第11話 特訓その1

腹もいっぱいになり一息着いた俺は、

部屋に戻りジュリに飛行魔法を教えることにした。


正気を失った魔獣の中にも空を飛ぶ奴はいるだろうし、

森の中の追跡には飛行魔法を使った方が早いかもしれない。

だから、ジュリが会得できるかどうかはわからないが、

取り合えず教えてみようと思うんだ。


「ジュリ、お前は優秀だと思ってはいるが、早々出来るとは思はないでくれよ。」


「分かっております。で、どうすれば飛べるのでしょう。(ワクワク)」


「…今の話聞いてたか?すぐには出来ないだろうし、

会得できない可能性も有ると思うぞ。」


「はい分かりました。で、何からすればいいんですか。」


………まあ、やる気が有るのはいいことだ。


「まず最初は、体を浮かせる事からだ。」


「浮かせる?」


するとジュリはしばらく何かを考え、左右の片足を何度か上げ下げしたり、

トントンと飛び上がってみたりしている。

そうしたいのは分かる、

分かるがそんなことしても体が浮く筈もない。


「まずはイメージトレーニングだな。

立っていても、座っていてもいいから静かに瞑想し、

自分の足がゆっくりと地を離れ、

体が徐々に浮き上がる事をイメージするんだ。」


まぁ浮くのだって、1日やそこらではできないだろうな。


「相変わらず大雑把な説明ですね。

まあ、お師匠様に細かい説明を求めても無駄なのは、今も昔も変わりませんが…、

取りあえずやってみます。」


ジュリはおもむろに床に胡坐をかき、静かに目を瞑った。

そのままの状態で数十分。

時々薄目を開けては自分の状態を確認し、また目を瞑るを繰り返している。

なかなかの集中力だ。

俺はと言うと……暇だ。

外でぶらぶらしようかな。

まだ宵の口だし、酒でも……。

と思うが、外見7歳のガキには売ってくれないか、寝よ。


それから何時間か寝たんだろう。

遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。


「……さま、起きて……い。」


「うー。眠い~。」


「お願いします。起きて下さい。」


「ジュリか……、何事だ?」


俺は眠い目をこすりながら尋ねた。


「喜んで下さい、できました。できたんです!」


うれしそうに俺に言う。


「できたって何が?誰の子だ?」


「何バカな事言っているんですか。浮けたんですよ!」


「?…本当か?今何時だ?」


時計を見ると針は3時30分を示している。

俺が寝たのが7時ごろだからあれから7時間半、ずっと練習してたのか?


「さあさあ起きて下さい。」


まだ夜中なんだがな。その様子じゃ何を言っても無駄だろう。

仕方ないので俺は起きてベッドの上で胡坐をかいた。


「驚かないで下さいね。」


ジュリは目を瞑り、一呼吸おいてからフンッと勢いよく息を吐き出した。

するといきなり体が浮き、天井にしこたま頭を打ち付け落下。

尻もしこたまぶつけていた。


「良かったなジュリ、この宿が平屋で。

じゃなきゃ苦情が来るとこだぞ。」


(運よく隣の部屋からの苦情もなかった)


すると涙目になりながら頭を押さえたジュリが、


「お師匠様冷たいです。他に言う事が有るでしょう?

大丈夫か?とかよくやった!とか。」


「大丈夫かよくやった。」 


逆らうと後が怖いからな。


「もういいです…。次は何をすればいいんですか?」


「まだだ、浮き方がそんなじゃだめだ、浮くスピードや高さもちゃんとコントロールできなければ危ないからな。とにかくもう室内でやるのは辞めろ。

明日はちゃんと付き合ってやるから今夜は寝ろ。」


「本当ですか?約束ですよ、絶対ですよ。」


そう嬉しそうに言うとジュリは早々にベットに入り、

数分もしないうちに寝息を立て始めた。

疲れてたんだな。

なあジュリ、時々お前が15歳のあのころと重なるよ。

一途で、純粋で、いつまでも俺を慕ってくれる。

いまだに変わらず俺が死んだ後も、

生き返ることを信じて待っていてくれたんだよな。

しかし大した奴だ。まさか7時間であそこまでやるとは。

やはり俺の弟子だけはある。

調子に乗るから本人には面と向かって言わないけどな。

……だけどどうするかな。

俺はもうだいぶ寝たから眠くないんだよ。

かと言ってやることもない。

しかたがない、とりあえず布団にもぐるか。

で、気が付くと朝だった。

ほんと、子供はいくらでも寝れるんだ。


「さあさあ、お師匠様早く身支度してください。」


ジュリは早く教えてほしいと俺をせかす。


「お前が一刻も早く教えてもらいたいという事は分かったが、

朝飯はどうするんだ?」


「大丈夫です。

昼ごはんと合わせて宿に弁当を作ってもらいましたから。

お師匠様の好きなものばかりですよ。」


「朝飯ぐらいゆっくり食べてから行かないか?」


「私を見ていただいている時に、ゆっくり食べていただいてかまわないので、早く行きましょう?」


「お前はどうするんだ。」


「私は大丈夫ですから、お願いします早く行きましょ?」


よっぽど俺に見てもらいたいのだろう。

だが駄目だぞ。体調管理も大事なことだ。


「お前の気持ちはよくわかるが、やはり朝飯ぐらいゆっくり食べて行こう。

その後はじっくり付き合ってやる。

約束する。」


するとジュリはうれしそうに頷いた。



ボックスの中に入れてあった、ありあわせの食材だが、

久しぶりに食べたジュリの飯はすこぶる旨かった。

ジュード豚のハムのサンドイッチは絶品だ。

おまけにココリアの生ジュースまで作ってくれた。

二人で朝食をとりながら昨夜の事を話す。


「だから、高く飛ぶには力はあまり必要じゃないんだ。

確かに、体力や持久力は必要になってくるがな。

だが、昨夜の失敗は、お前が力を入れすぎた結果と言うより

俺にいいところを見せようと、気分が高ぶったからだと思う。」


「何となく思い当ります。

でも感覚的なものとおっしゃいますが、

具体的にお師匠様はどんな感じで飛んでいらっしゃるんですか?」


「んー、最初は…そうだな、自分の足の下、地面との間に空気の塊が入り込み、

それがだんだん厚みを増していき、そのうち体全体が空気に包まれ、

空の力に引き上げられていく…て感じかな。」


「なるほど。」


「まあ人それぞれだから、俺のやり方が正しいとは限らないが。」


「限らないも何も、私が知る限り空を飛べる人間はお師匠様だけですから、

他の人と比べようがありませんね。」


「そうか。」


その後ジュリは多分俺の言ったことを考えているのか、

うわの空で朝飯を食べていた。


が、


「……ジュリ。」


「………はい?」


「やめた方がいいぞ。」


「………何ですか?」


「お前また痛い目にあいたいのか?」


「………え?」


「気が付かないのか?……お前今浮いているぞ。」


「………ええー!」


ジュリは今初めて自覚したようで1メートルほど下の俺を見て驚いた。

とたんにドスンとイスの上に落ち、尻を痛そうにさすっている。


「今度は尻だけで済んだな。」


「…お師匠様……。」


涙目で俺を睨むが俺のせいじゃないぞ。

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