第14話

 安い笑顔が板についてきた私にも指名してくれる客が少しずつ現れ始めた。


 小さな会社を経営する社長や上場企業の社員、親の金を食いつぶして遊んでいる無職の男などがいた。どれもこの仕事をしていなければ出会うことのない男たちだった。


 秋穂も例外ではなかった。当時、建設業に従事していて毎日くたくたになるまで働いていると話していた彼は私のことがいたく気に入ったようで、二回目の来店から店に来る度に指名をしてくれた。

 

 私は客に対して必要以上に興味を持たないようにしていたが、秋穂の腕に入ったタトゥーがちらりと見えた瞬間、働いているという話は嘘なのではないかと思った。世間知らずな私はタトゥーを入れ、髪を明るく染めた社会人など芸能人以外いないような気がしていたからだ。


 それでも客を追及するようなことはできない。気にはなっても見ないふり、気付かないふりをして愛想良く酒を注ぎ、相手の話を聞くことに徹していた。大切なのは身なりではない。どれだけ店と私に貢献してくれるかが大事なのだ。金を運んできてくれる指名客を不快にさせ、縁が切れてしまってはこれまでの自分の努力が水の泡になる。


 付かず離れず否定せず、私は指名客たちと店の中だけの終わることのない蜜月関係を築こうと努力していた。


 

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