将を射んとすれば

 告白することに比べたら、告白させることはとても難しい。

 考えてみれば当たり前なんだけど、それでもまさかここまで難しいとは思っていなかった。

 なじみが婿養子に来てくれなんて言い出すとは思ってなかったんだ。


 そもそもなじみは家のことを嫌っているし、むしろ家を出たいと思ってるはず。

 俺の家へ嫁に来てほしいといえば、喜んで来てくれるはずだった。


 それなのにどうして、逆に俺が婿養子に来てほしいなんて言い出したのかがわからないんだよな。

 理由を聞いても教えてくれないし。


 そして、隠し事をしているのは俺だって同じだ。

 どうしてそんなに嫁に来て欲しいのと聞かれたら答えられない。

 いや、もちろんなじみが大好きだからだけどさ。

 でもそれ以外の理由があるし、そっちについては答えられない。

 だからなじみを問いつめることもできなかった。


 いったいどうしたらいいんだろうか。

 考えていた俺に名案が閃いた。


 なにも難しく考える必要なんてなかった。

 わからないなら聞けばいい。

 なじみに聞いても教えてくれないなら、なじみに詳しい別の人に聞けばいいだけだ。



「というわけで話を聞きたいんだ」


「はあ、姉さんのことをですか」


 なじみの弟である大樹が、なんともいえない表情でうなずいた。


 今は大樹が通う中学近くのカフェに来ている。

 連絡先は知らなかったんだが、俺の妹のマイと学校が同じだったんだよな。

 だから連絡を取ってもらったんだが、急な誘いでもこうして来てくれるんだからいいやつだ。


 なじみのことなら親友である志瑞(しみず)に聞くという手もあったが、あいつはなんだかんだでなじみの味方だからな。

 なじみが言いたくないことは、志瑞も教えてくれないだろう。


 それにこれは俺の勘だが、たぶんなじみは志瑞にも話していない気がする。

 知っているとしたら、同じ家族じゃないかと思ったんだ。


「ええと、それで姉さんがコウさんと結婚してくれない理由でしたっけ」


「正確には、なじみが俺の家へ嫁に来てくれない理由だ。結婚はしてもいいと言ってくれたんだが、どうしても俺が婿養子に来てくれなければダメらしいんだ」


「ああ、それですか」


 大樹がズレたメガネを持ち上げる仕草をする。

 なじみがいうにはこれは大樹の癖らしくて、何か考え事をするときは無意識でこうするらしい。


「将を射るとすればまず馬からってな。なのでなじみの弟である大樹に話を聞こうと思ったんだ」


 大樹は眼鏡の奥からじいっと俺を見つめると、やがて小さくため息をついた。


「とりあえず、そのことわざの使い方は間違っています」


「こんな感じで使うんじゃなかったっけ」


「馬に乗っている武将を倒すには、まず最初に馬から落とすべき、という意味です。つまり今の状況でいうなら、姉さんと結婚するために家族である僕に協力してもらう、という意味になりますね」


