第16話 僕の(私の)好きな人


通信が切れた後、僕はどうしたらいいのかと悩んだ。

でも悩んでみたところで僕の混乱している頭では答えが出る気配なんてみじんもなくて、気が付けば休日なのに学校まで走り出していた。



冷静に考えれば、スマホで連絡をすればよかったんだ。



何も考えず走り出してしまった僕はスマホすら持っていなくて、後悔したころにはもう高校まで半分くらいの道のりを進んでいた。



どうして今まで気が付かなかったんだろう。



今思い返せば、そうとしか思えない出来事がたくさんあった。



球技大会の時、やたら動きが良かったってこともそうだ。

それに上位者闘争の打ち上げの時、好きだって言っていた本が同じだった。

歩き方も声も仕草も全部全部、

今思い返してみれば、どうみても岩里さんじゃないか。



多分岩里さんは僕より先に気が付いていた。

最近のおかしな行動は、きっとそのせいだ。



鈍感な自分が、嫌になる。



あんなに一緒にいたのに、あんなにヒントも出してくれたのに、僕はきっと失礼なことをたくさんしてきた。



早く会いたい。

とにかく早く会いたい。



早く会って、



   ―――もう一回好きだって、言いたい。




冴えないはずの僕の足は、人生で一番早いんじゃないかってくらい早く動いていた。ふと足元を見たら母さんが履いているダサいスリッパを履いていて、でもそんなことはどうでもいいって思えるほど、僕はただ岩里さんに会いたかった。



いつもシュウとゆっくり歩いて20分かかる道のりを、僕は10分くらいで走り終えてしまった。休日でも部活もあるってこともあって学校は開いていてひとまずホッとしたけど、学校に来たところで岩里さんに会える保証なんて全くなかった。



でもすべての通信手段を持ち合わせていない僕は、もう家に帰るかここで彼女を待つかしかすることがなかった。




それにこの学校で、彼女がいるとしたらあそこしかない。




制服も学校のジャージも着ていない僕はすごく浮いていたかもしれないけど、そんなこと全く気にすることもなく、僕たちが出会った、あの場所に向かった。




当たり前だけど、休日の学校には人が全然いなかった。

だからもしかして図書館に鍵でもかかっているんじゃないかって緊張してドアに手をかけたけど、幸いにもドアはすんなり開いた。

いつも静かだけど、生徒がいない学校の図書館は思っていたより静かで、今ならアレックスみたいに何の音でも拾えるんじゃないかって思った。




何も考えないまま走ってきたけど、どうして学校なんだ。

ここにいるはずなんてないじゃないか。



さっきまで一緒にゲームをしていたんだから、彼女は家にいるはずだ。

それに僕がペナルティになったせいでクエストも中止になっただろうから、シュウもミーシャも家で怒っているかもしれない。



そんなことは分かっていてもあの席を確かめるまで僕は帰るわけにいかなくて、おそるおそる、足を前に進めた。




いるはずがない。

待ち合わせもしてないのに、ここに、いるはずがない。




保険のためにも自分に言い聞かせてはいたけど、期待は捨てられなかった。




今、今すぐ、岩里さんに会いたい。




いなかった時の絶望を考えたら、ここで帰ってしまおうかとも思った。でも僕は篠田晶斗であり、ヒーロー・アレックスでもある。



こんなところで引き下がるわけにはいかない。



僕は心の中でようやく決心を決めて、最後の角を曲がった。






決意をきめた僕の目に次の瞬間飛び込んできたのは、あの席の後ろに立って窓の外を眺めている、輝いて見えるほどキレイな後姿だった。



色素の薄い髪とか真っ白でやわらかそうな肌が、太陽の光で眩しいほどに輝いていて、透けているようにすら見えた。この世に天使っているんだなと、本気で僕はそう思った。




いた。

ここに、いてくれた。



待ち合わせもしていないのに、打ち合わせたわけでもないのに、僕たちは同じ場所に集まった。


それは奇跡のような偶然で、でも僕はどこかでこうなることが分かっていたような気もした。





「ミーシャ…?」




消えてしまいそうなほど美しくて儚いその天使の後姿を消してしまわない様に、僕は出来るだけ優しく問いかけた。

すると岩里さんはふわっとこちらを振り返って、少し照れた顔で「うん」と言って笑った。



「ミーシャ、だったんだね。」

「うん。」



可愛すぎて、見ていられなかった。

目を合わせたらなにか魔法で殺されるんじゃないかと、思うほどだった。心臓は相変わらずうるさくて、もしかしたら図書館中に響き渡ってるかもしれないって思ったけど、もう聞こえてもいいって思った。



