本番当日

 そして決戦当日の朝がきた。

 俺からなじみにはなにもいっていない。

 いつも通りに待ち合わせていただけだ。


 でも、なにもないわけがないんだ。

 俺が準備をしてきたように、なじみもまたバッチリと決めてきていた。


「コウ、おはよう」


 朝からなじみの顔が近い。

 いつもスキンシップは多めなんだけど、今日はいつも以上に近い気がする。

 それに唇もやけにツヤツヤのプルンプルンで、特に気合いが入っていた。


 いったいどうしたんだろう、なんて思うほど鈍感ではない。

 狙いは俺と同じだろう。

 俺だって家を出る前に念入りにリップを塗ってきたからな。

 つまり、なじみは俺とキスがしたいのだ。


 俺と……キスをするために……。


「あれ、いきなり顔が真っ赤になったけど大丈夫?」


「あ、ああ。大丈夫だよ。ちょっと熱があるだけで」


 そう言いながら距離をとって顔を背ける。


 いやいやいや、大丈夫なわけないだろう。

 だってこんなにかわいい彼女が、俺とキスしたいって思ってるってことだろ?

 そんなのヤバすぎる。

 まだ勝負はまだはじまってもいないのに、もう顔がニヤけて仕方がない。

 しっかり気を引き締めなければ。


 けど、そんな俺の動揺をなじみが見逃すはずもなかった。


 口元をニヤリと歪ませて俺に迫ってくる。


「ふうん。そのわりには、さっきからアタシの唇ばっかり見てるけど、どうしたのかなあ?」


 俺の顔をのぞき込むような体勢で見上げてくる。

 くっ、まるで何度も練習したかのようなあざとさだ。かわいい。


「あ、ああ、今日のなじみはいつも以上にかわいいなと思ってな」


「えっ? そ、そうかな?」


「ああ、リップを変えたんだろ。いつもよりキレイだからな。それで見とれてしまったんだよ。それにしても……」


 わざわざリップを変えてまで気を引きたかったなんて、そんなに俺とキスをしたかったのか?

 と、反撃するつもりだったんだが。

 なじみが頬を赤くして、照れたように表情を崩した。


「そっか、コウはこういうのが好きなんだ。えへへ……」


「お、おい。そんなに照れるなよ。俺まで恥ずかしくなってくるだろ」


「だって、こんなに早く気づいてくれるってことは、それだけいつもアタシを見てくれてるってことでしょ」


「そりゃ、まあ、確かにいつも見てるけど……」


「それだけアタシのこと好きってことでしょ。だからそれがうれしくって。好きな人に好きって思ってもらえるのはとてもうれしいんだよ」


「俺だって、なじみが俺のためにかわいくなってくれたのかって思うと、すげー顔がニヤけちゃうんだよ」


「もー、コウったら、そんなにアタシのこと好きなの?」


「なじみだって俺が気づいただけでそんなに笑顔になってるんだから、俺のこと好きすぎるんじゃないか」


「それにしても、唇に真っ先に気がつくなんて。唇でなにかしてほしいことでもあるのかな~?」


「それにしても、今日に限ってリップを変えてくるなんて。まるでなにかしてほしいことでもあるみたいだな?」


「ガマンしないで早くいえばいいのになあ」

「ガマンしないで早くいえばいいのになあ」

「うふふふふふ」

「あははははは」


 俺たちは笑顔で牽制しあった。

 笑顔の奥で様々な策謀がうごめいている。


 本題には入らない。

 まだまだ今日ははじまったばかりだからな。

 今のところは伏線を張っただけ。

 唇に意識を向けさせることで、これからの展開を進めやすくしたんだ。


 しかしそれは相手からの攻撃も食らいやすくなるという諸刃の刃でもある。

 だが、勝つためには避けて通れないリスクだ。

 似た者同士の俺らは、相手の考えていることもわかる。


 そう。勝負はこれから。


 俺たちの「キスガマン選手権」はここからはじまるんだ。

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