鬱ならば撃つな

 病となった近親者たちを、わたしは蓋をして覆った。

 さするべき背中をさするのではなく、ぽん、と肩を叩いて遥か遠隔の病院へと送り込んだ。近隣者に知られぬように。


 1人の老婆がいた。


「そうか、そうか、よしよし」


 彼女はわたしがはるか遠く彼方の、お薬手帳に履歴が残ることすら恐れて近隣の人間が誰も知らぬドラッグストアを医療補助の指定薬局として申請したその場所で、わたしの息子の背を撫でた。


「お父さん」

「なんだ」

「僕の背中をさすってくれる人がいたよ」

「気まぐれだろう」

「ううん。その人はね、僕と同じように夜から朝にかけての間に目覚めて泣いている人たちにもひとりひとり、よしよし、って背中を撫でてくれるんだ」

「おかしい」

「え」

「その老婆はおかしい。正常な思考をする人間ならばそんなことはしないだろう」

「それは僕が正常じゃないから?」

「誰もそんなことは言っていない」

「じゃあ、なぜ」

「私にはそういう存在は必要ないからだ」

「・・・僕には必要だ」

「ならばその老婆の子になれ」

「・・・分かったよ、お父さん」


 息子は、今度こそ自分の意思で旅立った。


「さよなら」






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