ヨコドラレタ・クライム

 電話の着信音がけたたましく鳴り響いたのは、亜紗美が簡単な夕食の準備に取りかかろうとしていた時だった。


「聞いて聞いて聞いてよ、あさみぃぃぃ! ねぇねぇねぇ、ねぇってばぁ、聞いてるのぉぉぉ!」


 亜紗美が電話に出るなり、これまたやかましい親友の怒声が聞こえてきた。昨日、今日と、二日も立て続けにケメ子が電話をかけてくるのは珍しい。とうとう会うのも面倒くさくなったのかこの子は、と呆れながら、亜紗美は通話をスピーカーに切り替えてテーブルの上へ置いた。


「今度は一体何なのよ?」


「あのねあのねあのねぇ! タケルが殺されちゃったのッ!」


 何を言い出すのかと思えば、昨日ニュースも見たし、ケメ子自身がそのことを私に伝えもしたのではないか、と亜紗美はうんざりした。


「アンタがやったんでしょうが」


「ちぃ、がぁ、うぅ、のぉぉッ!」


 亜紗美はいつもの流れが来ることを覚悟した。


「あさみはなんっっっにもわかってないッ! 何でわたしをわかってくれないのあさみわぁ! 親友なのに酷すぎるよぉッ!」


 通話口を手で軽く覆って、ケメ子に聞こえないように亜紗美はそっとため息をついた。もう本当に勘弁してほしい。


「わかったから電話でわめかないでよ。三半規管が潰れるって。これ以上喚いたら切るよ」


 毎度のことながら何で私はこの子と親友やってんだろ、と今度は自分自身に対して亜紗美はため息をついた。


「うん、わかった……サモハンってなぁに?」


「いいから」


 ケメ子は三半規管をサモハンと聞き間違えたらしい。


「じゃあね、じゃあね。どこから話すんだっけ。あ、あのね、ハカセ君に爆弾作ってって頼んだの」


「ハカセクン?」


「そう、ハカセ君」


 誰でもいいや、と亜紗美はなげやりに思った。


「でね、テレビのニュースを見てて、ハカセ君がやっつけてくれたと思ったの」


 ケメ子は猛がまるで悪の帝王だったかのような言い方をする。


「それで」


「でもね、違ったの。昨日あさみに電話したでしょ? その後にハカセ君から爆弾が今できたって電話がきたの」


「えっ?」


「だからハカセ君はまだ爆弾を持ってるの。だからね、ね? タケルをフッ飛ばしてくれちゃったのはハカセ君が作った爆弾じゃないの。昇天じゃなかったの」


 どっちみち熊橋猛は昇天したのだが、亜紗美はあえて何も言わないことにした。それよりも、と彼女は思案を巡らせる。ケメ子がやったのではないのなら、一体誰が熊橋猛を爆死させたのだろう。まさか警察が考えるように、これはケメ子とは関係の無いテロ事件なのだろうか。


「ねぇねぇ、あさみぃ」


 スピーカーから聞こえてきたケメ子の声で、亜紗美は考えを中断した。


「どうしようぉぉ」


「どうするって、何を?」


「だってタケルが殺されちゃったんだよぉ? わたしがフッ飛ばそうと思ってたのに許せないぃぃ」


 亜紗美は呆れ返りすぎて言葉も無い。長年ケメ子と親友をやっている亜紗美でも、彼女がどんな考えで生きているのかサッパリ想像がつかなかった。

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