第15話処刑人8

 _____アラン______


「——皆、今日は会食がある。気を付けろ」

「「はっ」」


 王女がお茶会を終えた日から二日後。

 アーリーが騎士のうち数人を集めてそう声をかけ、その言葉を受けてアーリーの前に集まっていた騎士たちはそれぞれ動き出した。そして当然ながら、その中にはアランもいる。


 友好を示すために、そして少しでも協力者を増やすためにやってきたのだから会食など毎日行なわれることだが、それでもあえてアーリーが言ったのは、今日の会食はそれなりに規模の大きなものだからだ。


 前回の夜会の時とは違って、会食などはそう何十人と護衛が入れるほど広くはないので連れて行ける従者の人数に限りがある。

 なので、本来はその限られたメンバーに選ばれたことは光栄なことだ。何せ、それだけ王女から信頼されており、実力があると判断されたということなのだから。


 だが、アランはそこになんの感慨もなく、当然だとばかりにいつも通りの無表情で返事をした。


 それが気に食わない者もいる。


「……殿下のお気に入りだからって調子に乗るなよな……」


 ボソッと囁かれたその言葉は、先日アランがアーリーに剣を抜こうとしたときに突っかかってきた騎士のものだった。


 彼は今回の会食の護衛メンバーには選ばれず、待機することとなっていたのでその鬱憤が溜まっているのだろう。

 アーリーの話が終わって動き出したアランの横をすれ違うようにして歩いた彼は、不満をぶつけるかのようにアランに対してそう口にしたのだった。


 それはアランに聞こえていたのはもちろんだが、一緒にアーリーから話を聞き、まだ動き出したばかりだった他の騎士達にも聞こえていた。


 だが、アランはそんな事は聞こえなかったかのように無視して歩き出す。それが更にその騎士を苛立たせているとは考えもせずに。




 前回の夜会の時と同様に会食の警護においてアランは鎧を着用しない。

 流石に今回も夜会用の礼服というわけではないが、鎧は禁じられているので騎士の制服を着ている。


 本来こういったときにこそ鎧を着て警護する必要があるのだが、騎士の参加条件に鎧の着用不可と言われてしまえば、アラン達にはどうしようもなかった。


 警護につかせるのに装備に制限をかけるなどどう考えても怪しいことこの上ないが、景観を損ねると言われてしまった。


 加えて、自分たちを信用していないのか、なんて言われてしまえばそれまでだ。

 ここには友好のために来ているので信用していないなどと言えるはずがないし、あくまでもヴィナートの方が上位なのだ。文句など言えようはずもない。


 しかし、たとえその参加条件が怪しかったとしても、だからといって護衛が参加しないわけにはいかない。

 幸いにも帯剣は認められているので護衛の参加する騎士達は、現在自身の剣の手入れを入念に行なっている。

 だが、鎧の着用は不可なのに帯剣は認められているというのも些か不可解な話ではある。それ故に騎士達は何かが起こるだろうと緊張していた。


 だが、いくら備えようと、やはりそれでも万全とは言い難いので、せめてもの備えとしてアランは前回の夜会同様に見た目を損なわず、なおかつ仕込めるものを全身に仕込んでいく。




「ではこれより会食に向かうが、何かが起こると思われる。各自、最大限の警戒をせよ!」

「「「はっ!」」」


 まるでどこかに戦争に向かうような雰囲気だが、あながち間違ってはいない。

 というよりも、ある意味では既に戦争は始まっているのだ。あとは『いつ』『どこで』『どちらから』仕掛けるか、というだけ。

 今回の訪問は友好のためだが、真の意味で友好を結ぼう、結べるなどと考えている者はおそらくどちらの国にも一人としていないだろう。


「フルーフ王国より、ミザリス・レイ・ミラ・フルーフ王女殿下のご到着です」


 そんなアラン達に護衛されたミザリス王女一行が会食の場についた。


 会場となった場所にはすでに何人もの招待された貴族たちが集まっており、席についてそれぞれ談笑していたようだが、それをすぐにやめて現れたミザリス王女へと視線を向けた。


 一応胸に手を当てて軽く礼をしているが、上位者であるはずの王女が現れたのに席を立たずにいる時点で下に見ているのがよくわかる。


 だがそんな貴族たちの反応を無視してミザリス王女は部屋の中へと足を踏み出し、案内された席へと進んでいった。


 護衛騎士たちは数人が入り口付近で残って待機し、アランを含めた残りは前を進むミザリスの後をついていくように進み、ミザリスが席についた後はその背後で待機することとなった。