「えっと。ごめん。」



とりあえず、僕は謝らなくてはいけない気がした。

ミーシャは多分、"アレックス"のことを尊敬してくれている。だから本当は僕だって名乗り出ない方がよかったのかもしれないと、冷静な僕がそう語りかけてきた。



「ヒーロー像、崩して悪いけど…。

僕、本当はこんなさえないやつなんだ。」



僕は所詮、ヒーローではない。

ただの冴えない、男子高校生だ。



もしミーシャがリアルの僕もめちゃくちゃかっこいい人だって想像していたんなら、僕は登場すべきじゃなかった。そう思って謝ると、岩里さんはそのきれいな髪を左右に揺らして首を振った。



「あのね。」



うつむいている僕の耳に、透き通る彼女の声が響いた。



声もキレイとか、勘弁してほしい。



その声に思わず反応してゆっくり顔を上げると、岩里さんも照れた様子でうつむいていた。



「好きな人、いるっていったでしょ。」

「うん。」



岩里さんは一つ一つ言葉を選ぶようにして、丁寧に言った。

僕も同じように丁寧にうなずくと、うつむいていた彼女は今度はしっかり僕の目を見た。



「私の好きな人、

アレックス、なの。」

「え?!」



そんなことも知らず、僕は無神経なことも言ってきただろうし、それにこんな風に正体を明かしてしまった。

それならなおさら申し訳ないって思って「ごめん!」と言うと、岩里さんは「ううん」と大きく首を振った。



「違うの。」

「え?」

「アレックスのことが好きになって、

でもダメだって分かってながら、

篠田君にも…ドキドキしてた。

もしかしたら二人は同じ人なのかも

って思ってたけど、

はっきり聞けなくて…。

試すようなことたくさんして、ごめんなさい。」



聞こえるか聞こえないかくらい小さな声で、彼女は言った。



僕の幻聴なんではないかと思った。

でも確かに岩里さんはそこにいて、そして声を発していた。しっかりと現実を受け止めた僕は、これ以上のことを女の子に言わせるわけにはいかないって思った。



「ミーシャ。」



僕はさっき呼んだままの勢いで、彼女をそう呼んだ。



「あ、岩里さんか。」



でも今は岩里さんが正しいな。

いや、どっちなんだ?



「どっちでも、いいか。」



ミーシャでも岩里さんでも、どっちでもいい。

それは単なる呼び名でしかなくて、言うなればあだ名みたいなものだ。





「どんな形になっても、僕は、岩里さんが好きです。」





あのセリフを使って、僕はちゃんと目を見て言った。

明るくて社交的なミーシャであろうが、恥ずかしがり屋で優しい岩里さんであろうが、どちらでもいい。



ただ僕は、目の前にいる彼女のことが、好きなだけだ。



そう思って岩里さんの目を見つめ続けると、まっすぐ僕の目を見ていた岩里さんの白い肌が、一気に赤く染まった。

愛おしくて、愛おしすぎて、そのまま近くに駆け寄って抱きしめたい衝動にかられたけど、彼女がまた何かを言おうと息を吸ったから、僕はその衝動をグッとこらえた。




「えっと…。

私も、、、です。」





遠くの方から、部活をしている人たちの掛け声が聞こえていた。

図書館にはどこからか柔らかい風が吹いてきて、それがとても暖かくて心地よかった。


その空気も音もそして彼女がそこにいるってことも、全てが僕の感覚をくすぐって、僕はついに衝動を抑えきれなくなった。



そして次の瞬間、僕の足は窓辺にたたずんでいる彼女のもとに向かっていた。



もう顔があげられないってほど真っ赤になった彼女が、かわいくて仕方なかった。何回だって"好きだ"って伝えたくなった。


でもそんなことをしたら、岩里さんが爆発してしまいそうだ。

そう思った僕はうつむいている彼女の顔を覗き込んで、そのまま優しく、彼女の柔らかい唇にキスをした…













と、言いたいところだけど、そんなことは出来るはずがない。

だって僕は、ただの冴えない男子高校生なのだから。




彼女のもとに向かったってところまでは本当だけど、冴えない僕に出来たのは、かろうじて彼女の手を握るってことだった。



歪みエスパス。」



手を握った瞬間に、耳まで真っ赤にして照れた岩里さんが言った。照れ隠しで隠れたいって意味なのかもしれないけど、僕たちは手をつないでる。照れている彼女を見て妙に冷静になった僕が、「このままじゃ僕もついていくことになるよ」って言うと、彼女は固まった表情をやっと崩して、「ふふ」と笑ってくれた。


その顔がウルトラスーパーハイパー級に可愛くて、氷柱グラソンで凍らせて時を止めようかなと、出来るはずもない馬鹿なことを考えた。



―――to be continued,,,

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僕(私)、好きな人いるんで! きど みい @MiKid

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