第2話 もしかして…

「あのー、すいません、僕少しですが魔法できます。

良かったらその人、治療させてもらえませんか?」


佇んでいた男たちは、皆驚いた顔で俺を見た。

しかし、そのうちの一人の男が、悲しげな顔で俺に言う。


「坊主ありがとうな。

でも、もうこんな状態じゃ何やっても無駄だ。

俺達も出来るだけの事をやったが駄目だった。

そこにいる教祖様にも頼んだが‥‥。

命を長らえるのが精いっぱいだったんだ。

だが、それで彼女と合わせてやる事ができた。

それだけでも、こいつにとって最後の幸せだっただろう。」


見ると教会の白い法衣に身を包んだ銀髪の男が、倒れている男の脇に跪き、

その男の血だらけの手を握っている。

多分魔力で生命力を増幅して、

少しでも命を長引かせ、痛みを和らげているのだろう。

おっや~?俺もしかして、この教祖様を知ってるかも?

いやいや、そんな事よりも、この男の方が先決だ。

多分体中めちゃくちゃなんだろうな。 

男の体にはマントが掛けられているが、

そのマントには血がかなり滲み、だんだん広がっていく。

時間がなさそうだ。


「とにかく、ダメで元々です、僕にもやらせて下さい。」


男は俺を見ながら軽く笑い


「ありがとな坊主、それじゃあやってくれるか?」


そう言いながら男にしがみついている女の肩に手をかけた。


「アリスン、ちょっとそこを開けてくれるか?

この坊主が最後の手向けに魔力を分けてくれるそうだ。」


まるで聞き分けの無いガキが、わがままを言っているような気分にさせる。

だけど、力を分けて‥‥では無く、今なら多分100%治せるんだけど。

俺は男のすぐ近くまで進むと、

立ったまま、頭の先から足の先まで魔力がいきわたるよう、両手を広げ、

意識を集中しささやいた。 


「グレートヒール。」


するとまばゆい光が男を包む。

血管をつなぎ、傷んだ内臓を補修し、

肉や筋肉も正常にして繋げ、傷を塞ぎその他もろもろを行う。

そうそう、血液も標準量に戻しておかなきゃ、貧血になっちまう。

大体5分ぐらいすると静かに光は消えていき、

そこには血色のよくなった男が横たわっていた。

するといきなり、その血だらけの男の目が見開く。

流れ出た血液のクリーニングはサービスに入ってなかったから、

いきなりそれをされると、まるでゾンビか、お化けみたいで、ビックリする。

でも手を握っていた女はそれどころではないらしい。

泣き笑いしながらまだ横たわっている男に抱きつきキスをした。


「ルーカス!助かったの?ほんとに助かったの?

ああ、神様ありがとうございます!」


いや、助けたの俺なんだけど、まあいいか。

さ、みんなの意識がそっちを向いているうちに、さっさとトンズラしなきゃ。

後で絶対何か聞かれるだろうから、それは避けたいんだ。

サササッとみんなに悟られないよう逃げようとすると、いきなり後ろからバシッと腕をつかまれた。

振りかえると、さっきの白い法衣の男が、

黒い微笑を顔に張り付け言った。


「あなたはいったい誰なんですか?」


え?ただの7歳の子供です~。

て言っても信じてくれないだろうな。

しかし、やはりこいつには覚えがある。

それも結構親しかったはずだ。

えっと、今世では無かった筈だから、過去何回目かの俺の知り合いだろうな。

しかしこの男も、まだ若そうだし‥‥、本当に俺の知り合いかな?

いや、今そんな事を考えているのは時間が惜しい。

考える事は後回しにして、さっさと逃げた方がいいだろう。

ねー、手離してくれないかな。

と言って、離してくれる訳ないか。

少々汚いかもしれないがこの手を使うしかないだろう。

そう思い、俺はいきなり、


「痛いよ~、手が痛いよ~、おじちゃん手離してよ~!」


と、大声で泣き出した。

当然嘘泣きではあるが。

するといきなり泣き出した子供にびっくりしたのか、

周りの人たちは教主を睨み付けた。

教祖は教祖で驚いて思わず俺の手を離す。

今だ!俺は全速力で走り出した。

だが、敵もさるもの間髪入れず呪文を唱える。


「ハーデン!」


おお、金縛りね。

でもそれ想定内なんだよおじさん。

俺にはすでに相手の魔法を跳ね返すバリアを自身にかけて有る。

7歳児の体だが強化魔法もかけたので、さらにスピードを上げて走る。

しかし何と言う事だろう。

奴はすべるように走り俺に追いついてくる。

あのずるずるとした法衣でよく走れるもんだ。


「マジカルクリア!」


ええ―!魔法消去!?

