第2話 目覚める龍人




 手を伸ばす。

 届かなくとも、手を伸ばす。

 大切な、己の命よりも大切なそれに。


 …泣くなよ。泣かないでくれ。お前は笑ってる顔がいっちばんなんだ。

 だから、頼むよ。花のように、いつものように笑っておくれ…。


 俯き涙を流すその姿に耐え切れず、いたたまれず、胸が死ぬほど締め付けられて、ついつい懇願する。

 すると顔を上げて、震える唇の端をほんの少し上げて無理矢理笑顔を作ってくれた。

 泣き笑いのようなその表情。

 そんな表情しかさせられない己が情けなく、堪らなく悔しい。


 ごめんよ。


 もう、声も届かない。

 目覚めはすぐそこだった。






   ◇ ◇ ◇






 あーーー、良く寝た。

 気持ちの良い朝だ。陽光は輝き、さらさらと風に吹かれて木々のざわめきが聞こえてくる。


 んで、ここは何処だ?

 ……って言うか俺は誰だ?


 いやマジでわかんねえ。どうなってんだ?


 ふと下を視る。

 真っ裸だ。

 そこにトンデモねえ異常があった。


「おっ、俺のジュニアがっ、見当たらねえぞ!?」


 いやそこが重要か俺!? いやそれも重要ではあるのだけれども!

 俺の身体が……、何かの鎧かの様に、蒼みがかった白銀の鱗に包まれている。


 右手、その手の平を自分の目の前まで持ってきてみる。

 目の前で手を開いたり握ったりを繰り返す。


 思い通りに動いた。間違いなく俺の手だ。

 それと同時に気になるものが俺の視界に映っていた。


「何だこれは……? 抜け殻?」


 巨大な何か、自分を包むモノと同じく、蒼みがかった鱗と甲殻に包まれた何らかの巨大な物体。その抜け殻が自分の足元に転がっている。


 いや、何か、ではない。これ・・は知っている。知識にある。


「龍? ……いや、ドラゴンか……?」


 己の名も、今居るこの場所すら分からないというのに、何故そんな知識だけ存在するのかすら自分には分からないが、とにかく知っている。

 知っているのだが……、


(龍ってのが空想上の生物という知識ってのもある……。何だこの矛盾は)


 混乱しそうだ。

 強靭な四肢に背中から生えた巨大な一対の翼、長く伸びた首に数本の角を持った爬虫類に似た頭部。間違いなく知識にある龍というものだ。


 それが自らの足元に伏し、その背中が盛大に裂け、中身がすっぽりと抜けている。

 そして、その背にある裂け目の中心に立つ自分。


「……え? こン中から出て来たのって……俺?」


 そんな事を茜色に輝く龍鱗を視つつ思う。


 ……茜色? 蒼みがかった白銀じゃあなかったか……?


 不思議に思い、まざまざと見詰めるとその茜色が段々と紅色に変わってくる。

 更に、紅どころか最早真っ赤、それどころか黄色みすらかかってくる。


(これはひょっとして……光を受けて輝いているのか?)


 まじまじとその変化を眺めていると黄色が更に白化する。

 そこでふと空を見上げると、無数の火の塊が空から無数に、それこそ雨の如く降り注いでいた。


「なんじゃこりゃあああ、流星の雨とか世界の終りかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」




 ドコドコドコドコドコまるで自分を狙ったかのように落ちてきた巨大な火の玉を、頭を抱え、眼をぎゅっと瞑ってひたすら耐える。

 耐える、というかそれ以外取れる行動など無い。


 死んだ、としか思えなかった。当然だ。落ちてくる燃えた塊が当たろうが当たるまいが死ぬ。そう思っていた。

 が、奇跡的に俺の近くには落ちなかったのか、数分、いや実際には事故に遭った人間が一瞬を何時間にも感じるアレだったのか数秒だった可能性もあるのだろうが、とにかく俺が感じた時間でいうと数分間の流星の雨あられが終了すると、俺はまだ無事に生きていた。


 恐る恐る眼を開け、周りを見回すと景色が一変していた。

 林の中に隠れる人の手の一切入っていない湖畔のような美しい情景であったのが、完膚なきまでに破壊された焦土と化していた。

 湖畔のあった場所に水瓶が存在していた証などまるでなく、木々は根こそぎ消滅したのか影も形も残っていない。熱で赤茶けた大地と岩場が広がっているだけだ。


 何故こんな地獄絵図の中で自分の周りだけ無事なのか、と視線を下ろしてみたが、これまた何故か足元の大地も他の焦土と何ら変わりがない。


(……え? 俺運よく生き残ったワケじゃあないのか……?)


