第30話 それから……

「……そういえばさっきお母さん、ボクの本当のお母さんが今朝方来たんだ。そこで色んな話をしてくれたよ」

「あの女が!?」

(一体、葵に何を吹き込んだんだ?)


 智也は葵のその言葉を受け、悪い予感が頭を過ぎったのだが、生憎と葵の表情は違っていた。


「ふふっ。笑っちゃうよね。ボクとお兄ちゃんが双子の実の姉弟きょうだいだったなんて。しかも昨日まで『お兄ちゃん』だと思ってた人が、ほんとは弟だったなんて。現実は厳しいなぁ~……」

「(そこまで、あの女は話したのか!?)」


「でもボクはお兄ちゃん……ううん、智也と実の双子の姉弟だったとしても、別れる気はないからね。ずっとず~っと傍に、恋人として一緒にいてもらうんだからね♪」


 今後はちゃんと「男と女としての恋人としてね♪(ハート)」と茶目っ気にウインクする。


「はははっ。葵は葵、ほんと変わらないな」

「あっそうだ! そういえばお母さんがコレをお兄ちゃ……ううん智也・・に渡すようにって、はいコレ!」


 っと葵は何かを渡してきた。


「……こ、コレは?」


 そこには葵の名前が記したのが1通、智也の名前が書かれた通帳が2通あった。その内の1通は昨日智也が洋子に渡したモノだった。


「(何なんだコレは?)」


 智也はさっそく通帳を開けてみた。昨日母親である洋子に一体いくら下ろされたのか気になり急いで通帳をめくる。が、通帳の最後にはなんと『入金1000万円』と記載されていたのだ。


「(……はっ? なんだよコレは!?)」


 智也はワケが解からなかった。


「…………それは、きっと洋子なりの罪は滅ぼしなのよ」


 いつの間にか碧が部屋に入っていた。


「あっ! ママ♪ 来てたんだね!」

「葵さん元気になったんですね。本当に……本当に良かった」


 母娘は涙ながら抱きつき、感動を分かち合う。


「碧さん。その……罪滅ぼしってどうゆう意味ですか?」

「それは……もう1つの通帳を見ればきっと解かると思いますよ」


 そう促され、もう2つの通帳を開いてみた。そこには毎月同じ日に10万円ずつ貯金されていた。葵の通帳も見るとまったく同じだった。葵もそれを覗き込むと、


「あれれ? この日って……ボクの誕生日の日付だよ。それも毎月同じ日?」


 それは毎月同じ日にち、25日きっかりすべて同じ日付だった。


「……きっと将来あなたたちに渡すつもりだったんでしょうね」


 そこで智也は碧が言った罪滅ぼしの意味を察した。あの時、洋子が智也の通帳を奪ったのも実はこの為だったのだろう。


「なんだよチクショー! 今更優しいフリなんかしやがって! これじゃ憎むに憎めないじゃないか! ったくあの女は……ったく」


 智也は涙ながらにそう言った。葵はそんな智也を抱き寄せ、慰めるように頭を撫でた。



 3日後、葵は退院した。元々傷自体は浅く出血死さえ防げば大事にいたる怪我ではなかったのだ。そして、葵の事故により中止されたスクールの適正試験を葵は再び受けることになった。もちろんあの日と同様、見事トップタイムでしかもコースレコードも叩き出し文句なしに合格した。


 そしてそのままスカラシップ(奨学生制度)を獲得し、次の年のカートJrで全戦全勝のチャンピオンになり実力を認められ、1つ上のカテゴリーである全日本F3を走ることになった。


 そしてやっと今日、葵の全日本F3のデビュー戦の日を迎えることとなった。

 

「葵……今日も勝ってこいよ。ちゃんとポディウム(表彰台)の真ん中に立てよ!」

「もちろんだよ智也! ちゃんと勝って智也に花束を渡すから受け取ってよね♪」


 智也は「おいおい結婚式のブーケかよ……」っと飽きれながらも笑い葵を見送った。


「葵さん、……あまり緊張してないみたいですね」


 葵のデビュー戦ということもあり、今日は碧も来ていた。


「ま、元々緊張するタマ・・じゃないですからね」


「まぁ♪ タマだなんて……葵さんに言いつけちゃいますからね♪」っと碧が茶化してきた。


 そして葵はポール・トゥ・ウイン(予選・本戦ともに1位)、2位以下を周回遅れにするほどダントツでデビュー戦を優勝で飾った。まさに全日本F3天才美少女ドライバー誕生の瞬間だった。


『そしてここからが葵の伝説が始まるのだろう』


 このままいけばF1史上初の女性ドライバーとして活躍できる日もそう遠くない。葵はポディウムの中央に立ち花束と優勝カップ、それとシャンパンを受け取った。葵は未成年でまだ飲めないがシャンパンファイト(優勝や入賞を祝い、互いにシャンパンをかけあうこと)だけはできるのである。

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