第三章 手つなぎ勉強会

ひとり反省会

「はあ……」


 家に帰ってくるなり、俺はベッドの上に倒れ込んだ。


 前回のキスガマン選手権は、狙いは良かったと思うんだが、結局うまくいかなかった。

 俺もなじみも頑固だったため、最後の最後を踏み出せなかったんだ。

 まあそのおかげで助かったともいえるか。

 本当に、もう少しでなじみとキスをしてしまうところだったよ。


 本当に……なじみと……キスを……。


「……あー!あー!! うーあー!!」


 頭を抱えてベッドの上で暴れ回る。


 キスをせずにすんだ安堵と、キスをできなかった後悔が俺の中でせめぎ合い、訳の分からないうめき声になって俺の口から漏れていた。


「あーもう、本当に、あーもう! あーーもーーー!!」


 目を閉じれば目の前にまで迫ったなじみの顔を思い出す。

 きめ細やかな肌も、長いまつげも、深く吸い込まれるような瞳も、全部俺の目に焼き付いていた。

 そしてもちろん、ぷるんと瑞々しくて赤い唇も……。


「うごごごごご! 一生に一度のチャンスを逃した気がするー!!」


 枕に頭を打ち付けて頭の中のよくわからないモヤモヤを振り払う。

 どったばったん大騒ぎだ。

 しかし何度繰り返しても頭のモヤモヤは晴れなかった。


 だって、なじみとキスするチャンスだったんだよ?

 そんな幸運もう一生訪れないに違いない。

 来世までの運をすべて使い果たしたといっても過言ではないだろう。

 うおおおーん。


「お兄ちゃん……、なんで奇声を上げながら枕に向けて連続土下座しているの……? 黄色い救急車呼ぶ……?」


 妹のマイが心配して様子を見に来た。

 ちなみに黄色い救急車とは精神病院用の救急車のことで、つまり「頭の病院に行った方がいいんじゃないの?」という意味だ。


 なんでそんな京言葉みたいな遠回しな罵倒してくるの……?

 お兄ちゃんにだって涙くらいあるんだぞ……?


「そういえば今日はなじみさんと、その、キスするっていってたけど……まあ、その様子を見れば、聞かなくてもわかるか」


 哀れみの目が向けられる。

 彼女とキスしようとしてできなかったヘタレだということが、実の妹にまで知られてしまった。

 死にたい。


「わたしとあんなことまでしたのに……お兄ちゃんのヘタレ……」


「なんとでもいってくれ……」


「うわあ、本当に重傷だ」


 呆れる声が聞こえてきた。

 そう思われるのもしかたない。

 俺はなにもできないミジンコ以下のゴミ人間なんだ……。


「でも、お兄ちゃんもなじみさんも、どう見たって両想いなのに、どうしてできないんだろう」


「違うんだ、悪いのは俺だ。なじみは悪くない。俺に意気地がなかったから……」


 もちろん本当は別の理由もある。

 なじみと結婚するためには、親父との約束を果たさなければならない。

 だから俺からキスするわけにはいかなかったんだ。


 でも、そんなことを忘れてしまうくらい、今の俺は精神的に落ち込んでいた。


「………………」


 そんな感じでぐずぐずといじける俺のそばに、マイの座る気配があった。


「結局お兄ちゃんは、なじみさんとは、まだしてないんだよね……?」


「……ああ、できなくてな……」


「……」


「……」


「……じゃあ、する……?」


「……えっ?」


「なじみさんとできなかったのなら、もう一度、したほうがいいでしょ……」


 マイが少しだけ近づき、ベッドが小さく軋んだ音を立てた。



「だから、また練習……しよ……?」



 熱を帯びてかすれた声が響いた。

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