 それからは会食が終わるまでずっと待機しているだけなのだが、アランにはやるべきことがないわけでもなかった。

 会場に着いたアランが初めにやったのは、その会食の場となる部屋を見回して隠れられそうな場所がないか探す事だった。


 柱の陰、垂れ幕の裏、天井、窓の外、床の下。

 そういった人が隠れられそうな場所を、不審にならないようにさり気なく、しかし確実に調べていく。


 一通り確認が終わると、次は会食に参加している人物の確認を行なっていく。


 だが人物の確認とは言っても、それがどこの貴族で、どんな名前なのかなどという確認ではない。アランにとっては誰がどんな存在だったとしても関係ないのだから。


 故に、アランの行う確認とは前回の夜会にてミザリス王女に対して悪意を向けていた者が居るかどうかだ。


 そしてアランが確認していくと、やはりというべきか、前回の夜会。そして今もまた敵意を向けている者がいた。


 アランはその者の名前を知らないが、それでも敵である事がわかればそれでよかった。それさえ分かってしまえば、あとは対処を間違える事はないのだから。




「——いやはや、先日の夜会もそうだったが、王女は美しいな」

「ふふっ、そのように言っていただき、ありがたく存じます」


 ミザリス王女が会場に到着してから数分ほど待つと、今度は皇帝がやってきて会食は始まった。


 会食は警戒していた割りには特に何が起こるというわけでもなく、少なくとも表面上は和やかに進んでいく。


 しかし、それはあくまでもそのように見えるだけ。実際には皇帝だけではなく貴族たちも交えての水面下の腹の探り合いや化かし合いなどは続いている。


 それでもミザリス王女の護衛騎士達が警戒したような何かは起こらないので、騎士のうち何割かはこのまま何事もなく終わるのでは、とわずかに気が緩み始めていた。


 そんな何事も起こらないままの会食は進んでいき、現在はメインとなる料理が到着した。

 だが、テーブルの上に置かれた料理は大きく、とてもではないが一人で食べきれるものではない。

 それもそのはず。今出てきた料理は大皿で出して、後から給仕が取り分けるというものなのだから。


 見た目としては肉だとわかるのだが、それがなんの肉なのかは判断できない。


 通常は調理後だとしても、これほどまでの大きさになればある程度の形を残しているものだ。そしてその残っている形や特徴から元の生物を予測することはできる。


 だが、その肉は一抱えほどもあるというのに、その見た目からは元の姿を図ることができる特徴はないのだから、それが元々はどれほどの大きさなのか窺い知れよう。


 そんな巨大な肉を使ったメインの料理給仕たちの手によって切り分けられ、ミザリス王女の前に差し出され、王女はそれを口に運んでいく。


「味はどうだ? 我が国と其方の国では食文化も違うであろうから、気にいると良いのだがな」


 一応、国の賓客であるミザリス王女は現在皇帝の座る席のすぐそばに座っていることもあり、度々こうして皇帝直々に声をかけられていた。


 その様子は謁見の時や夜会の時とは違ってとても気安いものであった。これが会食だから、という理由もあるのだろう。


 だが、周辺の国々を侵略し、勝利し続けてきた覇者と言っても過言でない男が、〝たかが会食程度〟でそんなに態度を変えるものだろうか。


 ミザリス王女はそんなことをが気になりながらもにこりと笑って言葉を返す。


「とても美味しくいただいております。特にこの料理に使われているソース。これは我が国の料理に寄せて作られたものでしょう? これほどまでに細やかに気にかけていただけるとは、誠に喜ばしく存じます。そして、流石はヴィナート国ですね。食材も料理人も一流が揃っているようで羨ましい限りです」

「はははっ、そうか。そう言ってもらえるとこちらとしても用意した甲斐があるというものだ」


 アランはそんな王女の姿を視界の端に収めながらも、この部屋に来た時から変わらない警戒心を持って会場中を確認していく。


 すると、ミザリス王女がその料理を食べるにつれて、徐々に笑みを深めていく者がいたことに気がついた。


 不審に思ったアランは気づかれないようにその男のことを観察し続けていると、自分の内側に何か不純物が紛れ込んでくるような、そんな不思議な感覚に襲われた。

 そして、その感覚はミザリス王女がメインである肉料理を口に運ぶたびに徐々に強まっていく。


 王女が料理を食べるために強まる違和感と不快感。それと、王女の様子を見て嗤う男。

 そのことに気づけば後は早かった。


「アラン?」


 それまで黙って壁際に待機していただけのアランが、突如前へと進み出してミザリス王女の手を背後から掴んで止めたのだった。

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