あんたそんな高等魔法使えるの?予想外だ!

俺にも使えるけどさ!でもちょっと悔しい。


「シャドウステッチ!」


俺はいきなり停止し、前のめりに倒れそうになった。

ホホゥ、影縫いね。

俺も甘く見られたもんだ、対応する策はいくらでも有る。

逃げようとすれば幾らでも出来た。  

でも、ちょっとこの男が気になったので、易々と捕まってやった。

そう、捕まってやったんだ!

ギルドに行くまでに時間は腐るほどあるし、

何よりこの男に対する懐かしいような感覚が気になる。

絶対に俺は、あんたに会ったことあるよな?

でもそれは今世ではない。今世ではあんたに会ったことは無い。

となると、ざっと計算して、少なくとも30年以上は前だよな。

じっくり記憶を辿りたいところだが、

奴の相手もしなければならないから、それは後回しだ。

いや、奴と対峙していれば、何か思い出すかもしれない。


「やっと捕まえました。申し訳ありませんが少々お時間をいただけますか?」


俺はざっと周りを見渡し、一応誰もいない事を確認した。


「ああ俺からも、ちょっとあんたに聞いてみたい事が有ったんだ。」


そう言いながら自分の足元にフッと息を吹きかけ、

シャドウステッチを無効化した。


「ふふっ、やはりあなたはただの子供ではないようだ。

その様子では、多分あなたはサンサーラですね。」


「‥‥‥。」


こいつの質問に、馬鹿正直に答えてやる義理はない。

自分がサンサーラだと、自供するほど馬鹿じゃない。

しかし、先ほど怪我人に注いでいた魔力のオーラやこの顔、

確かに覚えがある。

今は思い出せないけどさ。

考え込んでる俺の顔を、不機嫌にしていると勘違いしたのか、

教祖は膝を折り、言葉を改めた。


「大変失礼しましたサンサーラ様。

私はハーフエルフの・・・、」


ハーフエルフと聞いた途端一人思い当った。

そう、過去の俺の知り合いの中で、確かにハーフエルフがいた。


「ジュリウス・フリザール……。」


それを聞いた奴は跪き

俺の右手の甲を自分の額に付け、喜びにあふれた声で言った。


「お師匠様!お師匠様ですよね。

先ほどの魔力とオーラ!やはりお師匠様だったのですね。

ああ、やはり会えた!

諦めず待ち続けた甲斐が有りました。」


「え?本当にジュリか?

えっと、ちょっと待て。」


思いもよらない人物の登場に俺は少々パニクった。 


「ジュリ、俺と別れてから(俺が死んだ時から。)

100年位は経っている筈だぞ。

お前今は何歳なんだ?」


今のジュリの外見は、普通の人間に例えると、大体30代位に見える。

確か俺が死んだ時、ジュリは45歳ぐらいだった筈だ。

ジュリはハーフエルだから、たいそう長生きなのは知っている。

俺が死んだ時だって、外見はせいぜい18歳ぐらいにしか見えなかった。

下手すりゃ俺と親子に見られた時もあったからな。


「何を冷たいことを!私は今年で146才になりました。

さあ!お約束通り最終奥義をお教え下さい!」


はぁー?

何だそれ!?

まあ話が長くなりそうだから、座ってゆっくり話そう。

俺は直径30センチぐらいの1本の木の前に行き

”カット”と呟きながら指を横に動かした。

木は音を立てながら倒れる。

それから倒れた木に向かい、続けてあと2回カットを唱え、

座るのにちょうどいい高さの丸太を2つ作った。

それを椅子にし、ジュリにも座るよう勧める。


「さて、話を続けようか。

最終奥義だっけ?

そんな事、俺言ったっけ?」


「ずいぶんじゃありませんか!

確かにあなたは仰った。

あなたが亡くなるまでに教えて下さると。

なのに、あなたはそれを果たさず、

いきなり逝ってしまった。」


「仕方ないだろう、あれは事故だ。」


「ええ、そうでしょうとも。

私の誕生日にプレゼントは何がいいかと聞かれ、

確かにドラゴンに会ってみたいと、私は言いましたよ。

しかし物には限度があるじゃないですか。

普通でしたら、あんなに巨大なドラゴンなんて召喚しません!出来ません!

