第20話

 出会った当初、秋穂が桃香に性的ないやらしい目を向ける男だとは思わなかった。そんな男だとわかって交際を始める女はこの世にいないだろう。私だってそうだ。頭がいいわけではないが、身内を危機にさらすような人間を家庭に招き入れる程の馬鹿ではない。


 気付かなかったのだ。一人で幼い子を育てる責任感、経済的な負担、自分で決めた人生なのに後悔ばかりしている毎日、そこからドロドロと流れ出る将来への不安を抱えて心身を蝕むような暗い生活をしていた。そんな泥沼に浸かり続けているような暮らしの中で、頼ることができて甘えることもできる存在が現れたら誰でも相手の腕の中に飛び込んでいくものではないだろうか。


 そんな考えも今になって思い返せば浅はかで愚かだった。


 だがずっと暗闇にいると、一瞬だけ差し込んだ太陽の光すら眩しく、目を閉じてもその光はずっと瞼の裏で輝き続けるものなのだ。私はその輝きに心を奪われたが、輝きは永遠ではなかった。私の目が光に眩んでいる隙に、大切な存在が真っ黒な影によって奪われようとしていた。


 影は気付かぬうちに再び私から光を奪い、暗い暗い泥沼へと沈めようとしていた。

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