小説一百三十六地獄臨終間近
「まずは、これを握って」
「え・・・こ、これって」
「さあ!握って!」
「い、いや・・・こんな太いのは・・・」
「昇天したくないのかっ!?」
「うう・・・」
「絶頂に達したくないのかっ!?」
「う・・・うむう、に、握ります」
わたしは、そのやや湾曲した黒の太い円筒を握り込んだ。
そして、かいた。
「まずは、『あ』!」
「ああああああああああああっ!」
「次に、『い』!」
「い、いぃぃぃぃいいいいいいっ!」
「そして、『う』!」
「うぅぅぅぅ・・・!」
「『え』!」
「ぇぇぇええええええぇぇぇ・・・」
「フィニッシュ!『お』っ!」
「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
五十の
チラシの裏に。
「はい!小説の基本中の基本!字を書くこと!まずはひらがなを徹底的に!」
「タカミネ。なんでこんなに太くて重い・・・ま、・・・ま、ま、・・・・・ま・ん・ね・ん・ひ・つ・を・・・『万年筆』を使わなきゃいけないのさ」
「力をつけるためだ!筆圧をつけるためだ!とにかく濃い字が読む者への説得力を生み出すのだ!」
これをファミレスの一番端っこのテーブルでやった。
3時間、ドリンクバーのみで粘りに粘って。
「空いたグラスをお下げします」
「邪魔するなっ!」
「ひ、ひいっ!て、店長!てんちょぉーっ!」
ウェイトレスが責任者を引きずってきた。明らかに関わりたくなさそうなその店長はそれでも義務を果たそうと必死だった。
「お、お客様。スタッフへのパワハラはおやめくださいますよう」
「それなのだ!」
「は、はい?」
「パワーが、必要なのだっ!ハラスメントほどのな!シック-T!」
「は、はい!」
「次はこの重さ10kgの特注ペーパーウェイトでチラシの裏紙を1000往復だ!」
案の定腱鞘炎になった。
「うう・・・もう、かけません、コスれません・・・」
「なんだあ?シック-T。男のわたしに逆セクハラか?」
地獄ではあった。
ただ、それが百三十六種類あるという地獄のうちのどの地獄なのかまったく理解できなかった。
翌日もまた同じファミレスの同じテーブルで地獄が繰り広げられた。
「速読特練100連発用意始めっ!」
「青巻き紙黄巻き紙赤巻き紙、東京特許許可局、隣の客はよく柿食う客だ、ガスバス爆発」
「詰めが甘い!もう一度!」
「青巻き紙黄まきまきまき・・・・」
仏の顔も三度までとはいかなかった。
「おう!ねえちゃんたちかい?ウチのシマのだ〜いじな金ヅルの営業妨害をしてるってのは?」
うわ。
反◯だ。
その◯社のおにいさんは、出来上がった紙原稿をこよりで綴じる1000本ノックの最中に、わたしの髪をわしっ、と掴んで顔を引きずり上げた。
「おうおう!どういう了見だ!」
了見、などとまるで文語文でも使わないようなセリフを口にする怖いおにいさんから目を逸らしながら、だけどタカミネは豪胆に怒鳴った。
「シック-T!今こそ特訓の成果を見せる時だっ!やれい!」
何を?
「おうおうおうおう!いい度胸してんじゃねえかよ!?」
ちょちょちょちょ、おにいさぁん!
ここはわたしを離してタカミネに突っかかるシーンでしょうが!
おにいさんはわたしの髪を離したかと思うと今度はわたしの顔がタコの口になるように両頬を思い切り挟み込んできた。
「ひててててて!」
「おらあ!このアマ!なんとか言ってみろ!」
「ははらほんはほほはれへはらひゃへへはいっへ《だからこんなことされてたら喋れないって》!」
「なに言ってんだあっ!」
ん・・・?
このおにいさん・・・
さては・・・・
「ほふほふ。ひひっへふへ」
「なんだあ!?」
おにいさんは思わずずるっ、と手を離す。
「ビビってるね!?」
わたしは右手に万年筆を、左手にペーパーウェイトを、ココロに花を持って、ここが命の使いどころだと判断した。
「でぇぇええええい!ハンマー・アンド・ネイル・ショォーーーット!」
「ぐわあああっ!」
わたしは万年筆のペン先を鋭い猛禽類の爪のようにして、ペーパーウェイトを重厚なハンマーのようにして釘を打つようにおにいさんの眉間に打ち込んだ!
「うぎゃあああああっ!」
おにいさんは、死んだ(ように机に突っ伏した)
「シック-T!私が教えることはもう何もないっ!お前は今すぐコンテストで大賞だあっ!」
「うおおおおおおおおっ!アホかああああっっっっ!!!!」
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