第3話 聖獣の卵



 ――これは、夢か現かそれとも幻か……?


 眠気も吹っ飛ぶ異常事態に、混乱しながらも必死に考える。


 確か、終電ギリギリまで残業させられて最終電車に乗ったところまではいつも通りだった。


 それが、電車のなかで少しだけウトウトとうたた寝をして、人の気配にフッと起きると様子が一変していたんだった……。


 なぜか電車と俺以外の乗客は何処かに消えるわ、真夜中近かったはずが明るい日差しが射す外にいるわ、凍えそうな冬の寒さが無くなって初夏のような気温になっているだわで、訳が分からない。

 まるで眠っている間に、見知らぬ場所にいきなりワープしてしまったような……?


 想定外の出来事にパニック寸前である。まさかこれ、お手軽に異世界転移しちゃったとか言わないよね!?




 俺が目を覚まし、現状確認のために立ち上がってキョロキョロしだすと、更にザワつき出す周りの人々。

 だがすぐに、理解できない状況に呆然と固まり動かなくなったのをみると、様子を伺っているのか段々と静かになっていった。


 周りの空気が落ち着くと、徐々にこちらも冷静になってくる。


 これだけ人がいるんだし、何か事情を知っている人がいるかもしれない。聞いてみるか? だが、このカラフルな髪色の人たちに果たして日本語が通じるんだろうか……それに、何をどう聞けばいい?




 沈黙し続けていれば何も始まらないのは分かっているが、どうしたものかと途方に暮れ、無言で見つめ合っていると……。


「ハイハイちょっとごめんよ、通してくれ」


 一際よく通る男性の声が聞こえてきた。


 ――え?


 今の声! はっきりと言葉が理解できた!? 自慢じゃないが、俺は日本語しか喋れないから聞こえてきたのは日本語で間違いない!


 と言うことは、やっぱりここは日本なのか? じゃあこの、ファンタジー小説の中の人ような服を着ている彼らはいったい……? 


 更に混乱してきたが、甲冑を着こんだ騎士のような格好をした人が人混みをかき分けつつ近づいてくるので、唖然としてばかりもいられなくなった。

 うわぁ、この人大きい。それに剣帯しちゃってるし……甲冑といい本物なんだろうか? ちょっと怖いかも。


「驚いた。突然、辺り一面が光ったというから来てみれば……聖獣の卵持ちか。ってことは神殿関係者なのか?」


「え、聖獣の卵? 神殿?」


 なんだなんだ、なんだか知らない単語がいっぱい出てきたぞ。


「ほら、頭につけてるそれだよ」


「え」


 な、な、何だってぇ――――!?


 そんなものが俺の頭の上にあるわけない……。


「……って、うおぅっ、あった!」


 慌てて頭を触って確認すると、丸くて温かいものがてっぺん付近にくっついてた……嘘だろ、おい。

 自分では今、直接見えないし重さも感じないけど、片手で包めるほどの小さなものに触れられる。これが聖獣の卵、なのか? 取ろうとしても引っ付いたままで全然離れないんですけど!?


「なななななっ。ど、どうして!?」


「まあまあ、まずは落ち着いてくれ。それ、取ろうとしても、生まれるまでは無理だぞ。 最初にくっついた場所から動かせないらしいからな。そのままにしておくしかない」


「マジでか」


「なんだ。知らなかったのか? で、あんたはどこから来たんだ? 通報してきた人の話では、光とともにどこからか突然、現れたって話だが」


「何だそれ……。それは俺が一番、聞きたいです……」


 もう本当、何が何だかわからない。だがこれで、ここが地球じゃないことは確定したっぽいです……。







 腰に剣を差し軍人みたいな格好をした男性は、アルフレッドと名乗ってくれた。この地区の警備を担当している騎士らしい。俺の名も聞かれた。


「圭一と言います。よろしくお願いします」


「おう、こちらこそよろしく。へえ、ケイイチか。変わった響きの名だなぁ。よし、ケイイチ。 色々聞きたいこともあるがまずは一旦、神殿に行くぞ」


 とりあえず、いつまでもここに突っ立っている訳にはいかないので、移動することになった。聖獣の卵の件は神殿が担当しているらしく、詳しい話はそちらでと言われたのだ。


「分かりました。お願いします」


「おう、こっちだ」


 彼が一緒にいてくれたので、興味津々の人々から痛いほどの注目をビシバシと浴びながらも人だかりを抜け出し、無事に公園から出る事が出来た。







 神殿に着くまでの時間を利用して、状況確認のために色々と質問された。


「成る程、ニホンからねえ? 聞いたことないなあ。その電車とかいう乗り物なら、呼び名は違うが似たようなのがこっちの世界にもあるんだがな。俺は見たことはないが、魔石で動く魔動列車っていうのが隣国にあるらしい。で、それに乗っていて、気が付いた時にはあの公園に座っていたと」


