デートの予行演習

 俺はなじみとデートをする。

 それも映画のシーンを再現する特別なデートだ。

 だけどなじみがかわいすぎるあまり、開始一秒で見とれてしまうかもしれない。

 それじゃあダメだ。このデート勝負には絶対に勝たなければならないんだ。

 だから練習して少しでも慣れておきたい。


 実にわかりやすい論理的帰結だと思うのだが、マイにはわかってもらえなかった。


「お兄ちゃんはすぐわたしに変なことさせようとするから絶対やだ!」


 なんだかひどい誤解を受けているようだ。


「なじみとデートだなんて緊張するから、少しでも慣れておきたいだけなんだけど……」


 まさか妹からそんな目で見られてるなんて思わなかったから、落ち込んでしまう。

 マイが慌てたように口を開く。


「も、もちろんなじみさんとのデートはわたしも応援したいと思ってるけど……」


「……本当か?」


「もちろんだよ。お兄ちゃんはいつもなじみさんのことばっかり話しているし、好きなのはわたしもよく知ってるから。というか、なんでまだ結婚しないの?」


「それには海よりも深く山よりも高い理由があるんだよ……」


 俺がしみじみとつぶやくと、マイが警戒しつつも聞いてきた。


「……デートの練習くらいならしてあげてもいいんだけど……」


「本当かっ!?」


「……変なことしない?」


「するわけないだろ。兄妹なんだぞ」


「あ、そ、そうだよね。わたしたち兄妹なんだもん。するわけ、ないよね……」


 なんだかちょっと落ち込んだように見えたのは、さすがに俺の気のせいだろう。


「そもそも、なじみさんとのデートの練習なら、わたしなんかじゃ相手にならないだろうし……」


「どうしてだ。そんなことないぞ」


「だって、そういうのって、好きな人とするから緊張するんでしょ……。それとも、お兄ちゃんは、やっぱりわたしのこと……」


「ああ、もちろん好きだぞ」


「……ッ!!」


 マイがビクッと肩を震わせる。

 一瞬だけ揺れる瞳が俺を見たけど、すぐにそらされた。


「そ、そんなこといっても、好きっていうのはあくまでも家族としてで……」


「いや、マイは女の子として好きだぞ」


「……ッッ!?!?!?」


「デートの練習なんだから好きな女の子としないと意味ないだろ。それに俺はマイのこと好きだし、一緒にデートするって考えたらそれなりに緊張するからな。もちろん世界一かわいいなじみと比べたらアレだけど、マイだって日本一かわいいと……」


「待って! ちょっと待って!!」


 マイが慌てて俺の言葉を押しとどめてきた。


「そういうところ! お兄ちゃんのそういうところが良くないと思う!!」


「えっ、どこが?」


「そ、そうやってすぐ好きとか、かわいいとか言うのって、よくないと思うっていうか……!」


 ……なるほど。

 俺は思わずうなずいた。

 なじみとのデートで俺から好きだとか言うわけにはいかないからな。


 マイは妹だが十分かわいいと思っている。

 家族特有の気安さのおかげで話しやすいし、一緒にいてもなんだかんだで楽しい。

 さすがに妹だから彼女にはできないが、普通に女の子の友達みたいな感覚になることはある。

 そういう意味でも俺はマイのことが好きなんだろう。


 だからそう言ったんだが、確かにそれでは練習にならない。

 すぐに好きだとか言うのは良くないというのも、きっとそういう意味だろう。


 まさかマイが、そこまで俺となじみの関係のことを考えてくれていたなんて。

 お兄ちゃん感激で泣きそうだよ。


 そんなマイの思いに応えるためにも、俺もまた全力で練習に挑まなければならない。

 本気の思いには、こちらも本気の思いで応える。

 それが礼儀ってもんだろう。


 俺は真剣な表情でマイへ一歩近づいた。


「だったら、マイはどう思ってるんだ」


「……え?」


「俺のこと好きなのか?」


「そ、それは……!」


 顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

 その態度を見れば答えなんて丸わかりだったが、これは相手から告白させるための練習だ。

 大切なのは相手から言わせること。

 心を鬼にしてさらに追求する。


「言ってくれないとわからないだろう」


「お、お兄ちゃん……。なんか怖いよ……」


 後ずさるマイが壁に背中を当てる。

 逃れようとする道をふさぐように、顔のすぐ真横に手を当てて逃げ道をふさいだ。

 そのまま至近距離まで顔を近づける。


「怖いのなら謝る。でも、それだけ真剣ってことなんだ」


「お兄ちゃん……」


「どうして逃げるんだ?」


「だ、だって、兄妹でこんなことしないって、みんな言ってるし……」


「兄妹だとなにがいけないんだ?」


「……それは、なにがいけないかは……わからないけど……。でも、ダメ、だよ……? わたしたち、兄妹なんだよ……?」


「どうしてダメなんだ。俺はただ、マイの素直な気持ちを聞きたいだけだ」


「でも、それは……」


「もしかして、言えないような気持ちを持っているのか?」


「……ッ! そ、それは……!」


 マイは必死に顔を逸らしていたが、やがて観念したように口を開く。


「……お兄ちゃんを見るとね、ドキドキするの。胸の奥がキュッとなって他のことがなにも考えられなくなるの。こんなに近くにこられると、頭の中がまっしろになって、どうしたらいいかわからなくなって……」


「なんだ。俺と同じじゃないか」


「お兄ちゃんも、同じなの……?」


「当たり前だろ。家族なんだから」


「お兄ちゃん……! わたしも、本当はずっとお兄ちゃんのことが……!」


 感極まったように抱きついてくる。

 そんな妹を抱き返してやりながら、俺は思った。


 この妹、チョロすぎないだろうか。


 自分から迫っておいてなんだが、こんな簡単に事が進むのもどうかと思う。

 将来悪い男にだまされたりしないか心配だ。

 真面目で身持ちの堅いメガネが似合いそうな男に守ってもらいたいのだが、どこかにそんなやつがいないかな。


 それはともかく、これでは練習にならない。

 もっと難しいことをしなければならないだろう。


 いくらチョロいマイでもさすがに嫌がるようなこと。

 かといって、本当に嫌がることを無理やりするのは可哀想だ。

 嫌だけど、嫌じゃない。

 マイがそう思いそうなこと。


 そんな都合のいい方法に、ひとつだけ心当たりがあった。


「……。マイ、ひとつお願いがあるんだが」


「……うん、いいよ」


 なにかを期待するまなざしのマイに、俺は静かに告げた。



「一緒にお風呂に入らないか?」



 マイが飛び退くようにして離れ、両腕で隠すように自分の体を抱きしめた。


「今度はわたしの体が目当てなの!? お兄ちゃんのエッチ! ヘンタイ!!」

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