テイマーは汚らわしいと言った竜騎士のせいで仕事を失ったけど、前世の記憶を取り戻した俺はテイマーが竜騎士の上位互換だと知っている

すかいふぁーむ

第1話

「マリト、お前はもうクビだ!」

「え……?」


 雇い主であるデレリド男爵直々の突然の解雇命令だった。


「さっさと出て行け」


 それだけ言うと、事の発端となった全身白金の鎧に身を包む騎士のもとに駆け寄っていくデレリド。


「ささ、大変失礼いたしました。竜騎士様はこちらへ」

「間違えるな。私はただの竜騎士ではない。専用個体持ちの隊長の1人だ。以降他の竜騎士と区別するためにも隊長と呼べ」

「これはこれは、大変失礼いたしました。隊長殿」


 でっぷり太った腹を突き出すようにいつも偉そうにふんぞりかえっていたデレリドが腰を曲げて必死に愛想を振りまく姿は滑稽だが、今はそれどころではない。


「クビ……? いきなり?」


 ようやく決まった住み込みの働き口だぞ……? しかも今日まで働いた金はどうするつもりだ。今出て行ったらどこでもらえるんだ? 


「絶対払う気がない……」


 それは困る。王都で金なし職なし住処なしは非常に困るぞ。

 俺みたいなしがないテイマーは働き口を見つけるのも一苦労なんだ。活動資金がないと一瞬で路頭に迷う。


「どうしてこんなことに……」


 とりあえず現実逃避のためについ先ほどまでの出来事を整理して振り返ることにした。


 ◇


「クゥー!」

「よーし、ちゃんと出来てる! 偉いぞ!」

「キュクッ!」


 男爵家の雑用係になって数日。ようやく仕事も慣れてきたところだ。


「ココは賢いなー!」

「キュク!」


 相棒のココを撫でる。ふわふわの毛の肌触りは抜群で、いつまでも撫でていたくなるもふもふ感だった。

 今でこそネズミのような、ウサギのようなただの可愛らしい生き物だが、元は立派な魔物。その能力は物体の重さを変幻自在に操る魔法で、冒険者を苦しめる存在だった。

 テイマーはそういった魔物を専門に取り扱う。一度テイムしてしまえばこうして、可愛らしいペットに様変わりするわけだ。


「お前がいれば物を運ぶ仕事はバッチリだな」


 庭先の重い土や伐採した草木を軽々持ち運びながらココと戯れていると、門の向こうに立派な竜車が止まった。


「竜……?」

「キュク!」


 翼のない地竜ではあるが、竜を使えるのは本当に一握りの上流貴族か、竜騎士団だけだ。

 当然ながら男爵に過ぎないこの家には竜などいない。なんなら馬車すら借りてきて使うくらいだった。


「……」


 降りてきたのは鼻先まで白い兜に覆われた長身の騎士だった。

 使用人として失礼のないように脇に避けて道を譲る。だが男にとっては視界に入ることすら気に食わなかったらしい。


「おい、貴様」

「はい……?」


 ビクッとなりながら応える。


「何だその汚らしい生き物は? この屋敷は魔物が出るのか?」

「は……?」


 思わずポカンとしてしまう。こいつ、テイマーを知らないのか……?


「おい。今すぐその目障りで汚らわしい生き物を――」

「これはこれは」


 男が言い終わる前に主人であるデレリドが現れた。助かったかと思ったが男の意識はまだこっちにあった。


「おい。この屋敷は魔物を飼っているのか?」

「はて……ああ、その男ですか?」


 デレリドがこちらを向いた。

 顔を見ただけでわかる。こいつ、俺を切り捨てて機嫌を取る気だ。


「お前はもうクビだ!」


 ◇


 うん。何度振り返っても俺に落ち度があるようには思えなかった。


 突然現れた竜騎士団の男にパートナーを汚らわしいと罵られ、それを聞きつけたデレリドが何を思ったかその場で解雇を告げた。


「いくらなんでも酷すぎる……」

「キュクー」


 同じように落ち込むパートナーのココを撫でる。

 絶対おかしい。竜騎士が偉いにしたってこんなのはひどすぎる。俺の仕事に不備があったならともかくだ、別に何もやらかしたわけじゃない。テイマーは確かに役には立たない劣等職かもしれないが、それでも決して汚らわしいと一蹴される筋合いなどない。

 あいつはあろうことか、俺の相棒を笑ってそういったんだ。


「くそ……」

「キュー」


 心配そうに肩に乗って顔を寄せてくるこいつのどこが汚らわしいっていうんだ……。竜に乗れるのがそんなに偉いのか。ましてや借り物の竜で……。


「ん?」


 なんだこれ?

 借り物? どこからそんな言葉が……?

