後ろの方では同行していた女性陣がお喋りをしていた。先輩と王女殿下はもともと仲が良かったようであるが、アリアンヌまでこのお喋りに参加している。まるで姉妹であるかのようだ。

「ねぇ、シャル君、せっかくだし踏切のところでも行こうよ」

 先輩が突然言い出した。特段女性陣の話に興味がなかったので、僕は全く話を聞いておらず、一体踏切がどうしたのだろうとしか感じなかった。

「ほら、菜の花が綺麗に咲いているところ、あそこ。綺麗な景色だから絶対行ったほうがいいでしょ?」

 僕が今ひとつピンときていなかったのが先輩にも伝わったようで、先輩がすぐに補足してくれた。

 ああ、昔からアルノース家に仕えてくれている方が管理している菜の花畑のことか、あの花はもともと見せ物で全く無くて、燃料として菜の花から油をとっていたんだよな。今ではあまり使われなくなって、本当はやめてしまいたいけれども菜の花を線路が横切っていて、これがなかなか景色が良いと観光客が来るためにやめようにもやめられないと昔ぼやいていたのを思い出す。

 でも、菜の花って春では?

「先輩、まだ菜の花が咲くには早いですよ。もっとあったかくならないと、菜の花が咲いたらまた行きましょう」

「違うのシャル君、人の話聞いてた?」

 先輩に怒られた。ごめんなさい全く聞いていませんでした。

「殿下とアリアンヌさんは普段王都から出ることがあまりないし、ましてやアルノース領なんて滅多にこないのだから、殿下が王都にお戻りになる前に連れて行きたいのよ」

 なにを無茶なことを言い出すのだろうか。いくら先輩の指示とはいえ菜の花は簡単には咲いてくれない。菜の花は菜の花で、自分で生きているのだから。


「ジャンヌ、そう無茶を言いなさんな、なに、簡単な話ですわよ。菜の花が咲くまで私がここにいればいいのです。どうせ父様……国王陛下はお亡くなりにでもなられたのでしょう。だったら私は『傷心』とか『トラウマ』とかなんとか言っておけばずるずるとここに居続けられますわ」

「なんたる名案! 殿下、ぜひそうしてください。菜の花畑を見ずに死ぬことは出来ませんよ」

 どうも本来当事者であるはずの僕がおいてけぼりにされているように感じる。ていうか、暖かくなるまで王女殿下がウチの屋敷にいるって……使用人が精神的にもつかしら。ウィレムなんてただでさえ体が最近悪いのに王女殿下がしばらく屋敷に滞在して、しかも失礼のないようにしなければならない、何かあったら責任を負わされる執事という立場。僕だったら間違いなく気が狂うね。まあ、当の王女殿下ご本人が乗り気なのだから僕にはもうどうしようもないのだが。

 突然肩に手をおかれた。誰かと思って振り返ると、フィガロ大尉だった。

「シャルル少尉、安心しなさい。私は一晩の宿だけ頂いたら、明日には一旦王都に戻る。それから状況を確認して電話を入れる。そうしたら私は……せいぜい地元でゆっくりとするさ」

「……助かります」

 これでフィガロ大尉も居座るとか言い出したのなら、間違いなく僕は全員まとめてロミュ領の先輩のご実家に送り込んだだろう。



 基本的にアルノースの街……というか集落? は昔のそれが今でも残っている。人々は教会の周りを取り囲むようにして家を建て、それが一つの街となっている。そこは基本的には平民の空間で、我々領主の一族はこの街から少し離れた場所に代々屋敷を構えている。屋敷の周りには畑が広がっていて、そこを農民たちが耕し、そして税を取る。昔ながらの体制だ。だからこそさっき王女殿下は懐かしさを感じたのだろう。我々は直接屋敷に向かっているので、今のところ街へと向かう予定はない。まぁ、王女殿下が言い出すかもしれないが、さすがにそれは全力で止めるだろう。

「殿下、見てください、あの丘の上がアルノース家の屋敷です」

 先輩……さも、我々の身内であるかのように言わないで欲しいです……確かに先輩とは縁戚で幼馴染みの関係ではありますが、「あそこが屋敷です」とか言って領内を案内されるほどの人間ではあなたはないでしょう。

 僕は抗議の目線を先輩に送るが先輩はどこ吹く風の様子である。むしろ「自分の領地くらい自分で案内しなさいよ! シャル君が全然話しないから私が代わりに話してあげてるのよ! 感謝されても抗議されるいわれはない」と目線で伝えてきた。全く昔から……この人は。


 ふふふふふ


 思わず笑みがこぼれる。先輩がにらみつけてくる。まぁいい、ほんの少しの嫌がらせくらい許されるだろう。

 そしてこれから先輩の嫌いな坂道である。今回は車を用意していないから普段通りに楽に上がれるわけではない。え? 先輩も軍人だろって? 先輩はね、坂道があったら魔法で地形を変えてしまうんだ。いや、地形を変えるというのは言い過ぎか。坂を無理やり可能な限り平坦にする、あるいは飛行魔法の力で空を飛んで一気に坂の上まで移動するのだ。飛行魔法なんてとてつもなく難易度の高く、また魔力を大量に消費する魔法であるにも関わらず、先輩はそれをさもペンを扱うかのように普段使いし、自分の足で歩いてÀ pied 坂を上がるという概念がまるで存在しない。魔法で上がるにも、王女殿下を放っておくことなどできようもない。

 ふふふ、勝ったなこれは。


 僕は勝ち誇ったような顔で先輩の方を振り向いた。すると先輩も勝ち誇ったような顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る