07

「お疲れ様でした。」

「冷たい…寒いです…」

がたがたと震える肩を抱きしめる。歯の根が合わない。

まさか真冬の湖に浸かる事になるとは思わなかった。

服は脱いだし浸かったのは胸より下だけなのでマシではあるものの、冷たさが応える。

「火を熾してあげたいところですが我慢して下さい。」

兎さんが淡々という。

「ありがとうカナコちゃん。随分楽になったわ。

 …それでね、兎。手伝って貰っていいかしら。」

「やれやれ。それがいいでしょうね。」

「え?」

姫さまと兎さんは頷き合う。

話が見えなくてきょとんとしていると、姫さまは強い眼差しで言った。

「カナコちゃんと鴉は、外に帰すわ。

 100%の保証はないけど、今なら戻してあげられる。迷惑かけて、悪かったわね。」

「え、でも姫さま…」

まだ、鏡が見つかってない。

それに―

「少し待って下さい。鼠さんと話したい事があるのです。」

「鼠と?…そう。解ったわ。なるべく早くお願いね。」

姫さまは意外そうにしつつも、鼠さんを呼び寄せて少し時間をくれた。

「早くして下さいね。じゃないと、本当に貴女を還せなくなる。」

兎さんの念押しに頷いて、鼠さんの元へ走る。

広場の端。姫さまたちに声が届かないような距離を取る。

「…戻れるんだろ。早く戻ったらいいのに。話って、何。」

鼠さんはぶっきらぼうに言う。

「うん。時間がないみたいだから単刀直入に訊くね。

 …鏡を割ったのは、鼠さんだよね?」

「!」

鼠さんは目を見開いて、怯えたように硬直した。

「…な、なんでさ…」

鼠さんは、鏡の装飾枠を見つける時、匂いを辿る様な仕種をしていた。

すっと見つけ出したので、私もその時は血の匂いを辿って辿り着いたんだと思った。

だけど、装飾枠には血は付いていなかったのだ。

それをスムーズに見つけ出せたのは、それがある場所を知っていたからだろう。

「あそこに鼠さんが隠したんだよね?」

鼠さんは完全に固まってしまって、小刻みに震えている。

「…い…言う?」

「私からは言わない。けど、他の破片も早く出してあげて欲しいの。

 鼠さんも、姫さまが心配でしょう?」

その返事に幾らか安心したようだ。

「うん。…でも、解らないんだ。何処に行ったか、知らない。」

「え?」

鼠さんの話によると、こうだ。

今朝はお社に珍しくお供え物が置かれていた。

それを頂こうとお社に登ったところ、体が引っかかってご神体を落としてしまった。

焦った鼠さんは思わず証拠隠滅を図り、まずは装飾枠を森へ隠しに行った。

他の破片もとお社へ戻ると、鏡はその場から全て消え失せていた。

―と。

「そうなんだ。」

「だから、解らない。知らないんだ。」

私は鼠さんと一緒に肩を落とす。

「まだですか?早くして下さい。」

兎さんから声が掛かる。そろそろ切り上げなければ。

「あ、はい!…じゃあ、鼠さん。私行くね。

 勇気を出して、ちゃんと謝った方がいいよ。」

「・・・解ってるよ。」


「じゃあ鴉。カナコちゃんを宜しくね。」

「・・・」

鴉さんはしっかり肯いた。

目眩がして空が廻る。


次に廻って来たのは暗くなりかけている夕暮れの空。

「おい、大丈夫か?」

「う、…はい。ここは…」

藍を帯びた夕焼け色の湖面。森の中ぽっかり開いた空に月はまだ無い。

「現実。カナコ、帰った方がいい。この森は、危ない。」

傍には鴉さん。今までの事が夢ではなかったようで、少しだけ安心した。

でも、

「危ないって?」

「カミキョウゲツ、だったな。送る。」

「あ…はい。」

知った道まで鴉さんに送って貰って、私は自分の家に辿り着いた。

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