間地点を選んだからだ。


 国道からH市駅に向けて曲がり、指定されたチェーン店の赤い看板を約束の十五分弱前に探し当て、暖簾をくぐると既に入店口から一番離れたボックス席に二人は先着していた。

「スイマセン。もう居たんですね」

詫びながらタケさんの対面にある木製の背もたれ付き椅子を引くと、待ってましたと云わんばかりに店員が寄って来て「お飲み物は?」と訪ねてきたので、すかさず「じゃ、コーラを」と注文した。

あれ以来飲酒は控えている。

それに今日に限っては帰りの運転もあるし、お願い事をしているので酒を飲める立場ではない。

ま、未成年だから当たり前のことなのだが。

「いいのか?飲まなくて」

そう気を使ってくれるビールジョッキを握った先輩に心の中で呟いた。

(飲酒運転確定じゃん)

地元なら毎回飲酒検問が行われる個所を把握しているだろうが、今日は勝手が違うと思うのだが。

ま、駐車場で見たタケさんのエスティマなら通常で止められる危険はない筈……

と願う。


俺が「大丈夫っす」と右手をちょっと挙げ告げると、

「そうか、なら好きな食い物頼め」とメニューをジョッキで指した。

これに「いや、先に挨拶だけ」と斜め向かいの女性に目配せをし、それに気付いたタケさんが「お、そうか」と汲んでくれ、腰掛けたままだったがミカさんに自己紹介をすると、黒髪ロングソバージュの両肩を少しすぼませ笑顔になる。

「深田美香です。何だか聞いていたあんたのイメージと違ってた」


この人をレイコは慕っていたのか……


ビールを空にした先輩が「おまえの三コ上だ」とプロフィールの補填をし、

「こいつのお陰で愚麗嬢の奴等は俺に挨拶してくれている」

と隣の席に感謝の意を示す。

「じゃ、なんか頼め」

そう言って今度はメニューを開いて差し出してくれたので会釈し受け取ってすぐさまに「いいっすか」と挙手したのと店員のあんちゃんが先に頼んでおいた飲み物を届けに来たタイミングがドンピシャすぎて軽くビクッとしてしまった。

俺が「ビールでイイすか」とタケさんに振ると「おぅ」との返事。

それを聞いて「じゃあ生一つと」と注文した後にテーブル上を見渡し、美香さんの縁が塩で飾られたグラスにまだ半分残っているのと、自分が喰いたい物が既に置かれていないのを確認し「あと子持ちししゃも」とオーダーする。

店員が下がり、隣の席で星条旗のバンダナに革ジャンの渋カジファッションに身を包んだ男が連れの女と下世話な会話をしているのが耳に入る中、ちょっと前に引っ掛かった疑問を投げた。

「あの、俺のイメージって……」

「あぁ、ソレ気になった?」

綺麗な部類に入る顔立ちの美香さんはクスクス笑って後を続ける。

「玲子と剛さんの話を照合した時にもっとイカツイ奴なのかなと思ってたの。今見た

 限りじゃ誰かから怨み買ったり、あの娘が好いたりするタイプじゃなかったもんで

 ね、チョット驚いた」

これは『ひ弱く見えている』のかと『シュッとしている』かのどっちに取ったらいいのだろうか。

さっきのあんちゃんが霜のついたジョッキをタケさんの前に置き、それを一口流し込んでからされた「そういや、どうしてミカに会いたがったんだ?」の質問に、

「自分の事って何を話していたのかって思ったんで」

と答え、氷の割合が多いコーラを三分の二飲み干した。

美香さんが摘んでから先端にだけケチャップを付けたフライドポテトを自分の胸の前で止めると、

「そんなに詳しくは無かったわ。あんまり会ってないでしょ」

と自分に向ける。

その先で指され「えぇ、三回程度だった記憶です」と返すと、

「その割には今度いつ教習所に来るのかなって言ってたのよ」

と含み笑いのままポテトを口に運んだ。


ここまでを聞いて感づかない程鈍感ではない。

だからこそ尚更、心が締め付けられる。


「そう言えば、森山の事なんだが」

いつの間にかジョッキの中身が無くなろうとしていた先輩の切り出しに背筋を伸ばし「はい」と返答する。

「まだ進んでないんだ。昨日話をしに行ったんだが、あっちが俺との接触を拒んでてな。一週間後にまた顔を出すと言っておいた」

済まなそうに話すタケさんに、

「いいですよ、こっちは何時でも」と気遣った所で、今度はタイミング悪くあんちゃんからししゃもが出され、挙句には、

「もうちょっと時間をくれ」と逆に気を使わせてしまった。

帰りかけた店員にソルティドッグと生ビールとコーラを頼み、改めて先輩に、

「俺は待ちますから」と無理をかけている事にかしこまる。


溝はかなり深い様だ。

それでも何とかしてくれようと動いてもらっているのは有り難い。


シンガーとギタリストお互いが長身のユニットバンドのロックナンバーが流れる室内で三人が言わず語らずにいた時間を割く様に俺は次の言葉を振り絞って発した。

「それと……レイコの墓……の場所が聞きたかったんです」

これに美香さんは驚きもせず、

「んー、ちと待って。今、地図書くから」

とバックの中を漁り始め、中から手帳を持ち出し開くと一枚をちぎり、目の前のグラスと小皿を遠ざけおしぼりで拭き「えぇっと…」と呟く。

そこから後輩に対して、

『この道分かる?』『あの店分かる?』と丁寧に確認を取りながら、

『あっち側が近いかな?』『こっちの方が早いか?』と頭を悩ませペンを進めた。

「よし、出来たかな」

書き終えた美香さんは隣に仕上り具合の承認を求め、それを見たタケさんが、

「いいんじゃないかな」と太鼓判を押す。

「ハイ」と差し出されたそのメモ紙を俺は「ありがとうございます」とお礼を挟んで受け取り「自分の身の回りが落ち着いたら行きます」と告げた。

明日にでも、と付け加えられなかった。

今の自分ではアイツに顔向けが出来ない。

「そうしてやって。あの、きっと喜ぶよ」

美香さんはそう言って微笑んだ。


俺がこの店に訪れ着席してから浮かない表情を一つも出さずに気丈に振る舞っている姿が返って痛々しさを感じさせる。


「もう少しアイツの事を教えて下さい」

レイコという人間を知っておきたかった。

たとえどんな些細な事でも。


タケさんがビールを飲み干し、美香さんがグラスを傾けた。


「そうねぇ、、、玲子は自分の事より他人事でカッとなる娘でね……」


俺は思い出話が尽きるまでの間、美香さんが自分の瞳が潤んでいるのを必死に誤魔化す仕草を忘れぬよう心に深く刻み込み、時折悲しみが我慢しきれなくなった顔の記憶が消えぬよう脳裏に激しく焼き付けた。

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