聖夜のイカした赤鼻のあいつ

鋼鉄の羽蛍

悲しき物語は聖夜を超えて

それはある聖夜へ続く物語

 世界ではすでに冬の季節だ。と言ってもそれは一部の地域で、それ以外は逆の季節が訪れてるんだが。


 なんだ、俺が誰かって?

 そうだな、自己紹介がまだだった。まあその耳をかっぽじってよく聞くがいい。俺の名はヘンドリクソン・バージェム・レーベンテール……長いならばヘンドリーで構わねぇよ。

 そして種族は何を隠そう……いや、隠すほどでも無いがトナカイだ。世間では皆も知っているだろう? 俺はサンタの爺さんと、冬の聖夜が訪れるたびに子供たちへとプレゼントを贈るってケチな仕事をこなす者さ。


 ん?それがなぜ未だにこんな冬の雪が積もり始めたロッジでのうのうとしているかだって?

 それはあんた達が一番よく知っているだろう……暇なのさ。


 俺とサンタの爺さんが冬の夜空をソリで飛び回り、家々の煙突からこっそり訪れ子供達へとプレゼントを贈っていたのはすでに昔。今では煙突も無い家が当たり前な上、迂闊に侵入すれば不審者の不法侵入で警察とやらにとっ捕まるのさ。


 それじゃこちらも子供達への夢を届けられねぇって事で、サンタの爺さんと来たらやれジャンボ機チャーターだの、トラックをレンタルだのと……もはや夢も何もあったものじゃねぇ。


 てな訳で俺は今日もこのロッジの片隅にある俺の小屋で、暇を持て余す様に横たわってた訳だ。


 と——噂をすれば爺さんが戻って来たな。あのトラックと言う乗り物はエンジンとやらがうるさいから、嫌でも戻って来たのが分かるのは便だぜ。そしてそのトラックで仕入れた子供達用のプレゼントをいそいそと仕分けし始めた。

 俺も暇なので、取り敢えず爺さんの手伝いでもしてやろうかと山積みの荷物へ歩み寄った。


「よう、爺さん。俺に手伝える事はあるかい? ちと暇を持て余して——」


「何を抜かしておる!? このトラックがあれば百人力じゃぞ!? お前はいいから休んでおれ!」


「……ああ、そうかい。」


 まさか手伝いまでも拒否されるたぁ……こりゃ世も末だな。

 もともとの恰幅かっぷくの良さは便利かつ快適な乗り物のせいで、今ではちょっとした肥満を地で行くサンタの爺さん。こうやってせめて身体を動かすことでダイエットでも始めたか? 蓄えたひげも手入れが行き届かないのか、えらく伸びきった姿は多忙を極めている証でもある。


 実際便利な乗り物を手に入れたため、今まで時間をかけて回っていた世界が飛躍的に広がり……これまで手の届かなかった辺境地域までもカバーする爺さん。多忙なのは傍目でも明らかだった。そうしてすっかり使わなくなった俺達の愛機でもある大型の浮遊ソリ〈スノードリーム号〉は、倉庫の片隅でほこりを被りおネムだぜ。


 昔は真っ赤なこの鼻を馬鹿にされ落ち込むたびに、爺さんの「お前の鼻が役に立つ」との励ましで勇気をもらってたんだが……すでにあのトラックやジャンボ機に備わるに取って代わられる始末。


 すでに俺の存在が霞に消え始めていたんだ。


「んじゃま、せいぜい頑張れや~~。」


 すでに俺など眼中に無い爺さんを尻目に、何となしに俺はロッジの外へと足を向けた。外の世界に出る事はあまり無かった俺だが、持て余した暇に如何いかんともし難くなり……彷徨うように路頭へ迷い出る。それでもルートはある程度選んで進まねば、野獣として猟師に狙撃されかねねぇ。

 本当に俺は何なんだろうな?