 だが、そんなふうに悠長に考えを巡らせていられたのはそこまでだった。


 虫の知らせとか、そんなんじゃあなく、俺の中に警鐘が鳴った。途端に周囲に視線を走らせると、流星が落ちてへこんだクレーターの中心部が盛り上がり、その中から人の骨・・・が飛びだして来た。


(なんだあれ……。スケルトンの……大軍!?)


 一体だけではない、形成されたクレーターの数だけ、埋まった流星の数だけスケルトンが発生していた。無茶苦茶な数だった。軽く数えても100体は下らない。

 それが恐怖映画さながらに迫って来た。

 いや、まさに恐怖映画そのものだ。

 しかもそのスケルトンどもは手に手に武器を携えていた。剣や盾、ハンマーや槍など種類も豊富だ。武器博覧会の様である。

 だが残念ながら武器博覧会ではないらしい。

 飾ってくれれば良いものを、奴らは俺に振るってきた。


「うわあっ!?」


 ガツンッ!!


 碌に防御もとれずに腹、しかも鳩尾みぞおちぐらいに槍をもらったと思う。

 が、何の痛みどころか衝撃も殆ど無かった。ただ槍が何か硬質なものに弾かれた様な音が周囲に響いた事だけが攻撃を受けたことの証明だった。


 効かない。だが、その事に安心する間も何故襲われるのかも考える時間も無く、他のスケルトンたちに見る見る取り囲まれ矢次早に攻撃を受ける。


 ガギゴゴガガンガガギギキンッ!!


 次々とスケルトンたちの攻撃が俺に振るわれる。

 今度は流石に両腕で頭だけは防いだが、やはり先程と変わらず痛みは全く無い。ただ、衝撃だけは受け続ける。衝撃というより振動に近かったが。


 とはいえ、痛みは無かろうが100を超える人骨の大群にずっと攻撃を続けられるのは凄まじい恐怖だった。

 最早、視界は人骨しか映らない。


 この状況を何とかすることは出来ないのか。

 焦燥も怒りも戸惑いも恐怖もないまぜになった感情の中、何かが俺に語りかけた。


『『記録映像アーカイブ』を起動するのだ』


 ―――『記録映像アーカイブ』?

 何だかわからないが、俺は無我夢中で起動したいと願った。

 すると、まるで俺の脳みその奥から引っ張り出されたかのような映像が瞼の裏に流れ出す。


 そこには筋骨隆々で巨漢のキャラクターが相手の攻撃を迎撃するために、不利な状況を一気に打破する必殺技が放たれていた。


 記憶には微かにあった。

 かつて自分が若い頃熱中した格闘ゲームだ。

 …若い頃?

 ……格闘ゲーム?

 なんだそれ?


 勿論、詳細なんて浮かんでこない。

 けど、さっき瞼の裏にまざまざと浮かんだ動きをそっくりそのままトレースすることが、今の状況を打破する事に繋がるとだけは、直ぐに分かったんだ。


 普通の人間の運動能力に適う動きじゃあない。

 だけど、何でか今の自分ならできる気がした。


「サイクロンッ・クロォーズラインッ!!」


 両腕をぶん回し、その勢いのまま、その場で力の限り高速回転した。ぶん回し過ぎて突風が巻き起こったのが分かった。

 俺の視点からだと突風だったのだが、後でよくよく考えてみると、竜巻ぐらい発生してしまったのかもしれない。


 何しろ、その一発で俺の両腕の届く範囲に居たスケルトンだけでなく、明らかな範囲外に居たスケルトンたちも粉々に砕け、弾け飛んだのだから。





 そこから数百キロ離れた地、山岳地帯の中心にある火山、その頂上にそれ・・は居た。

 まるで火山の火口から零れ落ちる溶岩のように紅蓮に輝く鱗に身を包む巨躯は、持ちあげていた首をゆっくりと下へと降ろしていく。


(私に出来る事はここまで……、後はあなた次第よ……)


 それ・・はドラゴンだった。巨大過ぎてヒトには討伐不可能と言われるほどの古き龍であった。

 龍は瞼も降ろす。その仕草が僅かに悲しげであったのを視る者はいない。


 そして彼女は再び微睡まどろみの中へと戻っていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

龍人の賢人 大虎龍真 @ootora-ryouma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