「はい。信じてもらえないかもしれませんが、俺も今さっき気づいたばかりで、説明できる事も無いと言うかむしろこっちが聞きたいと言うか……」


「そうなのか。う~ん……パッと見た感じだと、何か特定出来そうな物もなさそうだしなぁ。その奇妙な服は初めて見るが……強いて言えば貴族が着ている服に似ているか?」


「これですか? これは普通のスーツなんですけどね」


「スーツ?」


「ええ。大人の男の仕事着というか?」


「……やっぱり聞いたことがないな」


「そう、ですか……」


「まあそう落ち込むな。神官さんなら何か知っているかもしれないからさ」


「はい、ありがとうございます」


 慰められてしまった。見知らぬ世界に来て不安でいっぱいだったけど、 最初に話しかけてくれたのがアルフレッドのような良い奴でよかったよ……。




 一緒に歩きながら、今度は彼が自分の事を色々と話してくれた。昨年結婚して娘が生まれたばかりらしく、可愛くて仕方がないらしい。


「圭一は結婚しているのか? あ、まだなのか。いいぞ結婚は」


「はははは……」


「俺は今、嫁と娘の為に生きているんだ」


「はぁ。そ、そうですか……」


 アルフレッドは、金茶色の髪に青の目をした細マッチョのイケメンで、悔しいけど同じ男から見てもかっこいい。見るからにモテそうだし、結婚しててもおかしくないよね……。ふんっ、べ、別に羨ましくなんかないし!?


 まあ、その爽やかイケメン君が幸せオーラを撒き散らしながら、いかに嫁と娘が素晴らしくて愛しい存在かを、隣で延々と語ってくれちゃっている訳で……。


 うん、いい話だと思うよ。いい話だけど彼女いない歴年齢の俺には、リア充のキラキラ感は眩し過ぎてキツイですっ。もう泣いてもいいかな、これ!?




 いい加減魂が抜けかけたころ、ようやく神殿に着いた。


 おおっ、ナイスタイミング! さすが神様、ダメ元で苦しい時の神頼みをしてみた不心得者の望みを叶えてくれた!? ボッチの尊厳を救ってくれてありがとう!


 それはともかく、荘厳な雰囲気の建物を想像していた神殿だが、予想と違って案外質素な外観だった。木造二階建ての素朴な雰囲気で好感が持てる。


 扉は開かれていたので早速中に入ると、取り次ぎの人が入り口で控えていた。

 アルフレッドが話を通してくれて、神官さんが出てきてくるのを待つ事になるみたいだ。


 礼拝用なのだろうか? 木製の長椅子がズラズラと並んでいたので、勧められるまま適当な席に二人で座っていると、さほど待たずに奥の扉から一人の男性が出てきた。彼が神官さんらしい。


「お待たせしました。そちらの方ですか」


「ああ。少し訳ありでな。聖獣の卵付きだし、保護して連れてきたんだ」


「御苦労様です、アルフレッド。 初めまして、ケイイチ」


「初めまして神官さん。今日はよろしくお願いします」


「はい、こちらこそ。神殿の知識がお役に立てれば幸いです」


 どうやら二人は知り合いらしく、俺に質問する前に、先程アルフレッドに話したばかりの今までの事情を伝えて話し合っている。


「さて、では早速ですがもう少し詳しくお話を伺いましょうか」


「はぁ、と言ってもさほど話すことはないんですけど」


 アルフレッドが話したのと同じような内容をもう一度して、その上で改めて聞かれたことにポツポツと答えていたが、すぐ説明し終わってしまった。




「……なるほど。分かりました。多分、あなたは世界と世界の狭間に落ちてしまったのでしょう」


「世界の狭間?」


「はい。こことは別の異なる世界、異界はたくさん存在していると言われています。原因は不明ですが、何らかの衝撃が加わると狭間ができ、人や物が落ちてくるのです。あなたのような人を、この世界では落ち人と呼んでいるのですよ」


「落ち人」


 アルフレッドは知らなかったが、神官さんは日本の事も知っていた。 神殿の資料には、過去に日本人が来ていた記録が残っているらしい。


 マジでか! じゃあその記録を調べれば、帰る方法とかも案外簡単に分かるんじゃないか!?





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