 しんしんと降り積もる雪を眺め、闇夜とはお世辞にも言えない煌々と輝く人工の電飾に目をしばたかせ、当てもなく少し街の裏手を進んで行く。昔この一帯で、数えるほどの家々が煙突を天高くそびえさせていたのが懐かしく思えるな。今では煙突など遥かに凌ぐ高さの高層ビル群が、天を突く勢いで埋め尽くしている。


 それを考えるだけでも世界が俺達を必要としているのか、疑問すら覚えて来たぜ。


 目的も当てもなく彷徨う俺は、高層ビル群の影になる街の裏手……些か人気もまばらになり始めた集落へと向かっていた。そこまでの道のりで、周囲の人間の奇異の目はあったが……「大丈夫、俺は野生のトナカイだ!」との雰囲気を醸し出し事なきを得る。


 ふとその寂れた路地の雪の当たらぬ場所で、うずくまった影を俺の視界が捉えた。周囲の人々がそれを見て見ぬ振りをしている所から、恐らくは浮浪者の類と感じた。まあ世界の文明が幾ら発展しようとも、そこにそぐわぬ者はいつの時代でも存在し……社会の枠から弾かれる。

 って……そりゃまるでじゃねぇかよ。


 詰まる所人間も動物も変わらねぇって所だろう。そんな思考のまま足を進めた俺は少し想定から外れた現実を目撃する事となる。


「何だ? マジかよ……まだ幼ねぇボウズじゃねぇか……。」


 俺は突き付けられた現実に衝撃を受けた。

 確かに俺の知り得る人間社会では、未だに多くの子供達が飢餓や理不尽な争いに巻き込まれ命を落とす現実を聞いてはいた……が、こんな近くにその対象となりうる子供がいるなんて想像していなかった。


 その時俺は、人間社会は想像以上に夢や希望が失われつつあるんじゃと直感してしまったんだ。


「だれ? ……え? トナカイさんが、喋ってる?」


「っ!? ボウズ、俺の言葉が分かるのか!?」


「えっと……言葉と言うか、普通に話してるよね?」


 何てこった……。サンタの爺さん以外に俺とコミュニケーションを取れる人間に出会うなんて。これは何かの因果か? いやそうとしか思えねぇ。

 

 思うや否や、俺はボウズが何故この様な場所で寒々と時を送っているのかを尋ねていた。


「ボウズ……俺の言葉が分かるかは置いておけ。それよりこんな場所で何してんだ? 風邪でもひいたら事だぜ? 早く家に帰りな。」


 見るからにみすぼらしいボロボロの衣服は、もう何日も洗う事すら出来ていないだろう。そこへ、拾って来たと思しき古新聞とダンボールを巻きつけ寒さを凌ぐ姿は、有り体に言えばむごたらしかった。思わず口を突いた「家に帰りな」の下りは希望的観測だ。このボウズが、そこで家族の温かい優しさを受けるべきと考えたから。


 けれど幼き身空から語られたのは悲痛なる現実だった。


「ううん。もう僕の家も家族もいなくなっちゃったの。朝起きたら置き手紙があって「ごめんね」って書かれてて……そしたら悪いおじちゃん達が押し寄せて——」


「僕が住んでた家をもらうって……そして僕、追い出されたの。」


 目の前が暗転する。

 夢を配り続けた俺は、生まれて初めて夢を失った様にうつむいた。


 なんだ。これが人間の現実か? こんなものが俺とサンタの爺さんが粉骨砕身尽くしてきた未来の結末なのか? 仮にも両親が、最愛の子供を捨ててトンズラこくなんざ、俺は悲痛を通り越して怒りすら覚えた。


 そんなトナカイである俺の怒れる雰囲気を察したボウズが、世の大人も置き去りにする様な達観した返事を返して来たのだ。


「そんなに怒らないで?トナカイさん。僕はきっと、いつかはこうなるって分かってたから……。」


「なんだって? 分かってたとはどう言う——」


 それは子供を捨てた親がいた現実よりも衝撃で、続いて語られる言葉で、このボウズが想像以上に成熟した大人である事実を見せ付けられた。


「僕ね……生まれつき体が弱くって——いつもパパやママがそれを治療するためのお金を稼ごうとしてたの。毎日、毎日……遅くまで働いて——」


「だけどそこへ悪い人達がいっぱい来てからは、何もかもがめちゃくちゃになってしまったの。」


 ボウズの言う悪い人達がどんな職種の人間かは想像出来なかったが、それが間違いなくボウズの両親を追い詰めた事だけは俺でも理解が出来た。その結果がボウズのこのありさまだと言う事も——


