第2話 最終電車で寝るのは危険



 冷たい北風が吹く中、今日一日ダメージを受け続けて痛む頭と胃を抱えながら、疲れきった体を動かし、最寄り駅まで十五分の道のりを急ぎ足で歩く。


 さすがにこの時間になると人通りも少ない。ただ今日は金曜日だからか、コンパでもしていたらしい酒臭くてテンションが高めの若者達とすれ違う事が多かった。いいなぁ、楽しそう。


 そういや今の会社に入ってから、学生時代の旧友達と会う機会がグンと減ってしまった。

 同じ都内にいる奴もいるし、いつでも会えると思っていたけど案外お互いが努力しなければ会えないものだ。久しぶりにこっちから連絡してみるのもいいかもしれない。

 やっぱり、たまには気心の知れた連中とバカ騒ぎするのも、ストレスまみれの社畜には必要だよな、うん。




 辿り着いた駅で人気のない改札を抜けると、階段を登った先に吹きっさらしのホームがある。朝あった事故による混乱もとっくに解消し、待っている人も少なく閑散としているから、余計に寒々しく感じた。


 はぁ、今日は本当に疲れた。でも、自分で自分を褒めてやりたいくらい、めげずによく頑張ったよな、うん。

 周りから、呑気だのポジティブ思考だの打たれ強いだのと散々言われている俺だが、流石にアレだけ色々あると落ち込むんだよ。

 完全に厄日だったからなぁ。あり得なさすぎる事の連続で、今日が金曜日で明日からの土日が休みじゃなければ精神的に乗り切れなかった……。




 でも、何もかも上手くいかない散々な一日も、これでようやく終わった。後はもう、電車に乗って家に帰るだけだし、ここまできたらさすがに何も起きないだろう。

 そう思うと安心感から、少し気分も浮上してくる。帰ったら気分転換に、何か楽しいことをしようという気にもなってきた。


 どうする? 少しネットサーフィンをしてから、読みかけの本を読むか。それとも撮り溜めた映画を見るか。

 いやいやその前に溜まっている洗濯物と部屋の掃除をするべきか? 独り暮らしは自由もあるけど、やることがいっぱいで案外大変なんだよな……。


 実家にいた時は、母がやってくれるのを当たり前のように享受していたけど、快適な空間を維持するのがこんなに大変だとは思わなかった。一人暮らしを始めてから、そのありがたさがよく分かったよ。恥ずかしいから直接言った事はないけど、感謝している。




 寒さに耐えながらも、帰宅後のお楽しみを考えて気を紛らわしながら待っていると、アナウンスが流れた。時間通りに最終電車が滑り込んで来たらしい。


 早速車内に乗り込むと、パッと見で仕事帰りのサラリーマン以外の割合がいつもより多そうだった。まあ、座る分には苦労しない程度だから誤差の範囲だけれども。


 最寄りの駅に着くまでは四十分程掛かる。疲れているせいで座るとすぐに睡魔が襲ってきた。

 停車する度に少しずつ乗客が下車していき、車内がいっそう静かになっていく。冷えきった体が温まってきて、いよいよ睡魔に逆らえなくなる。


 心地よい揺れに身を任せ、カタンコトンと鳴る音を子守唄がわりにスコンっと眠ってしまった。







 ――んっ?


 急にざわざわと人の声が聞こえてくる。


 珍しく騒がしいけど金曜日だし、飲み会終わりの団体客でも乗ってきたのか? 先程まで電車の中は、静かだったはずだが。

 それに、何だか暖かいを通り越してじんわりと汗ばむ程、暑くなってきたような? 暖房を効かせすぎだろう。コートを着たままだと逆に風邪を引きそうだ。


 仕方がない。もうすぐ降りるけど、一旦コートを脱いでしまおうと渋々目を開けてみると……。


 ――えっ、ま、眩し過ぎる!?


 なんだこの予想外の眩しさは……ああ、太陽か……。


 って真夜中に太陽? 嘘だろ、どうなってるんだ!? 


 も、もしかして俺ってば、大幅に寝過ごしちゃったのか? 慌てて立ち上がると周りのざわめきが大きくなったような気がするがそれどころじゃない。


 と言うか、もっと何かが……変だ。




 ――まず、電車がないだろ? 


 その時点でもう変だが、たった今座っていたのも冷たい石のベンチだったような? 違和感の正体はこれか! 


 って、イヤイヤ何でだよ? おかしいだろ!?


 寝起きの頭は上手く働かないし、疲れ目のせいか、あるいは頭をぶつけすぎたせいか知らないけど、太陽が二重に見えた気もするがそれも今はどうでもいい。そんな事より電車だよ電車、どこ行った?




 周りを囲んでいる見知らぬ人々が全員、こっちを見ながらヒソヒソしてくれちゃってるんだけど、自意識過剰じゃないよね。明らかに俺を見て指差しているよね。と言うかあんた達こそ誰ですか?


 変な服着てるし、その顔の彫りの深さや、金髪や茶髪はともかくピンクや緑、果ては青の髪色をしたおじちゃんやおばちゃんは、いったい何事。俺以外の乗客が全員、年齢層高めの外国人コスプレイヤーって事はないだろうし……。


 と言うことは、一緒に乗ってた筈の人達は何処へ消えたんだ!?


 焦ってキョロキョロと周りを見渡してみても、他に日本人らしき人がいない。

 いつのまにか野外で、緑いっぱいの公園みたいな所のベンチに座ってたらしい事は把握できたけど。


 ――うん、把握したけど益々分からなくなったよ……ヤバいっ、これどうしよう!?





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