ボウキャクノ・フレンド

「今度は死体遺棄事件か」


 部屋の壁に寄りかかり、遠野はぼんやりとテレビのニュースを見ながら独りごちた。猛の葬式が終わって一週間が経とうとしていた。葬式で高校時代の知った顔を何人か見かけたが、遠野は誰とも話しをせず、焼香だけを済ませてすぐに帰ってしまった。


 遠野があれから街をうろつくことは減ったが、相変わらずカズハとは何度か会っていた。何度目かの時にいつだったかの俳句を披露してみたところ、それは俳句ではなく川柳だとカズハに指摘されてしまった。見た目によらず変わった趣味を持っているんだね、とも言われた。


  はかなけき 命もろとも 初ガツオ


 今こんなことを考えてどうする、と遠野は自分に毒づいた。同級生が死んだことに、彼は今もって現実感をともなえずにいた。猛のニュースはあの一度きりで、犯人が捕まったとも真相がわかったとも報道されず、遠野はもやもやした気分を抱え続けていた。


「それでは、次のニュースです」


 アナウンサーが原稿を読み上げる直前、遠野の電話が鳴った。登録されていない番号が表示されている。


「はい、もしもし?」


「よぉ! まもる? 久しぶりだな」


 親しげな口調だが、遠野には誰なのか思い当たらない。


「っと、誰……ですか?」


 とっさのことでくだけた感じか丁寧にすべきか判断がつかず、どうにも歯切れの悪い返答となってしまった。


「おれおれ、ヨシヒサ。ハヤシヨシヒサ」


 ハヤシヨシヒサ? 一体どこのハヤシヨシヒサだ? 相手が名乗ったところで遠野にはまだわからない。


「中三で同じクラスだっただろ? バスケ部の、ほら、デカイやつだよ。身長があの時でひゃくななじゅう──」


「ヨシヒサ…………義久かっ! おぉ、懐かしいな」


 はやし義久よしひさ。遠野の頭に記憶が蘇ってきた。義久との付き合いは中学三年の一年間だけだったが、たしかに遠野は彼とよく遊んでいた。


「お前もひどいやつだなぁ。旧友のことをそう簡単に忘れるか、フツー?」


「わりぃ。どうした急に? 元気か? それよりお前、どうしてこの番号」


「一度にたくさん訊くなよ。とりあえずは元気だ。番号はお前の実家に電話して聞いた」


 つい数秒前までは誰なのかも思い出せなかったのに、相手がわかった途端、話したいことが次々と遠野の頭の中を駆け巡っていた。


「で、何だって? 金の無心むしんなら聞かねぇぞ」


「そんなんじゃねぇよ。聞いて驚け。同窓会の通知だ」


「同窓会?」


 なぜかはわからないが、遠野は何らかの新興宗教団体かと思った。


「おう。中学を卒業して今年がちょうど十年目だろ。困ったことにおれがみんなを召集する何ちゃら委員らしいんだよ」


「らしいってどういう意味だ?」


「おれは忘れてたんだけどさ、一組の飯田からうちの実家に電話があってさ」


「あのジュゴン似の?」


 飯田は目が小さくてのっぺりとした顔のやつだった。


「飯田がジュゴン似かどうかは知らねぇけど。って、何で飯田のことは覚えてておれのことは忘れてんだよ」


「さぁな。でもあいつの顔はツボだったなぁ」


「まぁ、いいや。とにかく、そういうわけでおれは中学時代の同級に電話をかけまくっているってことさ」


 一クラス三十人、いや、もっといただろうか? 義久の苦労を考えると、自分はその「何ちゃら委員」に選ばれていなくてよかったと遠野は思った。


「護。お前も来るだろ? 同窓会」


 遠野はしばらく考えた後、気が向いたらな、と曖昧あいまいな返事で答えた。

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