 俺はそれを聞き及んだ時点で目を覆いたくなっていた。


 そんなすでに夢も何もが消え去りそうな俺をおもんばかったのか……ボウズが口を開く。俺へ向けて零れたのは、ささやかなお願いだった。


「気持ちは嬉しいけれど、だめだよ暗い顔をしちゃ。あっ……そうだ! 僕これまでパパやママに色々な物をもらってたけど、まだ叶えてもらってない夢があるの! だからトナカイさんにお願い——」


「この雪の降る街を見て回りたいの!」


「……ボウズ、寒くはないのか? ただでさえ体が弱いんだ。そんな無理をしては——」


 唐突すぎるお願い。しかし話の流れからしても、病弱なボウズに無理がかかるそれ。けれど爛々と輝くボウズの瞳に押し切られた俺は——


「ったく、仕方がねぇな。ほれ、俺の背に乗れ。どうせ聖夜の仕事は開店休業……時間ならいくらでもある。だからボウズへ……ちと早いがプレゼントだ。」


「やったーー! ……ケホッ。」


 ボウズが背に乗りやすい様に足を折って屈むと、やはり寒さからのものだろう震えが背を伝わり感じられた。そのまま背を見やると「しゅっぱーつ!」とはしゃぐボウズが視界に入り……まんざらでもないかと歩を進める事にする。



 ボウズが言葉の端に僅かに漏らした小さな咳を見逃したまま……しんしんと降り積もる雪の中へと姿を消したんだ。



††††



 それから俺は、ボウズの気の済むまで街を練り歩いていた。


 最初は街行く人間の奇異の目がさらに険しく突き刺さったが、早々に慣れてしまう俺がいた。野生らしきトナカイの背に浮浪者のなりをした子供が乗っているのだ。当然ではあった。


 だがあまり長くボウズを連れ回しては、病弱なこいつはすぐに床へ伏せってしまう。そう思考した俺はそろそろ夢の時間はお終いと切り出そうとし——いつの間にか静かになった自分の背へ向けて声を放った。


「おい、ボウズ、そろそろしまいだ。これ以上寒空でお前さんを連れ回す訳には——」


 俺はボウズが楽しすぎてしゃべるのも疲れたのかと思い、大きめの声を背に向け放った。


 だが——

 返事は聞こえて来なかった。寝落ちしたとすれば寝息が聞こえるはず……が、むしろ雪が舞う夜外で眠るのは危険と声を張り上げる。


「ボウ……ズ? おい、返事をしろボウズっ!!」


 それでも——声は帰って来なかった。


 同時に壮絶なる真実に……俺は辿り着いてしまった。

 俺の背に伝わっていたボウズの鼓動が——パタリと止んでしまっていたのだ。


「嘘……だろ?」


 もはやその真実は揺るがなかった。ボウズが俺の背に乗る前に、その容体に気付いていればこうはならなかったのかも知れない。が……よくよく考えれば、あれほど熟成された思考ならば——俺は後悔と無念で押し潰された。


 そしてこの俺に人間の様な救急救命措置が出来るわけも無く、周囲はすでに人気も無い街の外。その絶望的な状況に至った俺は——元来動物にそんな機能は備わってはいない筈の……熱く溢れる雫がぐしゃぐしゃに歪んだ顔を濡らしていった。




 夢と奇跡を運ぶ担い手である俺は、すでに召されてしまったボウズを背にし……それを落としてしまわぬ様唯一の我が家へと帰って来た。そこには希望など欠片も無い絶望と無念だけが募り、重すぎる足取りは我が家への慣れた道のりすら遠く感じさせた。


「……お前、その子供はいったい——」


 俺が帰り着いた姿を視界に入れた多忙なサンタの爺さん。今も運び続けていた大仰な白い袋を、ドサリと雪の中へと落として言葉を失う。双眸も見開き……俺同様に希望も吹き飛ぶ絶望感に包まれていた。


「爺さん、このボウズはもう手遅れだ。けど俺がもっと早くに気付いていれば、こうはならなかったのかも知れない。」


 痛ましすぎる表情へと変わった爺さんへ、俺は今までの経緯を話した。今の時代、命を失った者を有耶無耶にも出来ぬ事情ゆえ、爺さんにそのボウズを埋葬するための協力を合わせて依頼する事にした。


