第五章 最後のデート

勝負は始まる前から始まっている


 なじみから今度の日曜日にデートしようと誘われた。

 しかもただのデートじゃない。

 見たばかりの恋愛映画に出てきた場所に行きたいというんだ。

 まさに「映画のような恋がしたい」というメッセージだろう。


 ここのところ俺たちの関係は進展していなかったからな。

 一気に勝負をつけにきた、ということだろう。


 もちろん返事はオーケーだ。

 そもそも世界一かわいい彼女からデートに誘われて断るわけがないだろう。

 勝負を抜きにしても普通に楽しみすぎる。

 とりあえず今日は寝れないことだけは間違いない。


 もちろん、負ける気もないけどな。

 このデートでなじみから俺に告白させて、ついになじみと結婚できるんだ。


 けど、なじみだって同じことを考えているはずだろう。

 そもそも向こうから誘ってきたデートなんだ。

 なにかの作戦があるに決まっている。

 どうにかして俺に告白させようと迫ってくるだろう。


「あのなじみが……俺に告白させるために……」


 考えただけで顔がニヤケてしまう。

 いかんいかん。

 こんなんでは勝てるわけがない。なじみは強敵だ。


 しかもデートなんだから当然、見慣れた制服姿ではなく、私服で来るだろう。

 それもおそらくは「勝負服」といわれるような格好で来るはずだ。


 なじみのかわいさは世界一。千年に1人、いや万年……むしろ人類の到達点といっていい。

 そんなかわいさチートのなじみが俺とデートをするためにオシャレをしてくれる。

 他の誰でもない俺だけのために。


「……マジかよそんなのうれしすぎる」


 私服姿のなじみは見慣れてるつもりだが、デートの私服というだけで威力は何倍にもなる。

 しかもそれが、この日のために新しく買ってきた物だったとしたらどうだろう。


 考えただけで失神ものだ。

 実はすでにもうちょっとヤバい。

 今鏡を見たら気持ち悪いニヤケ顔が映るだろう。


「いかんいかん。しっかりしろ俺」


 頭を振って邪念を振り払う。

 でも思ったんだが、次のデート用に新しく服を買うのはありかもしれないな。

 ちょうど新しい服がほしいと思っていたところだし。


 なにか良い服はないだろうかとスマホをいじっていたところで、ふと思いついてラインを起動した。


『デートで見た映画の場所に、今度の日曜日に二人で出かけるなんて、いかにも恋人同士っぽくていいと思わないか?』


 と、なじみ宛にメッセージで送るかどうか少し悩んだ。

 さすがに攻めすぎだろうか?

 コウったらアタシのことそんなに好きなんだ? とか言われそうな気がする。


 しかしあくまでも「恋人同士っぽい」というだけであって、なじみが好きだという証拠にはならないはずだ。

 うん、そうだ。大丈夫。なにも問題ない。


『デートで見た映画の場所に行くのって、いかにも恋人同士っぽいよな』


 送った。

 送ったと同時に既読が付いた。

 どうやらなじみも同じ画面を開いていたようだな。


 さて、どんな返事がくるか。


 スマホの画面をにらみながら待ちかまえたが、なかなか返事はこなかった。

 いつものなじみなら即レスなんだが、既読をつけたまま反応がない。

 きっと俺のようにどこまで踏み込んだ返事をするのか考えているんだろう。

 そのことを楽しいと思うと同時に、少し寂しくも感じた。


 いつもならなにも考えずに思ったことを言っていた。

 そのせいでケンカになることもあったけど、気兼ねなく言い合える距離感がうれしくもあったんだ。

 こんなに言いたいことを言い合える人はなじみしかいない。

 たぶん今後もなじみ以外現れないだろう。


 でも今は、たかがラインのメッセージひとつでこんなに考えてしまっている。

 もしかしたらこれがいわゆる、恋の駆け引き、というやつなのかもしれない。


 相手にどう思われるだろうか。

 相手にどう思ってもらいたいのか。

 そのことを考えながらやりとりするメッセージは確かに、相手の反応がある度に一喜一憂できて楽しいのかもしれない。

 実際に今も、少しだけ楽しんでいる自分がいるしな。


 でもやっぱり俺は、昔のような関係がいい。


 お互いなんでも言いたいことを言えて、笑いたいときに笑い、嫌なことがあったらすぐに怒れるような、そういうなじみが一番好きなんだ。


 しばらくして返信があった。


『確かに恋人っぽいかも!』


 そういうメッセージと共に、ハートマークをたくさん飛び散らせながら「楽しみ~」と恋い焦がれるウサギのスタンプが送られてきた。

 特になんてことのない普通のメッセージだ。


 だけど、時間をかけて送られてきたことを考えると、それはどこからも突っ込むことのできないように考え抜かれたメッセージであるとも言えた。


 ハートマークだらけのスタンプは少し攻めた結果ともいえるかもしれないが、しょせんスタンプなのだから気にしすぎと言われたらそれまでだ。


 実際、俺もスタンプを返したところでやりとりは終了した。

 会話の止まったやりとりをしばらくながめる。


 昔は、寝る寸前までずっとスマホから目が離せなかった。

 充電なんてすぐになくなるからずっとコンセントに差しっぱなしだし、そもそもメッセージなんてせずに会話しっぱなしなことも多かった。

 でも今は、前よりも明らかにやりとりが減っている。

 それはやっぱり寂しい。


 俺はなじみが好きだ。

 だからこそ、こんなじれったい関係は終わらせなければならない、と強く決意を新たにした。


 もっとたくさん話したいことがあるんだ。

 こんなに面白そうなアトラクションがあるとか、この時間にはこんなイベントがあるとか、ここの料理は美味しそうだとか、このスイーツが人気だとか、デート場所を調べるだけでたくさん話題は見つかる。

 元の関係に戻るためにも、やはり俺はこの勝負に勝たなくてはいけない。


 そのための方法は、実はある。

 実のところ、俺もなじみとデートをしたいと思っていたんだ。


 もちろん勝負としてという意味もあるし、単純に付き合ってるんだから普通にデートをしたいという思いもある。

 だからなじみから誘ってくれたのは、やっぱり同じことを考えていたんだなと思えてうれしかった。


 だからこそ、今回は絶対に負けられない。

 昔のようななじみとの関係に戻るために。

 いや、もっともっと恋人同士のようなことをするために。

 絶対に勝たなければならないデートなんだ。




「というわけでデートの予行演習をしたいんだが」


「またこのパターン!」


 妹のマイが心底嫌そうな声を上げた。

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