第三章 三つ目の願いを握る小さな娘

―――僕は、生まれてくるべきじゃなかったんだ。


「こんな屈辱を受けたのは、生まれて初めてだ! 全部、お前のせいだろうが!? この役立たずが!?」

「どうして、私のせいなのよ!? 検査の結果は問題なかったでしょ!?」

 大病院の一室で、男と女が罵り合っている。両者の間に入っている男性医師は、狼狽えるばかりだ。男の怒声は、病院中に広がっているが、誰も彼を制することができない。

「貴様のミスじゃないのか!? 俺にあれだけのことをさせといて、ふざけるなよ!?」

「そ、そのようなことは・・・事前にご説明をさせて頂いた通り、百パーセント確実に上手くいく訳では、ありませんので・・・」

「はあ!? 俺のせいだと言いたいのか!? 俺を誰だと思ってるんだ!?」

「い、いえ・・・決してそのようなことは・・・」

 怒り心頭の男は、医師に矛先を向けた。

「あなた、もう止めて! みっともない!」

「みっともないだと!? お前は、誰に向かって口を聞いてるんだ!? 子供すら作れないできそこないが!?」

 男は、女の胸倉を掴み、唾を飛ばす。

「お、お止め下さい。奥様が悪い訳ではありません。子は授かり者と言います。授かることが奇跡なのです」

 医師は、怯えながらも、男を宥める。

「奇跡だと!? ふざけるな!? 愚民どもが、馬鹿みたいに、作ってるだろうが!? いったいいくら使ったと思ってるんだ!? 我が、鳳凰寺財閥の大事な跡取りだぞ!? 愚民どもとは、価値が違うのだ!?」

 目を血走らせ、血管を浮かせている男の怒りは、治まることがない。

「ほっほ、騒がしいのう。大の大人が大声を出して」

 扉が静かに開き、一人の老人が入ってきた。

「誰だ貴様は!?」

「わしは、この病院の関係者じゃ。話は聞いておる。わしなら、そなた等の願いを叶えることができるぞ」

 老人は、穏やかに、男に歩み寄る。

「本当か!?」

「勿論じゃよ。ただ少し金がかかるがの。大船に乗った気でおれば良い」

「金なら、いくらでも出す! 何とかしろ!」

 男は、老人の肩を掴み、睨みつける。老人は、張り付けた笑みを崩さない。

「あ、あの・・・そんなことを言って、大丈夫なのですか?」

 医師は、老人に耳打ちをした。

「ほっほ、大丈夫じゃ。この件は、わしが預かる。おぬしは、無関係じゃ。何も見ておらぬし、聞いてもおらぬ。良いな?」

 老人の鋭い眼光を見つめ、医師は無言で頷いた。


 長い長い山道を抜けると、更に大きな山々が眼前に広がる。更に、その山道を抜けた場所に、ひっそりと佇む建物が、存在した。こじんまりとした小さな建物は、真っ白な塗装が施してあり、真新しさを演出している。

 真っ白な小さな建物から、赤ん坊の泣き声が鳴り響いていた。

「無事にお生まれになりました!」

 女性看護師が、廊下に飛び出し、男に声をかける。男は、素早く入室し、赤ん坊に接近した。分娩台で汗だくになり、疲労困憊の女の隣で、別の女性看護師が赤ん坊を抱いていた。

「よし! でかしたぞ! 女なのは残念だが、優秀な人材を見繕ってやる!」

 満面の笑みを蓄える男とは裏腹に、女性看護師の顔から笑みが消えた。看護師は、視線を横たわる女に向ける。女は、お辞儀をするように、そっと目を閉じた。

「ん? 何だこれは?」

 男が、赤ん坊の顔を覗き込んだ。

「おい! この額の傷はなんだ!?」

 男が、怒声をまき散らし、室内に緊張が走った。

 赤ん坊の額には、薄っすらと真横に線を引いたような跡がある。

「女の顔に傷があるとは、どういうことだ!? 価値が下がるだろうが!? なんとかしろ!」

 困惑する医師や看護師が、それぞれ赤ん坊の顔を覗き見る。言われて見れば、薄く傷のような跡がある気もするし、ただの皺のような気もする。すると、突然、男の携帯電話が鳴り、耳に当てた。通話を切った後、男は医師を指さした。

「俺は仕事に戻る! 良いか! なんとかしておけよ!」

 男は、足早に、部屋を出て行った。

 赤ん坊の泣き声が、何かを訴えるように、鳴り響いていた。

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