迷宮創始者の憂鬱

唖魔餅

~アンドリューの憂鬱~

 人は誰もが心に秘密を抱えている。


 それはどんな偉大な人間でも矮小で卑屈な人間でもだ。


 その誰もが心に底知れぬ「闇」を抱え、上辺だけは綺麗に取り繕うにも心の真なる声は卑屈に利己的なことを考えているだろう。


 そう、人間とは上辺だけの存在なのだ。


 誰もが心にもう一人の自分を隠している。


 私は…そのためにこの迷宮を生み出した。


 私自身の欲を満たすために、己の闇を黒く満たすためにこの迷宮を生み出したのだ。


 迷宮はある種の治外空間だ。


 この世界には冒険者と呼ばれる「夢」という欲望を抱き、迷宮に挑んでくる。


 奴らには私という邪悪な魔術師を討伐するという大きな使命を抱きながらも、憎らしいロバート王が迷宮を制覇した暁には爵位と莫大な財を冒険者に授けるらしい。


 馬鹿馬鹿しい話だ。


 正義のためだの国家のためだと謡いながらも、どいつもこいつも結局は己の欲を満たすため、安い自分の命をのこのこと魔物共に与えているだけだ。


 迷宮は当然ながら深部に行くほど危険が多い。


 当然、哀れな匹夫共は哀れにも生まれてきた意味すら見出せず死ぬ。


 今のところ、ここまで辿り着いた冒険者は誰一人もいない。


 彼らは自分が死んで悲しむ人間がいないと思っているのだろうか?


 愚かにも少し同情してしまった。


 冒険者たちにも種類がある。所謂金銭関係だけで動く「悪」のパーティはわかりやすい目的のため、利害がなければ助けないし、好戦的ではない魔物でも「素材」が良いという理由で生かさないからわかりやすくてよい。


 腹が立つのは善のパーティだ。


 彼らは規律を重んじ、利害がなくても人助けする。ましては例え魔物でも降服すれば命だけは見逃す。


 善のやつらは口々に綺麗ごとを並べ、ロバートのクソッたれめの親衛隊になることを目標に迷宮に潜り込んでいる者共が大半だ。


 だからこそ、悪のパーティに比べてたちが悪い。


 だが、口先だけのやつらであるが、そんな迷宮に入ってしまえばこの通り。


 ドラゴンに火達磨にされ、グレーターデーモンには氷漬けにされ、仕舞いには罠に引っかかり、医師の中に閉じ込められてしまう。


 だからこそだ。


 彼らが魔物達から逃げ惑い、財宝に目がくらむところを見るとだな…。


 私は欲望に満たされるのだ。


 このために迷宮を抜け出し、国外逃亡を図らないのだ。


 言っておくが、出られないわけではないぞ!決して。


 私は己の欲望を満たすためにこの迷宮を生み出し、ロバートのクソ野郎の秘宝の謎を解くためにこの迷宮に作り出したのだ。


 そして、他人の「素顔」という「心の闇」を見るためにこの迷宮で自身の欲望を水晶の先から見ているのだ。


 その気になれば、魔法で抜けられるのだ。


 私が居る層の入り口にはご丁寧にも「よくぞ、ここまで来れた哀れな虫けら共よ!だが、貴様らが私のところまで来れるとは到底思えない。そこでだ、親切な私は偉大なるヒントをお前たちにくれてやろう。まっすぐ行って左へ行くと宝物庫があるそこに行って装備を整えるといいだろう。P.S くたばれ!ロバート」と書いてやったのだ。


 これこそが私の罠だ。


 この場所に行くと、何と迷宮の外へと追い出されてしまうのだ。


 ここまで辿り着いた百戦錬磨の冒険者でも今まで努力は水の泡と化すだろう。


 再び何日もかけて迷宮の深部まで潜らないといけないのだ。


 これは痛い。


 さらに私の居る魔術師の間にも罠を仕掛けてある。


 私はこの部屋には午前九時から午後三時までいないのだ。


 私はその時間しか邪悪なる大広間に出勤しないのだ。


 こっちは毎日出勤しているのだ。


 労働条件ぐらい自分で決めさせろ。


 このように私のかけた罠の成果もあり、ここまで辿り着いた冒険者は一人もいない。


 過去にこの部屋の前まで辿り着いた冒険者も数少ないがいたが、留守だったため誰も部屋に入って来なかった。


 部屋の前には不在通知書しかなかったのだ。


 かなり恐怖を感じた。


 だが、ここは最大の絶対安全地帯と言っていいだろう。


 私は今さっきまで思っていた。


 そう、この部屋に侵入者が入ってきたのだ。


 しかも、一人で。


◇◆

 侵入者はまだ二十歳にも満たない少女だった。


 私はその姿に思わず、固まってしまった。


 友好的な邪悪なる魔術師だ。見逃してくれ。


 従業員のバンパイアたち(年給銅貨100枚)もきっとそう思っているだろう。


 頼む、見逃してくれ。


 だが、そんな現実はあまくなかった。


 一瞬にしてバンパイアたちは蒸発した。


 パンパイアロードに至っては少女の美しさに魅入られて蒸発した。


 無能。


 だが、蒸発する彼らを尻目に私はろくでもないことを思いついたのだ。


 私は勇気を奮い立たせ、荒れ狂うロードの少女に鬼気迫る勢いでこう言ったつもりだった。


「あなたのせいでうちの従業員が全員死んでしまった!この責任どう取ってくれるのだ!そして、私に何が望みだ!」


 いや、私の首だろう。


 当たり前だがな。


 しかし、その少女は真っ直ぐに私を見据えて凛とした声で答えた。


「就職先」


「えっ?」


 邪悪なる私は思わず間抜けな声を出してしまった。


 いや、迷宮に潜っているだけでも結構な金銭を稼げると聞いたのだが…。


 だが、私も命が惜しい。


「年給銅貨…」


 その瞬間、少女は手にした剣で真っ二つにしようしてきた。


 私は慌てて漸減を撤回した。


「秒給金貨100枚だ!これで見逃してくれ!」


「乗った」


◆◇

 この日から哀れな邪悪なる私は大広間で社内ニートを満喫できなくなった。


 少女の戒律は善であった。


 当然、規律や道徳を重んじる性格であった彼女に魔物たちの統率を厳しくされ、私はロバートのクソッたれの秘宝の研究を強いられ、営業時間も午後三時までではなく午後五時まで延長された。


 くそっ、何でこんなことになったのだ!


 だが、だがしかしだな!


[先程8階の罠を仕掛けてきました。お昼にしませんか?]


 こういうのも悪くないと思ってしまった。


 私は冒険者の卑屈なところを見るだけではなく、この少女との対話も単純に楽しみになってきた。


 これはこれで幸せである。

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