第5話 これから私は…

目が覚めると、私は知らない部屋に一人だった。

たしか昨日までいたのは、普通の病室だった筈なのに。

今寝ている所は、とてもじゃないけど、病室には見えない部屋。


「一人なんだ……。」


なぜかひどく心細い。

私が入院してからは、誰かしら傍にいてくれたせいかもしれない。

病院の先生、看護師さん、そしてアダム様。


「ここは一体どこなのかな。

アダム様は、きっとお忙しいのね…。」


締め切ったカーテンに手を伸ばし、外の様子を窺ってみる。

日はすでに高く、空は晴れている様子だ。


「海が見える……。」


海は好き、でも…怖い。

相反する気持ち。

私は海を漂流していたらしいから、多分その時に怖い目に遭ったのかもしれない。


そういえば、私は自分の名前を思い出さなくちゃいけなかった。

思い出して、アダム様にお伝えしなければ。

未だに以前の事は思い出せない。

だから、アダム様に私の名前すら伝えることが出来ない。

僕は思い浮かぶ限りの名前を拾い出してみた。


「クロエ、モーガン、ベンジャミン、ドロティエ、ロバート。」


えっと……。


「他には何か有るかしら、セレナ、ベネット、マティアス……。」


「君の口から、他の男の名が出るなど、やはりいい気がしないね。」


「アダム様!」


あぁ、アダム様。

私は思わず両手を差し出し、ベッドから身を乗り出した。


「目を覚ましていたんだね、傍を離れてすまなかった。寂しかったかい?」


そう言いながら私を抱きしめ、当然の様にキスをしてくれる。


「ええ、少し…。」


本当はとても寂しかったのです。


「何か思い出したのかい?」


「いえ、思い出せないかと、

頭に浮かんだ名前を挙げてみたのですが……。」


「そうか……。

さっ、まだ本調子ではないだろう。

横になっていた方がいい。」


私をそっと横たえ、また何度もキスをしてくれる。

額に、頬に、そして唇に。


そして何度もキスをするアダム様の重さが心地いい。

なんて幸せなんだろう。


「あぁ、くそっ、ダメだ。」


そう言って、急にベッドから上体を起こしたアダム様。


「ど…うかしたのですか?」


私はアダム様のご機嫌を損ねてしまったのでしょうか。


「ち、違う、このままでは君の体に気遣うことが出来なくなりそうだから、

決して君が悪い訳では無いんだ。」


「そんな……。」


いきなりそんな事を言われ、理由の訳を想像すると、とても恥ずかしい。

病室で、何度もキスしたし、抱き締められるのはとても心地よい。

だから私が嫌がる事なんて無いんですよ。


「君は何も分かっていない。」


アダム様は少し困ったような顔をしながらも、またキスをしてくれました。


「さて、今日の気分はどうだい?もしよければ少し話をしようか。」


「はい、大丈夫です。」


いままで真綿に包まれる様に大事にされていて、

私について、具体的な話はしていない。

そろそろ現実に目を向けなければ。


アダム様は窓に近寄り、部屋のカーテンを全て開けて放ってくれた。


「君が寝ている間に、私の家に運ばせてもらった。

此処は君の部屋だよ。気に入ればいいのだが。」


私の部屋なんだ……。

そうよね、アダム様に気に入ってもらえたからと言って、

結婚してもらえるとは限らないものね…。

私はもしアダム様の家に住むなら、

きっと一緒の部屋で眠れると勘違いしていたのだ。


「広くて、とてもきれいなお部屋ですね。」


若草色を基調とした落ち着いた室内。

でも所々にさりげなく、ピンク色が入っている。

例えばピンク色のバラの花。ピンクと白に塗る分けられた枠の姿見。

でも、このピンク色のクマさんは、誰が用意したのでしょう……?