 程なく地元での爺さんのツテやらが訪れて、逝ってしまったボウズを優しく運んで行く。俺と爺さんはただ呆然とそれを見送る事しか出来なかった。


 そして沈黙。その日の俺と爺さんの会話は、ボウズが運ばれる前に交わした事情説明を最後に途絶えてしまったんだ。


 一夜が明け、そしてまた夜。俺達の聖夜前は決まって夜型となる生活習慣。その夜に会話も途切れ途切れであった爺さんが、おもむろに言い放つ。


「おい、ヘンドリー……仕事の時間だ。」


「は? でも爺さん、今日の夜はトラック使って最後のプレゼント整理だと言ってなかったかい?」


 俺は確かにそう聞いていた。すでに文明の乗り物移送が当たり前になっていた爺さんからの言葉に疑問を覚えて問い返したのだが——


 直後……思いもよらない言葉が帰って来た。


「ああ、それなら全部返還した。もともとありゃレンタルじゃからの。それと、世界に飛ぶために準備したジャンボ機……それも全てキャンセルして来た。」


「って、爺さん!? じゃあ今まで大量に準備した荷物をどうやって……まさか——」


 衝撃ついでに、俺は真実に辿り着く。それは俺自身にとっても奇跡とも言える事態。神妙な面持ちの爺さんが事のあらましを語り出す。すでに忘れてしまっていた、姿取り戻す様に——


「あの時ヘンドリーがすでに事切れたボウズを運んで来た時、何か硬い物で殴られた様な衝撃を受けたんじゃ。ワシは今まで何をやっておったのかと——。」


「じゃからこれよりの仕事はワシとお主……。そして——」


 言葉を切り爺さんが見やるその先……つられて見た俺は感動が沸き上がった。そこには全盛を誇っていた時の姿に戻った俺達の愛機——


 〈スノードリーム号〉が艶やかに光を放っていた。


「爺さん、あんた——」


「言っておくが、これよりの仕事先は危険地帯じゃぞ? 今までジャンボ機なんぞ使ってまでプレゼントを運んでいた先は、それなりに裕福な家庭ばかり……が——もうその家々は親御が十分な贈り物をする時代じゃ。」

「じゃから、ワシらがこれ以降プレゼントを運ぶ先は、紛争地帯の明日無き子供達や飢餓地帯で明日すら見られぬ子供の待つ元……サンタだからとて危険しか無い場所じゃ。」


 愛機を撫でながら語る爺さんは、かつて子供に夢と希望を送り続けたサンタそのもの。その姿は、俺にとっての正しく奇跡と言えた。


 それを視界に入れた俺はボウズの笑顔がチラついていた。夢と奇跡を与えるはずの俺が……ボウズから奇跡を貰っていたんだ。


 そして再び、双眸から熱い物が流れ落ちた俺は、抱く決意をしかと爺さんへと叩き付けた。


「上等じゃねぇか、爺さん……俺はやるぜ? もうボウズの様な悲劇を見たくは無い。力無き子供が、当たり前の様に虐げられる人間の未来なんてまっぴらゴメンだ!」


「言うたな、ヘンドリーよ! ならその覚悟、しかと見せてみよ!」


 もう考える事などなかった。ようやく俺は、かつて夢と奇跡を運び続けた赤鼻のトナカイへと回帰したんだ。

 そして——



 俺と爺さんは聖夜の夜を待たずして、地球という世界の夜空へと舞い上がる。

 愛機〈スノードリーム号〉で星々を彩る七色の軌跡を描く様に——



††††



『えー ――では最新のニュースです。本日未明、某国とテロ組織の完全武装解除と恒久的平和条約が結ばれ……そこで被害にあった多くの子供達の、国際的平等保護に関する条約も同時に締結を——』


『はい、それでは次の話題です。これまで飢餓地帯を覆っていた伝染病に対する新薬が発表され……年明けにもそれが採用される事となります。これで伝染病に苦しむ子供達が救われる可能性が大きくなりましたね。では次の——』


 世界は聖夜の夜を挟んで一変する。それは小さな変化であったが……徐々に世界の国々——それも今まで全く手の施しようの無かった不条理渦巻く地域を中心に、確実に広がっていった。


 だが、それが夢と奇跡を運ぶサンタと、あるトナカイの働きと知る者は世界のどこにもいなかった。



 天に召された、たった一人の少年以外には——

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