侵入者

「こんにちは」

 ゆるく笑いかけるその人を私は知らなかった。

 ねこに連れてこられてから、もうずいぶんと月日が経っていた頃だ。目の前の人は、まっしろい頭をしている。きれいな髪だと思った。そういえば、最近ねこを見ていないと気づく。認識しないと、私はここにいられないのに。

「アレはどこかな」

「知りません」

 反射的にねこのことだと思って、嘘を言った。ねこはきっとどこにでもいるし、消えることなどない。ねこはどこだ。

 まっしろい人は困ったように笑った。

「嘘つきは嫌いだなあ」

 ひゅっと息がつまりそうな空気を出す人だった。笑っているのに、笑っていない。形は違えど、ねこのようだ。忘れそうになっていた感情を思い出しそうだった。

 爪のあとが残りそうなほどに手を握る。ゆっくりと後ずさりをして、まっしろい人から距離をとろうとした。そんなことをしても無駄なんだろうと思う。

 ゆっくりと下がっていく。まっしろい人は、こちらを見ているだけで全く動こうとはしなかった。それを見て、私は走り出す。ねこを認識しなければ。認識さえすれば、どうにかなるはずだと信じて、空っぽの箱のようなこの屋敷の中を走り出したのだった。




『こども、』

「はやく逃げよう!」

 ねこは存外近くにいて、私を呼んだ。それを遮るようにして、私はねこを抱えた。どこに逃げていいかもわからないのにだ。どうしてかわからないが、あれは危険な物のように感じた。だから、それから逃げる。どうやって逃げたら、諦めてくれるのかはわからないけど。地の果てまでついてきそうだけど。

『……ようやく来たか』

「知ってるの?」

『ああ。 でも、おまえはしらなくていい』

 ねこはつぶやいて目を閉じる。ねこはここにいた。

 私は何もしようとしないねこを抱えて、空っぽの庭に出る。まっしろい人がこっちを見て、笑っている。心の底からおかしそうに笑っていた。そっか、そっか、と一人勝手に納得して。

 ねこは目を閉じている。その様をみて、まっしろい人はさらに笑った。

「そろそろお暇しようかな」

『なあ』

「じゃあね」

 腕に抱えているねこは、まっしろい人に食われている。ねこも負けじと、腕や足を喰らうけれど、それよりも早く再生されていく体。おおよそ人間ではなかった。ぼろぼろと崩れていく肉も、すぐに元に戻るのだ。ねこは目を見開いて、私を見る。赤い二つの目がこちらを見ている。私はそれを見ているしかできなかった。それしか選択肢が残されていないのだと思った。ねこはただそこにあった。

「ごちそうさま」

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