 なんだこれ? 知らない情報が山のように頭に流れ込んでくる。なんだ……!? やめろ。やめてくれ。


「キュク! キュクク!」


 心配そうに肩を揺するココに大丈夫、と微笑みかけたところで、襲い来る情報量に耐えきれず俺は意識を手放した。


 ◇


 竜騎士。

 王国中の子どもたちの憧れであり、若者たちの夢、大人たちは羨望と尊敬の眼差しで見つめ、貴族や王族はその権威を持って他国に睨みを利かせている。

 竜騎士団に所属しただけで騎士爵と同等、隊長格であれば子爵以上の待遇が認められていた。

 騎士団の頂。戦闘職の最高峰。誰もが憧れる最強の称号だった。


「って、俺もさっきまで思ってたけど」


 竜騎士は誰にでもなれるわけではない。神殿や教会が適職と認めた場合のみ、特別な教育を経てなることができる。

 竜騎士のほか、職種を名乗るために神にお伺いを立てる必要があるものは勇者や聖女などがあるが、基本的には別に何をやってもいいんだ。

 ただ神殿が認めなければその職につけないものを特級職と呼んだ。


「何が特級職だ……笑わせるなよ……竜のご機嫌取りしかできないやつらが……」


思い出すとイライラしてくるな……。

竜騎士なんて偉そうにしているが、その実テイマーよりも何段階もレベルが低いやり取りしかできていない。記憶を取り戻した俺にとっては、間違いなく竜騎士こそ劣等職の雑用係だった。


「本物を見せてやろう。な? ココ」

「キュク―!」


 よくわからないという顔をしながらもキリッと可愛らしい表情を引き締めてココがうなずいた。

 意識が戻るまでずっと近くで俺を揺り動かしてくれていた相棒を撫でる。あの竜騎士と竜の間にそんな絆はないはずだ。


「なんだまだいたのか。とっとと消え失せんか」


 デレリドが先程の騎士を引き連れてやってくる。竜騎士は俺を見るなりそう吐き捨てた。

 デレリドもご機嫌取りに必死だ。


「申し訳有りません。すぐに片付けますので……」


 片付けると来たか……。まぁいい。もう別にデレリドに頭を下げて仕事を貰う必要もなければ、竜騎士に怯えて言うことを聞く必要もない。


「おい、お前」

「は?」

「ん?」


 白金の鎧を指差して言う。


「決闘だ」


 三者三様思い思いな表情を見せる。時が止まったかのような沈黙の後、口を開いたのは竜騎士、ギラムだった。


「貴様……身の程を弁えろ」

「わきまえてるさ。竜騎士は事実上貴族様と同じ扱いは受けるが、正式にそうではない。決闘は同じ立場でやり合うものだろ?」

「馬鹿なこと言うな! 仕事は失ったとはいえ命まで捨てるつもりか!」


 デレリドが叫ぶ。心配してくれてるような語り口にびっくりする。


「貴族なら知っているだろう? 立会人としてしっかり仕事を果たしてくれ」

「何を馬鹿な……! 今からでも遅くない、頭を下げて」

「もう遅い」


 騎士の鎧から膨大な魔力が溢れ出し身構える。焦ってはいけない。今は違う。


「おいおい。ここでやってもただの人殺しだぞ? 騎士様?」

「構わん」

「馬鹿だな。お前が構わなくても横にいるデレリドが困るだろうに」


 領内、それも目の前で殺人を見逃してなんの影響も受けないということはないだろう。


「それにだ。決闘と言っただろう? それともお互いベストな状況でやり合うのは不都合か? 負けちゃいそうで怖いか?」

「貴様……!」

「明日、せっかくならコロシアムでだ。せいぜいご自慢の専用個体とやらとコミュニケーションを深めておくことをお勧めする」


 流石に今ここでやり合ったら部が悪い。いやココの力をフルに活用すればいけるかもしれないが、わざわざ決闘を挑んだのはなるべく多くの人間の前でこいつをボコボコにするためだ。