おまけにお師匠様、目測を誤ったでしょう?

召喚したドラゴンにプチッと踏まれてそのまま即死だなんて。

あれでは助けようがないじゃないですか!

あの時の私の気持ちがわかりますか?

敬愛し、尊敬していたあなたが

私のした願いのせいで、いきなりこの世を去ってしまったんですよ!」


「あれはお前を驚かそうと思ってだな…。

いや、すまなかった。

確かにあれはデカすぎた。飼うにはちょっと無理があったな。」


「飼うだなんて、ドラゴン族に失礼です!」


「あぁそうか、て、ジュリ、

最終奥義の件じゃなかったのか?」


「それもあります!後で絶対教えて下さいね。

あなたが死ぬまでなんて言ってないで、

さっさと教えて下さいね。」


最終奥義って、どの魔法を言ったのか忘れた。

何と無くジュリをからかうつもりで、

口から出まかせを言ったような気もする。

まあ後でそれっぽい物を教えておくか。


「で、お前が143才だとすると、えーと、

逆算して‥‥前々回前の俺か?

たしか名前はル、ルート?あれ?」


「リュートです。リュート・バレンシア、

伝説の大魔道士と呼ばれた超有名人です。 

どうせその顔では、私と過ごした時の事は、

あまり覚えてないのでしょう?」


ジュリ、もしかしてお前拗ねてないか?


「あーっすまん、ちょっと度忘れしただけだから。

お前の事だってちゃんと覚えていただろ?

ちなみに今の俺の名前はヴィクトリア・オブラエンだ。」


「ヴィクトリアですか?

ヴィクトリアって…?あれ?いえ……、

ずいぶんポピュラーな名前ですね。」


「悪かったな、親が付けた名前まで責任持てん。」


「うっかりすると以前の名前で呼んでしまいそうですよ。」


「おい、くれぐれも昔の名前で俺の事を呼んでくれるなよ。」


「分かってます、伝説の大魔道士リュートの事を、

感づかれでもすると厄介ですからね。」


そう、俺がリュートだったと気付かれ、祭り上げられるのはごめんだ。

でもすでに一人、ジュリウスに感付かれて、

厄介事に足を突っ込んだ気がする…。


「親と言えば、お師匠様今幾つですか?

その見た目ですと、親の庇護がなければならない歳ですよね?」


「色々有ってな、今の俺は7歳で、冒険者をしていて、一人旅の途中だ。」


「こんな小さな子が冒険者で一人旅ですか?

まあ、中身は何歳か分かりませんけど。」


「ああ、その辺が困ったところなんだよな、

自分では一人前の大人のつもりなんだが、

周りはそう見てくれないだろう?

二言目には、

お父さんやお母さんは?あなたは迷子なの?

挙句の果てには衛兵のところへ連れて行こうとするんだ。

ごまかしや言い訳を考えるのに苦労をする。」


「まあその体でしたら仕方ないですよ。

で、どうして一人旅なんですか?」


「‥‥‥‥。」


「お師匠様?」


「………親父にばれた‥‥。」


「はい?」


「親父にばれたんだ!」


サンサーラは普通前世持ちだという事を隠して生活をするやつが多いが

俺もそうなんだ。

いや、そのつもりだった。


「いつもはなるべくばれないように、魔力を封印して暮らしていたんだが、

つい仏心を出して、死にそうだった鳥を助けてやったんだ。」


「それを父親に見られていたと。」


「ああ。」


「それは‥‥相変わらず、肝心なところが抜けていますね。」


「悪かったな。」


「周りに気を配る事など、サンサーラにとって初歩の初歩なんでしょう?」


「言うな。」


だが、ほっとけばあの鳥は死んでいたんだ。

助けた事自体は後悔していない。

後悔したと言えば、自分の迂闊さだ。

もう少し周りに気を遣えばよかった。

まあ、今更言ってもしょうがないけど、改めてジュリに言われたく無い。


「その後、親父に色々と問い詰められて、魔法が使える事がバレたんだ。

何とか、治療魔法しか使えないとごまかしたが、

案の定父親はそれを利用して、金儲けをしようと企んだみたいだ。」


あの親父は小物だと思っていたが、

その上自分の子供を使って金儲けをしようなんて、そこまで腐っていたとは……。

まあ今は何とか対処できたから別にいいけどさ。

母さんは、よくあんな屑と結婚したな‥‥。

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