「あれ、そうだったっけ……?」


「そうですよ。ついこのあいだ授業で習ったばかりなので」


 中学生に勉強を教わる高校生の俺っていったい……。


「それはともかく、コウさんの頼みでしたらいくらでも協力しますよ」


「そうか、ありがとう」


「気にしないでください。毎日毎日姉さんからグチという名ののろけ話を聞かされてうんざりしていたので。なんでもいいから早く結婚してください」


「クールだなあ。さすがメガネをかけているだけはある」


 なじみとは正反対だ。

 姉弟なのにとも思うが、同じ家で暮らしてるからこそ正反対になってしまうこともあるんだろうな。

 そう思ったんだが、大樹はムッと顔をしかめた。


「メガネは関係ないです。姉さんと同じこといわないでください」


「なじみも同じこと思ったのか。そうか、へへっ」


「……………………」


 大樹が無言で呆れたような表情を浮かべた。

 かわいい彼女と同じことを考えていたなんてうれしくなるに決まってるのに、なんでそんなに「うわぁ」みたいな顔してるんだろう。

 最近の若い子の考えることはわからないな。


「とにかくそういうわけだから、話を聞きたいんだよ。なじみは俺のことを好きなのは間違いないと思うんだが。さすがにそれはあってるよな……?」


「そうだと思います。家でもずっとコウさんの話ばかりしてますから」


「だったらなんで嫁に来るのを嫌がるんだ」


「コウさんこそ、どうしてそんなに姉さんに来てほしいんですか」


「そんなのもちろんなじみが世界一……」


「あ、いえ、好きだからなのはもう十分わかってます」


 最後までいう前に遮られてしまった……。


「そうではなくて、どうしてうちへ婿養子に来るのがいやなんですか。結婚したいだけなら、どちらの家に行くかなんて大した問題ではないと思いますけど」


 それは当然の質問だった。

 なじみにも同じことを聞かれたからな。

 でも、やっぱり答えることはできない。

「嫁に来てもらうことが結婚の条件だから」なんて言われたら、まるで家のために結婚するみたいに聞こえてしまうだろう。

 もし俺がなじみからそんなことを言われたらショックを受けるだろうし。


 恋人同士ならどんなことでも全部話すべき、なんて思う人もいるんだろうけど、やっぱり話しにくいことはある。

 ましてやそれが、なじみを悲しませるかもしれないことなんだとしたら、やっぱり言えるわけがない。


「まあ色々あってな」


 なのでそんな曖昧な言い方になってしまった。


「はあ。そうですか」


 大樹も深くは追求してこなかった。

 なにか事情があるんだということは察してくれたんだろう。


「やっぱり大樹にも嫁に来たがらない理由はわからないのか」


「姉さんの問題ですから。姉さんが答えなかったのなら、僕が答えるわけにはいきません」


「じゃあ少なくとも答えは知ってるんだな」


 一瞬大樹が言葉に詰まった。


「……コウさんって姉さんのこと以外なら頭いいですよね」


「それほめてるの?」


「一応は」


 一応かあ……。


 とはいえ、大樹に聞いてもわからないとなると、この件はもうあきらめるしかないということになる。


 となれば話は変わらない。

 なじみに俺のことをもっと好きになってもらい、自分から「コウのお嫁さんにしてください!」と言ってもらうしかないということだ。


「せっかくだからついでに聞きたいんだが、なじみってなにをしたら喜んでくれると思う?」


「それはコウさんのほうが詳しいと思いますけど」


「そうかもだけど、違う人の意見も参考にしようかと思ってな」


「姉さんはコウさんが大好きなので、なんでも喜ぶと思いますけど。でも、そうですね……。姉さんは単純なのでプレゼントでもあげたらいいんじゃないでしょうか」


 プレゼントか……。

 そういわれてみると、確かに考えたことがなかった。


「悪くはなさそうだが、なにかの記念日ってわけでもないのに、いきなりプレゼントなんてしたら変に思われないかな」


「サプライズってやつみたいでいいんじゃないですか。女の子はそういうのに弱いっていいますし」


 そういえばマイもそんなことをいってたっけ。


「サプライズプレゼントか……。なるほど、いいかもしれないな。ありがとう。それにしても、そんなところに気がつくなんて、やっぱり大樹はモテそうだよな」


 本気でそう思ったのだが、ダイキは少しだけ口をつぐんだ。


「……そうでもないですよ」


「お? その反応、もしかして好きな子がいるな?」


「コウさんのそういうところはウザいです」


「おお、すまん……」


 昔から仲が良かったとはいえ、相変わらず自分の意見をはっきり言うな。

 俺が中学生のころは、高校生ってかなり大人に見えてちょっと怖いくらいだったんだが……。

 そういうところはなじみと同じだ。やっぱり姉弟なんだな。

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