第16話処刑人9

 

 ミザリス王女はそんな突然のアランの行動に対して唖然とした反応をすることしかできなかったが、それは王女だけではなく他の会食に参加している貴族たちや騎士たちも同じだった。


「……は?」

「貴様、いったい……」


 突然の会食の乱入に、その場にいた者達は唖然としたが、アランはそんな事はお構いなしに動き出す。


 唯一皇帝の背後に控えていた騎士たちは反応を示していたが、それはどこか楽しげな様子の皇帝が騎士たちにだけ見えるように小さく手をあげることによって止められた。


「殿下、少々失礼します」


 アランは会食を邪魔するという騎士にあるまじき行動を取ったにもかかわらず、何にも悪びれることなくそう言い放った。

 そして、アランは自身の懐に万が一の時ように用意してあった銀食器を取り出して、ミザリス王女の前に置かれていた皿から料理を自身の口に運んだ。


「なっ!?」

「き、貴様何をしている!」


 会食中に邪魔をして王女の料理を食べるという突然のアランの奇行に、ある者は立ち上がり、ある者は声を荒げと、周囲に居た貴族達は驚愕を露わにする。


 そしてそれはアランによって腕を掴まれたミザリス王女も同じだった。

 彼女もまた、普段のアランであれば行なわないその行動を驚きながら見ている。


「あ、あの、アラン? いったい何を──」

「殿下。こちらをお飲みください」


 一体何をしているのか。と、そう訊こうとしたミザリス王女だが、アランはそんな王女の言葉を遮って懐から何かが包まれた紙を取り出し、それを一包み渡す。


「え?」


 あまりこういった場面での会食などを行なわないミザリス王女は、突然そんなものを渡されてもどうすればいいのか分からずに困惑している。


 ミザリス王女は王女であるが故に会食についての一通りは学んだし、作法はしっかりと覚えている。

 今までだってフルーフ国内という自国の領土内に限った話ではあったが、会食自体は何度も行なってきた。

 今回はヴィナートということで多少は作法が違うかもしれないと前もって調べ、学んでいた。


 だが、今まで学んできた中にも、新たに学んだ中にも、その作法の中には突然騎士が王女の手を止めて紙を渡してきた場合の対処方法などないのだ。


 当然だ。それは作法ではないのだから。

 では何かと言われれば、作法ではなく異常事態が起きていることを示す。


 だがミザリス王女はそれがわからない。だからこそ異常を異常と認識できず、ただ唖然とすることだけしかできなかった。


 それも仕方がないだろう。王位の継承権が低く女であるために命を狙われることなく育ってきたミザリス王女は、異常事態というものに慣れていない。

 一応の知識としてはあるのだろうが、初めて遭遇したのであればこうした時の速やかに対応ができなくても当然だ。


「この料理には毒が含まれております」

「……え?」


 何がなんだかわからないミザリス王女に、アランは坦々と告げる。


 ——毒。確かにそんなものが入っているのであればアランが止めるのも当然だ。


 だが、突然会食を邪魔した上にそんな事を言われれば、周りの者たちは静かにしているわけがなかった。


「な、何を言っている! まさか我々が毒を入れたとでもいうつもりか!? だとしたら貴様、それは侮辱であるぞ!」

「そうだ! それにその料理は我々も食べているのだぞ! 毒など入っているわけがなかろう!」


 先ほどアランの行動を咎めた貴族達は否定し、それ以外にも参加していた貴族の多くが声を荒げている。

 壁際で控えている騎士たちはヴィナートもフルーフも問わずにどちらも状況を完全に理解することができずに警戒はしている者の狼狽えることしかできていない。


 ヴィナートの騎士たちは自分たちの主人でありこの場の最高権力者である皇帝へと指示を願う視線を送るが、皇帝はやはりどこか楽しげに騒ぎを見ているだけだった。


 そうして騎士たちが何もしないという状況のため、騒ぎは大きくなっていくが、そんな中でもアランは特に怯えもためらいも見せることなく堂々と会場を見渡しながら口を開いた。


「私は誰が毒を入れたかなど言っておりません。ただ、この料理には毒が入っているというだけです。それ以上のことは存じません」

「えっと、アラン。毒というのは本当ですか? 私に異常はありませんが、どのような毒が?」


 ミザリス王女は自身が毒を飲まされたと聞いて体調を確認していくが、どこにも何も異常と感じるようなことはなかった。

 そのために疑問の声をあげたが、アランはそれに首を振って答えた。


「詳細は分かりませんが、おそらくは一定量以上摂取すると効果の現れるものでしょう。先ほど私が口に入れ際に、ごく僅かではありましたが違和感を感じました」

「……ですがこの料理は他の方々も食べておられるのですよ?」


 ミザリス王女が、そして先ほど声を荒げた貴族達の言うように、確かにミザリス王女だけではなく現在招待されている者達は全員が同じ食事をとっていた。


 毒が盛られていたのだとしたら、それはどのようにして盛られたのか。それが分からない限りはアランの言葉が認められることはないだろう。

 ミザリス王女としても、アランには全幅の信頼を置いているが、どのようにして、ということがわからない限りは容易に擁護することはできなかった。


「毒が入っていたのはその料理にかかっているソースでしょう。殿下に配られた物は他のものよりも多くかかっているように見受けられましたので。一定量以上取らなければ意味がない物でしたら、その量にさえ気をつけておけば同じものを食べても問題ありません」


