もう少しだけ一緒にいたい

 全力で楽しむと決めてからは、とにかくたくさん遊びまくった。

 人気アトラクションに何時間も並んだり、たまたま見つけた妙にすいているアトラクションに入って、なぜこんなに空いていたのかを理解したり。


 マスコットの着ぐるみにおだてられて、なじみとツーショットの写真を撮られたりもしたっけ。

 お互いに頬をくっつけあっためちゃくちゃ仲のいい写真になってしまったが、これは着ぐるみのマスコットがそうさせたからであって、俺がなじみを好きだからとかでは断じてないし、なじみも俺が好きだからこんな写真を撮ったんじゃないからねと笑いながらそう言ってスマホのホーム画面に設定した。

 もちろん俺もそうした。


 とにかく、つまらないと感じた瞬間は一秒もなかった。

 なじみと一緒なら空を眺めてるだけでも楽しかった。

 何をしてもこんなに楽しい人なんて、きっと世界中でなじみだけだろう。

 そう思える人と出会えたことが、そしてその相手がなじみだったことは、きっと幸運なことなんだろう。


 気がつけば俺たちは再び手をつなぎあっていた。

 最初のような緊張もなく、気がついたらそうなっていた。

 まるでそうなるのが自然であるかのように、俺たちはそうなっていたんだ。


 時間の流れはあっという間だ。

 気がつくと遊園地には西日が射し込む時間になっていた。

 周囲は暗くなり、人の流れもちらほらと出口へ向かいはじめる。


 もっともっと遊んでいたかったが、俺たちには門限がある。

 だから帰らなければいけなかった。


「もっと一緒にいたいな……」


 なじみがぽつりとつぶやいた。

 駆け引きでもなんでもない、心の声がそのままこぼれたような声だった。

 気持ちは俺も同じだ。

 もっとずっと一緒にいたい。

 なんならここに住んで一生遊んでいたい。


 でもそれはできない。

 なじみだってわかっているはずだ。

 わかっているから、思わず言葉になってしまったんだろう。


「そういうわけにはいかないだろ。そろそろ帰らないと」


 なじみはうつむいたまま立ち止まっている。

 伸びた手が俺の服を弱々しくつまんでいた。


 引き止めるような強さではない。

 止めたいけれど、止められないとわかっている。

 あきらめたような弱々しさだった。


 その弱さを振り払う力は、俺にはない。

 だから二人して遊園地の真ん中に立ち尽くしていた。


 あと一時間だけここにいようか。


 そう言うことはできた。

 でもなじみが求めている言葉は、そういうことではない気がした。


 たった一時間じゃない。

 二時間でもない。

 もっとずっと長く。それこそ一生一緒にいたいというような。

 まるで、今日を最後にもう二度と会えないかというように。


 確かに、今日は人生最後のデートだと、それくらいの意気込みで全力で遊んだ。

 でもそれはあくまでも映画の話だったはずだ。

 俺の余命は一ヶ月じゃないし、明日だって明後日だって会える。

 デートだっていつでもできる。

 そのはずなのに。


「帰りたくない……」


 かすれた声が聞こえる。

 わがままを言ったり、よくわからないことを言って俺を困らせることはこれまでにも何度もあった。

 だけどこれは、それまでとはまったく違う温度を持っていた。


「そうはいってもな。家のことはどうするんだ」


「今日だけは忘れるって決めてたから」


 その気持ちは俺も同じだが……。


「そういうわけにもいかないだろ」


「お願い。帰りたくないの。まだコウと一緒にいたい」


「そう言ってくれるのはうれしいけど……」


「一緒にいられるなら、何してもいいから」


「なんでもいいのか?」


 それはいつもの軽口だった。

 そう言えば、なじみは自分の言葉に意味に気がついて顔を真っ赤にして否定してくる。

 いつものやりとりだ。


 だけど、このときは違っていた。

 真っ赤な顔のまま小さくうなずく。


「……いいよ」


「え?」


 リンゴみたいに真っ赤に熟れた顔で、だけど目をそらすことなくまっすぐに俺を見つめてくる。


「コウがしたいなら、いいよ」


 このやりとりは今日で二回目だ。

 でもそれは冗談のはずだった。

 一度目だから冗談ですまされたんだ。


 しかし二度目となると意味は違ってくる。

 勘違いではすまされない。


「いいって……本当に意味わかってるのか……?」


 こくり、と赤い顔が縦に動く。


「アタシは、コウとしかしないって、決めてるから……」


 真っ赤な夕日に照らされて、俺たちはいつまでも見つめ合っていた。

 突然に、すぐ横にある建物に見覚えがあることに気が付いた。

 どうやら俺たちはいつの間にか戻ってきていたらしい。


 日常での何気ない言葉が伏線となっていた映画のように、それがなんであるかを知っているからこそ、そばにあるだけで意識せざるを得なくなる。


 煌びやかな光に彩られた豪華なホテルが、恋人たちの入城を待ちかまえていた。

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