月夜に歌う詩

電咲響子

月夜に歌う詩

 私は罪を犯した。


 令和元年十二月二十四日。私の誕生日だ。

 しかしそれを祝ってくれるのは弟だけ。私には友達もいないし、私に関心を持ってくれるのは身内だけ。それもの弟ただひとり。


「お姉ちゃん、誕生日おめでとう! とっておきのケーキを作ったよ!」

「……むむ、今食べてる…… 美味しい」


 弟が笑顔を見せる。別に美味しくもないが、世辞で喜んでくれたならそれで構わないだろう。

 計画実行まであと七日。


 それまで楽しんでおくといい。


△▼△▼


 腹違いの弟。そんななんて生かしておく理由がない。


「ね、姉ちゃん。な、なんで……」

「てめえが生きてると色々面倒なんだよ」


 事故で両親を失った表向きの姉弟。世間向けの存在だ。一体こいつは何度私を無視してきた?

 あの時も、あの時も、あの時も…… こいつは見て見ぬ振りを徹底した。自己保身に走る奴は絶対に許さない。


「あ、ががが…… 姉ちゃん、せめて理由わけを」

「はあ? 理由もクソもねえだろ。てめえが通報しとけば私は救われたんだ」


 弟はか細い声で言う。


「ごめん…… 僕が悪かった……」


 私は弟の首を切り落とした。


△▼△▼


 私は罪を犯した。

 無辜むこの弟を惨殺するという罪を。


 私は知っていた。あの火事から両親を救えないことを。

 弟は知っていた。あの火事から両親を救えないことを。


 それに乗じて盗みを働いた私のことを。

 私に無関心な私の、大切な弟のことを。


 だが無能な警察は私の隠蔽工作に騙され、強盗の仕業と決めつけた。なぜなら、プレハブハウスの我が家から金品だけ喪失していたから。

 もちろんそれらは私が処分した。


 そして今、私は高層ビルの屋上にいる。これから飛び降り自殺するには最適の条件が整っている。

 夜の暗闇の中、月だけが私を見ていた。


 ああ。


 弟は天国、私は地獄。


 さらば現世。

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月夜に歌う詩 電咲響子 @kyokodenzaki

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