第9話 出発

「女の俺が男のふりをしていたのは、

親父や以前の知り合いに見つからない為の作戦だったのに、

この恰好もだめになっちまったなぁ。」


親父の命令で、治療師として歩いた俺は、

聖女ヴィクトリアと言う二つ名まで付けられるようになっていた。

それを良い事に、親父はいかにも聖女らしいドレスを俺に着せ、

その姿で各地を連れ回った。

つまりは女装の俺は、そこら中に目撃者がいると言う事だ。

ところが今は、少年の姿の俺は大魔導士リュートとして絵姿がばらまかれている。


「女装も男装もダメとなると、一体俺はどうすりゃいいんだ?」


すると、しばらく考え込んでいたジュリが何故か顔を赤らめながら、


「では…ではですね、もし何でしたら…、その…。」


「何をウジウジとしてるんだ、鬱陶しいからさっさと言え。」


「あ、あの、この間の女性の姿、お師匠様が成長した姿になればいいかと…。」


「ああ、あれか、うん、それも手だな。

だがなぁ、あの姿を長時間持続するのはかったるいんだよ。

変装と変身は違うんだぞ。

でもあれしかないのかなぁ。」


そう言うと俺は徐々に姿を変えてみた。


「なあ、こんな感じでどうかな。」


俺はわざと70歳ぐらいのおばあさんになってやった。


「これだったら絶対ばれないぞ。」


「お師匠様、それは私に対する嫌がらせですか……いえ、別に…その…。」


「お前の目がいやらしいしいからこれにしたんだ、

まったくお前ってやつは一応聖職者だろうが。」


「私はその道を捨てました。」


胸を張ってそんな堂々と言うことか?

それに、それはそんなに簡単に捨てられるものなのか?

でもやはり、この格好で長時間いるのはちょっと疲れるから、

早々に7歳の姿に戻った。


「仕方がない、なあジュリお前も目立って困るだろう?だから女装しろ。

そして俺も現地まで女の子の姿をして、母娘連れと設定すればいいんじゃないか?