まさかアダム様では無いですよね…、そんな事を思いながら、

部屋をぐるっと見渡した。

光が差す広い窓からは港が見え、海鳥が飛んでいました。

私のいるベッドからも、海がよく見えるように配置されてるようです。

そして開け放たれた窓からは、涼しい風が通り抜けていく。


「海は好きなはずなんです。でも、今は少し怖い気がします。」


するとアダム様は慌ててカーテンを閉めようとした。


「すまない、漂流していた時の恐怖が有るのだろう。

俺が無神経だった。すぐに別の部屋を用意しよう。」


「いえ、そんなことしないで下さい。私、此処からの眺めが好きです。

此処に居れば、あなたがお仕事をしている時も、

あなたのいる海を見ていられるから。」


アダム様は、きっと海軍の方なんでしょう?

海の真ん中にいる私を助けに来て下さったし、

軍服を着ていらっしゃった。


「でも、こんな広い部屋に一人でいるのは、ちょっと寂しいですね。」


そんな私の言葉を聞いたアダム様は、何かを考え込んでいるようでした。

その表情を見ていると、まるで百面相のようで、ちょっと面白いです。


「よし、決めた!海軍をやめる!」


えっ!な、何を言ってるんですか。

もしかして私が寂しいって言ったから?

駄目ですよ、思い付きでそんな事を言っては。


「俺も君と一時も離れていたくはない。

でも、俺には仕事が有る。

しかし、君を一人にしておくのは心配だ。

だからと言って、君の傍に他の奴を付き添わせるのも嫌だ。

幸いにして、私は海軍を辞めても他の仕事も有るし、甲斐性もある。

だから俺は海軍はやめる。」


「ばかも休み休み言って下さい。」


気が付くと、いつの間にか一人の男性が、

明け放されたドアの所に立っていました。。


「何をしている!この部屋にお前が立ち入る事を許可した覚えは無い。」


「まだ入っていませんよ。

まあ、独身のレディの部屋に入る時は、

ドアを開けたままにすると言うマナーを、あなたが守った事は認めますが、

何の役にも立っていませんね。」


と言う事は、キスとかこの人に見られていたと言う事ですか……、

でも一体どなただろう。アダム様とはとても親しそう。


「初めまして、私は少将殿の副官を務めております。ジークフリード・ランセルと申します。

よろしくお願いしますね。」


そう言って、こちらに来ながら、にっこりと笑ってくれる。


「すいません、私は名前をまだ思い出せないので、名乗ることが出来ません。

ごめんなさい。

でも私の方こそよろしくお願いします。」


そう言って私は頭を下げた。


「あなたはいい子ですね。おまけにとても礼儀正しい。アダム様になど勿体ない。」


「お前!何を言っているんだ!」


「とにかく、あなたに運命の人が現れたと聞いた時から、

海軍を辞めると言い出す事は予想が付いていました。」


「それなら話が早い。すぐに退役届を提出して……。」


「この後の事は全て計画済みであり、手配もしてあります。

それよりもあなたは肝心の話が全然進んでいないのでしょう?」


「何の事だ。」


「この方のお名前の事、今後の事、色々です。彼女の体を気遣うのも結構ですが、

進めなければならない事はぐずぐずしてないで、

少しづつでも片付けて下さい。」


「お前、誰に向かって口をきいて…。」


「あなたは、言われないと面倒な事はすぐ後回しにする癖がありますからね。

大方イチャイチャ、ベタベタが忙しくて、

肝心な事が進んでいないと判断して伺った次第です。

私だって、あなたが休んでいる分、とんでもなく忙しいのですからね。」


「あっ…、ご、ごめんなさい。」


そうか、そうでした。

いつもアダム様が一緒に居てくれたのは、仕事を休んでいたからですよね。

今頃気が付くなんて、私は何てぼけてるのでしょう。




 ※※※※※※※


これってオメガバースじゃね?

と思われる方もいらっしゃると思います。

まぁ、そうとも言います。

ただ、私の中でオメガバースとはBLに分類されてしまうのです。

ですのでこれは、ただの恋愛物と思って下さい。

申し訳有りませんが、よろしくお願いします。

そして、そろそろR18が入ります。

タイトルに※マークを入れるつもりですが、

年齢に達していない方は退出願います。

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