 確かに、残っている料理を見れば、ミザリス王女の皿にはソースが多くかかっているように見える。だが、それは誤差と言ってもいいほどだ。


「待っていただきたい。そちらの騎士の言い分にはなんの証拠もない。我々を貶めるためにそのようなことを言っているにすぎないのでは?」

「第一。その者は先ほどの料理をこれまでに食べた事があるのか? ないのであれば、何故料理の味ではないとわかるのだ? 単に料理の味と毒を間違えたのではないか?」

「そ、そうです。いや、もしや我々を貶めるためにその者が毒を盛ったのではありませんか!?」


 口々にアランの言葉に反論するが、それも無理からぬ事だった。

 実際に、口にしたことのない料理の味がおかしいと言われても、なぜ分かるのだ、という言葉は間違っていない。それが分かるのは毒を入れた本人でしかあり得ない。──それを食べた者がなんの異常もない状態ならば。


「私は予め自身の毒に対する抵抗力を下げる薬を飲んでいますので、毒の効果は通常よりもはっきりと現れます。ですので、自身の体に起こった不調を間違いということはありません。現に、私の胃の中には食中毒のような痛みが感じていますし、わずかながら手足の痺れがあります」

「なっ! アラン! なぜそんなことを!?」

「殿下をお守りするためです」


 その言葉に騒いでいた貴族たちは言葉を失った。


 主人を守るためとはいえ、わざわざ毒に対する抵抗を下げてしまえば死ぬかもしれない。

 それがわかっていながらも平然と行う異常性に、黙るしかできなかった。


 毒に対する抵抗を下げ、それによって主人を守る。

 正に、ミザリスを守ると言う意味では素晴らしいと言える行動だ。……そこに、自身の安全などというものは全く考慮されてはいなかったが。


「ならば、調べれば良いではないか」

「へ、陛下?」


 そうして場が静まったところで、今まで黙って様子を見ているだけだった皇帝が徐に口を開いた。


「ミザリス王女は我が国が呼んだ客人だ。そのような者に毒を盛られたとあれば一大事。我が国の全力をもって毒を盛った不届き者を探し出し、然るべき対処をせねばならぬ。違うか?」

「それは……」


 皇帝の言うことは正しい。


 招いた客が——それも他国の王族が毒殺なんてされてしまえば、どう考えてもその国と衝突することになる。

 それまでの道程に多少の差異はあるだろうが、ヴィナートがただ謝って終わりになるはずがない。そんなことをすればフルーフ以外の国から舐められることになるのだから。


 その結果起こるのは戦争だ。


 今回の件はおそらく、有効なんて結びたくないと考えている者たちが戦争することを狙った末の行動だろうと、皇帝はそう考えていた。


 ……だが、正直なところを言ってしまえば、皇帝としてはどちらでもよかったのだ。


 招いた王女が死のうが死ぬまいが、どちらでもいい。そして、その結果戦争が起ころうが起こるまいが、それもまたどちらでもよかった。


 仮に戦争が起こったとしても、フルーフ相手なら勝てる算段はあるし、周辺の国への対応や取り込んだ国の統治もできないわけではないのだから。


 そもそも、ヴィナートは取り込んだ国からそれほど悪感情を持たれてはいない。


 もちろんその国の上層部からは恨みもあるだろう。だが、一般の市民たちからしてみれば、上が変わったところで意味はないのだ。むしろ戦争によって国の上層部が死んだことで成り上がることができたものたちさえいる。

 加えて、場所によってはそこを統治していた貴族たちに虐げられていたものたちもいるが、ヴィナートに変わったことで生活がまともになった場所もある。


 そんな者たちからしてみれば、たとえ上層部の大半が死に、国がなくなったとしても、恩恵の方が大きいために恨むこともなく統治することができていた。


 故に、今すぐに戦争となったとしても対応することは可能であり、だからこそ皇帝は自分にとって面白そうな方を選ぶ。


「我が名を持って命ずる。我が国の名を傷付けんとする愚か者を捕らえ、我が前に連れてこい」

「「「「はっ」」」」


 ヴィナート王がそう宣言すると、その場にいた貴族、騎士、使用人、その全てが跪き返事をした。


 そして彼らは犯人を探すために動き出す。


「では、失礼ながら、調べていただけるのでしたら、其方の方をお願いいたします」


 ──が、彼らが動き出す前にアランがそう言った。

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