俺が彼女を嫌いな理由

鳴桜宵

第1話

『立花渚さん。私の名前は柊野乃花です。私も猫が大好きです』


 戸棚の隙間にキレイに畳まれた一枚の紙切れを見つけ、俺はふとほくそ笑んだ

 数ヶ月前に、家のポストに入れてあった一つの手紙。

 文面は以下の通りだが、俺は不審がる事なくその手紙の相手へと返した。

 確か、書き記した内容は……。


『どうして俺が立花渚だと知っているんですか? どうして俺が猫好きだと知っているんですか?』


 と記入して送った覚えがある。

 今思えば、何故俺はこんな文面を書いて送ってしまったのか皆目見当も付かない。

 しかし、欲を言えば……暇だったからである。


「渚くん? どうして笑っているんですか?」


 と、俺の背後から顔を出した本人。

 柊野乃花はそう言った。


「ああ、柊との最初の文通を読み返してたんだよ」

「ちょ、ちょっと……恥ずかしいですから見ないでくださいっ!」


 慌てた柊は俺の手紙をサッと取り返し、ムッと頬を膨らませた。


「いいだろ別に? 昔の事なんだから」

「そうですけど……。ダメなものはダメなんです!」


 強情を張る柊に俺はやれやれと言わんばかりにため息を漏らす。

 こうして仲良くなれたのも、文通をしたからだ。

 していなければ、今頃俺はこの部屋一人。いつもと変わらない日々を送っていたに違いない。

 いいや、たとえ手紙が届かなくとも、きっと俺は柊と話していた。


「わかったよ。好きにしてくれ……。それで、今日は何処に行くつもりだ?」


 今日は日曜日。

 休日だというのに、朝から柊は俺の家に来るなり手料理を作ったり、部屋の掃除をしたりと……。

 忙しい日曜だ。

 しかし、今日の柊はいつもと違う服装で、それは何とも言えない可愛らしさであったが……。

 俺は、彼女が嫌いだ。

 別に、特別嫌いというわけではない。単純に、苦手なだけである。


「そうですねぇ……」


 柊は考える仕草をする。

 相変わらず、仕草といい声といい顔といい……。

 何もかもが可愛いい。

 が、本人には決して言うまい。

 言ってしまえば、きっとこの関係は続かないだろう。

 俺が求めている柊との関係性は、恋人などではなく話し相手である。

 毎日の様に一緒にいても、決して柊が好きなどという感情は一切持たず、ただ俺は柊とこうした毎日を送れるなら、それでいいと満足してしまっているだけなんだ。

 だから俺は何も言わない。

 と、俺が思考していると、柊は何かを思いついたようで……。


「せ、せっかく二人なんですから……今日は家で話でもしませんか?」

「……は?」


 柊は顔を紅潮とさせていた。

 家で話? は? 何言ってる?


「話なら今してるだろうが……」

「そ、そういう事ではなくて……。え、えっと……私といちゃいちゃしませんか?」

「……」


 突然の言葉に絶句した俺は、頭を抱えた。

 いやいや急に何言いだしてんの?

 いちゃいちゃ……?

 はあ?


「……それは恋人同士がやる事だろ? 俺と柊は恋人じゃないだろ?」

「むぅ……、じゃあ私の恋人になってください」

「……っ今答えなきゃダメなのかそれ?」

「ダメです。答えてください」


 徐々に不機嫌になりつつある柊の機嫌を取るには、その答えを言えばいいだけのことだ。しかし、回避できない。

 柊がこうなってしまうと、手が付けられん。


「じゃあ変えます」

「ああ、なんだ?」

「私の恋人ですよね?」


 え……、それは……。

 強制的に恋人にされたんですが……。


「それは違う」

「……渚君は私とどうなりたいんですか?」


 赤くなった頬は無くなり、不機嫌な顔つきになった柊に少しばかりの恐怖を感じた。

 やっぱ女の子って怖いわ。

 瞬間にそう思ったものの、俺が何と言おうと言い聞かせてくる柊には敵わない気がする。

 だが、俺自身にも主張というものはある。


「俺はただ、この関係性が続くならそれでいい。それ以外には何もいらない」

「……そうですか。この関係がいいんですか。そうですか、わかりました」

「ん? 今日はいつもよりガッツかないんだな?」

「私も女の子ですよ? 時と場合によってはそういうこともします。もちろん、いずれ渚君を振り向かせてみせますから」

「ああ、そうか。頑張ってくれ」


 なんとも冷たい言葉だろうか。

 男なら喜ぶべき一瞬に、俺という男は冷めてる。

 が、そんなところが柊に好意を向けられる理由なのかもしれない。


「渚君……」

「なんだ……?」


「大好きですよ」


「……俺は君が嫌いだ……」

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俺が彼女を嫌いな理由 鳴桜宵 @Simotsuki-Izayoi

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