現地に着いたら、手配書とは違う男の姿に変装するからさ、

うん、そうしよう、決定~。」


「えぇっ?お師匠様は元々女性だからいいですけど私は男ですよ?」


「え?逆らう?逆らうのか?」


「いえ、御心のままに……。」


「そうだよな、逆らわないよな。大体この問題を引き起こした原因はお前にあるんだからな。」


俺がそう言うと、ジュリはいっちょ前に反論してきた。


「え~、お師匠様にだってかなり責任が有ると思いますぅ。

深くは追及しませんけど……。」


まあ、俺にも少しは責任が有るかもしれないから、

今の言葉は聞かなかったことにしてやろう。


「しかしお師匠様、女の二人連れは不用心ではありませんか?」


「おまえ、不用心だと思うか?」


「……いえ、思いません…。」


「そうだよな。全然不用心じゃないよな。俺たち二人だぞ、女の二人連れを襲って来る奴のほうが悪いんだ。

諦めてもらうしかないな。」


という訳でジュリは母親、俺はその娘と言う設定が円満に決定した。

ジュリは、目的地には行った事が有るから転移魔法で行こうと言うが、

俺は旅がしたいのでのんびり行く事を希望。

そして今回は俺の意見が通った。

移転魔法で行けば、女装だ男装だと苦労しなくてもいいんじゃないですか。

と、ジュリはふて腐れていたが、

交換条件として道すがら飛行魔法を教えると言う事で機嫌を直してくれた。

まあ俺が飽きるまで付き合ってくれ。



そして今、俺たちは町で買った馬車で移動している。

ちゃんとした箱型の奴だぞ。

あの一件から3日、

そろそろ出掛けようかという事になり、俺達は重い腰を上げた。

訳有りの俺達は御者を雇う訳にはいかない。

仕方ないのでジュリが手綱を握ってその隣に俺が座る。

せっかくの箱型なのに、何故わざわざ御者席に座らなきゃならないんだ、

何だったら、馬車の中で俺が馬の面倒を見るぞ。


「無人で馬が馬車を引いていれば、注目されるでしょうが、

お師匠様は、そんなに自分の素性をばらしたいのですか?」


「分ったよ…。」


取りあえず御者席にも軽く雨がしのげるよう屋根が付いているが、

いざとなればバリアを掛ければ全然問題ないか。




「やべ―!!」


俺は突然あることを思い出した。


「何ですかお師匠様。仮にもあなたは女の子に変装……

いえ、女の子なんですから、もう少し言葉遣いを丁寧にして下さい。」


「悪かったな。

いや、それより俺が取っていたブルガルドでの宿なんだが、

何も言わずに出ていたままだったんだ。」


宿代は、前払いだから問題ないとは思うが、

今頃俺が帰ってこないって、騒ぎになってるんじゃないかな。


「あぁ、まあ大丈夫でしょう。

教会やギルドでの騒ぎや何やかやで、お師匠様も指名手配になっている筈ですから。

大魔導士リュートを探す為、まず聞き込みに入られるのは宿関係でしょう、

今頃絵姿を持ったかなりの人間が、あの町中の宿を探し回っていると思いますよ。

当然お師匠様が取っていた宿にも行っている筈ですから、

宿の方でも、指名手配犯が誰なのかすぐに気が付きますよ。」


そうかな、それならいいけど……。


「ところでジュリ、そのドレス姿かなり似合っているぞ。」


ジュリは念の為、髪は魔法でブルネットに染め高く結いあげている。

おまけにしっかりと化粧をし、紫色のドレスに身を包んでいるから、

誰が見ても絶世の美女。さすがハーフエルフ。

まあ、教祖様だとは気づく人はいないだろう。

俺?俺は短く切ってしまった髪を隠すよう、

ジュリと似た色のブルネットのロングのかつらを被り、

ピンクのドレスを着ている。

久々の女装だ。じゃ無かった、本来の俺に戻ったのか。 


「なあリストランテまでどれぐらいかかるんだ?」


俺は隣に座るジュリに聞く。


「ですからその言葉遣いやめて下さい。」


せっかく可愛いかっこしているのに…と、ジュリはブツブツ言っている。


「では、お母様も私と母娘に見えるよう話されたらいかがですか?」


「ブッ、……リ、リストランテへは、あと5日ほどで着くと思いますよ。

今夜はこの森を抜けたところにある町で宿をとりましょうね。

私もそろそろ疲れてまいりやし、イエ、ましたし。

て、今は二人だけなのですからいつも通りでいいでは有りませんか。」


「最初に振ったのはお前だぞ。」


「あー、申し訳ございませんでした。

でも、お師匠様は、なぜいつもおっさん言葉なんですか?」


「癖だな、女になってまだ7年だ、

前世も男だったし、お前といた53年と合わせて91年間ずっと男だったからな。

その前は女だったが、なにせ男だった日数が長かったから、

いまだに言葉遣いが慣れないというか、女言葉を使うのが照れ臭い。」


「え?えーと、91年男でその前は女だったんですか?

私と会った時男性でしたよね?え?確かお師匠様亡くなった時53才で、それから今まで、101年たっているのに、53歳で死んでから、

生まれ変わってまた死ぬまで38歳って、あれ?計算が合わない?」


「落ち着けジュリ、

死んだ後、あの世で何年か眠るんだ。

だからお前と過ごしたのは前々回の俺でいいんだ。」


「………では、お師匠様は女性だったことも有るんですね?」


「ああ、4回ぐらいあったはずだ。」


「………つかぬ事をお聞きしますが、お師匠様は幾つ前世をお持ちなんですか?」


「んー、今回で9回目………だったかな?」


て、俺、何気にこいつの誘導尋問に引っかかって無いか?


「おまえ今俺に何か魔法でも使っていただろう。」


「いいえ使っておりませんでしたよ。

すべてはあなたの迂闊さですね。よく今までばれませんでしたね。」


いや、ばれた事も有った。

しかしそれをジュリに話せば絶対嫌味を言われるから言わない。


「でも私は今、ものすごーく感動しています!

お師匠様はすごい人だと思っていましたが、

私が考える以上にものすごい人だったのですね。

ただのサンサーラではなく、9回も繰り返すとは!

そんなに凄い人が私の師匠だなんて……。

ああ、今もお傍に居られるなんてこんなに幸せな事はありません!!」


「頼むからもう少し声のトーンを下げてくれ。」


こんな森の中聞いているやつはいないと思うが、すぐ横の俺の耳が持たん。


「申し訳ありません。でもお師匠様これからもいろいろ教えて下さいね。

それと前回と前々々回いえ、それ以前の事も全部聞かせて下さい。

そうそう女性だった事も聞かせてもらえるんですよね。

ああ、楽しみだなぁ。あと何年も何十年も退屈しなくてすみそうです。」


何て貪欲で、身勝手で、自己中な奴なんだ。

お前、いつまで俺に付いてくる気なんだ?

俺は逃げたい、今猛烈に逃げたいぞー!!!!!!

ふふっ。

ジュリは軽く笑うと、俺の肩甲骨の真ん中に軽く触れ、

指で小さく丸を書いた。

おまっ、お前まさか……。


「逃がしませんよ、絶対に。」


やっぱりお前、今俺の背中に追尾用の魔方陣埋め込んだろう!!

それもこの感じ、俺の手の届かない所に物凄く精密で小さいヤツ。

ああああっ、俺はこいつが生きてる限り逃げられないのだろうか?

てっ、長命なハーフエルフ相手だから、今の俺にとっては一生ってことか?

いや諦めないぞ!ストレッチ体操でも何でもやって魔方陣に手が届くようになって、これを解除してやる!絶対に!!

と思ったが、数日後にはコロッどうでもよくなってしまう俺って一体……。

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