「明日までの命、せいぜい大切にするがいい。逃げた場合はデレリド、貴様を殺す。いいな?」

「ひっ……必ず、必ず連れてまいります」

「ふん……」


 ズカズカと、これみよがしに整えられた庭を踏み荒らして進むギラムを見送った。


「どうするつもりだ?!」


 デレリドが俺の胸ぐらを掴んでくる。


「逃げないから心配するな」

「当たり前だ! だがお前はどうする!?」

「俺の心配をするなら仕事をやめさせるな!」

「馬鹿者! あそこで竜騎士に逆らえばお前の命など吹いて飛んだぞ! 命さえあればなんとでもなるだろうに……!」


 デレリドは本気で俺のことを心配している様子だったが、まぁなにはともあれ決闘に勝てば良いんだ。


「大丈夫。勝つから」

「立ち会いはするが……不正はできんぞ」

「それが聞けて安心した」


 デレリドが思いの外心配してくれているのが意外だった。

 勝って安心させよう。


 ◇


「これより、竜騎士団緑竜隊 隊長ギラム対、テイマー マリトの決闘を開始する!」


 大歓声に包まれるコロシアム。見れば賭けに興じる貴族たちもいた。大方の予想が竜騎士団の隊長が劣等職をなぶり殺すだけのゲームで賭けが成立するのかはわからないが……。


「なお、両者ともに従魔の参加も認める!」


 応えるようにギラムの緑竜が咆哮をあげた。コロシアムの盛り上がりは最高潮だ。


「少なくともその汚らわしい獣はなぶりころさなければ、この観衆は納得せんだろうなぁ?」


 脅すようにこちらへ挑発を行うギラム。言ってろ。


「いくぞ、ココ」

「キュクク!」


 凛々しく返事をしたココ。

 それを待ってから、デレリドが腕を振り上げる。


「それでは両者、準備はよろしいか?」

「いつでも」

「もちろん」


 緊張が走る。観衆も空気を飲んだように一瞬だけ静寂が訪れた。

 その瞬間を縫って、デレリドが腕を振り下ろした。


「はじめ!」

「ココ!」

「キュク!」


 先手必勝。ココのスキルは特殊だ。相手も一瞬は戸惑うはず。


「なにっ!?」


 予想通り。ココの力でを調整された竜騎士は、普段のコントロールを失って操縦だけで手一杯になる。


「よし……もう大丈夫」

「キュ」


 合図に合わせて戻した瞬間、無理やりコントロールしようとしていたギラムと緑竜の間に溝が生まれた。ここからがテイマーの本領発揮だ。この溝は物理的な距離以上の意味を持つ。


「テイム」


 緑竜に集中して意識を沈めこむ。これは傍からみれば一瞬の出来事だが、俺たちにとっては長い長い時間になる。


 《聞こえるか……》

 《これは……》

 《契約だ。俺に力を貸し、お前もまた俺から力を引き出せ》


 古から伝わるテイマーだけが持つ力。

 テイマーは弱い魔物を痛めつけて従える職業ではない。

 強い絆でつながるための術を持ち、その結果、お互いに力を引き出し合うことができる。つまり、テイマーと契約した魔物は力を増す。それが本来のテイマーの役割でもあった。

 いまの竜騎士が扱う竜でさえも、俺が前世の頃に契約した竜の末裔だ。だからこそ人に従う。野生の竜を手懐ける技術はこいつらにはないし、それどころか、こうして支配権を乗っ取られる始末だった。


「おい!? どうした! 言うことを聞け!」

「無駄だよ」

「貴様っ! 妙な真似ばかりしおって!」


 コントロールを失った緑竜が暴れまわり、ギラムを振り下ろそうとしていた。


「ぐっ……くそ……! トカゲの分際で調子に乗るなよ!?」

「それは悪手だなぁ……」


 焦ったギラムは竜を脅すように腰にかけていた剣を首元に突きつけた。それをみた緑竜がいよいよ愛想を尽かして本気で振り下ろしにかかった。


「くそっ! おい! なんでだ!? どうして!!!!」

「専用個体が聞いて呆れるな」

「くそぉおおおおおおお」


 それがギラムの最期の言葉になった。


「ぐふっ!?」


 緑竜がついにギラムを振り落とし、勢いそのままにギラムをしっぽで叩きつけた。ココの重力操作を使うまでもなく、人一人が倒れるには十分すぎる速度でコロシアムの地面に叩きつけられる。


「そ……それまで!」

「急げ! 救急班を!」


 無駄だと思うけどなぁ……。

 そもそも決闘で劣等職たるテイマーに負けた。しかも専用個体のコントロールができず自滅。愛竜に足蹴にされていて、ギラムに未来があるとは思えない。


「くそ……」

「悪運が強いのか、弱いのか……」


 ギラムはかろうじて息があったようだ。


「どうして……テイマーごときが……貴様……何をしたんだ?!」

「何を? テイムだよ」

「馬鹿な! 竜の扱いは我々竜騎士だけの……!」

「その土台を作ったのがテイマーだろう? でなければどうしてお前たちは自分で竜を調達できない!」

「それは……」


 押し黙るギラム。コロシアムを見上げれば各団長たちが冷ややかな目線を送っていた。俺にも、ギラムにも。


「借り物の力で偉そうにするな」


 見せつけるように緑竜が俺に寄り添ってくる。こちらも応えて頭を撫でてやると目を細めて喜んだ。


「わたしには……そんな表情」

「竜を道具としか見ていないようなやつに、こんな顔見せるはずないだろ」

「く……」


 それだけ言うとギラムは意識を手放していた。


 流石にこのまま緑竜を連れて行くのは竜騎士団も黙ってないか……。だが近い将来、あそこで偉そうにしている隊長たちも同じような目に合うだろう。

 もともとは俺がテイムした竜の末裔。言うことを聞いているのも当時の契約が血筋に残っているからでしかない。


「ココ、俺は竜を取り戻すぞ」

「キュッ!」


 竜騎士がちやほやされ、大元であったはずのテイマーが一声で職を失うような状況は許せない。


「多分あいつも生きてるはずだからな」


 この緑竜たちの始祖。俺のかつての相棒を思い出しながら言う。


「キュー」

「ごめんごめん。お前も今までより強くなるから!」

「キュッ! キュッ!」


 嫉妬したように頭突するココをなだめながら、静まり返ったコロシアムでこれからのことに思いを馳せた。

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