第28話 決戦を遊ぶ(4)

 シルバたちを退け、エントランスロビーを制した俺たちは小休止を取った。


「不可解な決着だったかもしれないけど……大丈夫。こちらは誰も欠けずに、敵を減らしてる。順調と言っていいわ」


 エレナは俺たちを落ち着かせるように言った。

 まあ……確かにその通りだ。結果だけ見れば何もかも上手くいっている。

 あるいは、このちょっとモヤモヤした感じを俺たちに残すのも、シルバの狙いだったのかもしれない。

 ならばそれに乗ってやる必要はない。


「本当に、ごめんね……みんな」


 エレナが少し、申し訳なさそうに目を伏せる。


「い、今さら何言ってんだよ」

「私も戦えたら、と思うと……どうしても、もどかしくて」


 確かに、彼女の言うことはわかる。『不可視の天使インビジブル』本人が戦えれば、戦力的にはだいぶ違ってくる。

 加えて、エレナは……かつてアリーナで大暴れした経験をもつ戦神ストライカーとしては、自らの手で敵を倒せないのが悔しくてしょうがないのだろう。


「本来なら、私が――」

「そんな!」


 しかしその言葉を、アリサが遮った。


「エレナ様のご体調より大事なものなんて、この世に存在するワケありゃませんの!!」

「もー。アリサ、また呂律ろれつ回ってないわよ。――それにね」


 情緒が壊れはじめたアリサの頭を撫でて落ち着かせつつ、エレナは続けた。


「足手まといだもん、今の私……。正直、困るじゃない? 戦えないくせに口ばっかうるさい役立たずがパーティにいるのってさ」

「え、エレナ様! そんなこと……!」

「あるわよ。わかってるもん。もちろん、今さら帰るなんて言わないわよ? ただ……ごめんって。それだけは言っとかなきゃいけないから」


 それは確かに、一面の事実。彼女は直接戦闘の頭数として数えることができない。

 しかし……。


「……エレナ」


 俺は気が付くと声を出していた。どうしても言いたくなってしまった。

 役立たずってのは違うんじゃない? と。


「エレナって……」

「ん? なに、シュウ」


 エレナは狙われるばかりで、今は反撃もできず、戦闘に物理的に参加はできない。

 でも、絶対に役に立ってる! 意味がある!

 そういう意味のことが言いたくて、俺の次のセリフは……こんな言葉になってしまった。


「戦略シミュレーションとか、やったことある?」

「――は?」


 ああー。一瞬でエレナの表情が困惑になった。

 ごめんなさい下手なんですよ会話が。

 でも走り出してしまった会話は、最後まで続ける以外にない。


「いやまあ、兵士とか魔術師とかを配置して戦う、将棋みたいなゲームがあるんだけどね」

「そ……それが?」

「そこに……『王』とか『王女』とか、そういうユニットがあるんだ」


 もう、なんでこんな例えしか出てこないかなあ、と自分で思う。

 オタク丸出し。でも、俺にはこれしか出てこないし、この例えはピッタリだと思った。


「それらはね、直接は戦わないんだよ。攻撃も防御もあんま強くない。でも……」

「でも?」

「いるだけで、味方が強くなるんだ。生存してるだけで、味方全体にステータスアップのバフがかかったりする」

「シュウ……あのね」


 エレナはよくわからないというふうに頭を押さえた。


K.T.Oキルタイムにそんなシステム、ないでしょ」

「ないよ。ないけど……」


 そうだ。これはゲームシステムの話じゃない。俺が言いたいのは、あくまで。


「でも、人間にはそういうのがある・・・・・・・・・・・・

「……えっ」

「ねえ、アリサ」


 俺はアリサにも聞いてみた。


「一人で戦う時と、エレナと一緒に戦う時、どっちのほうが強くなれる気がする?」

「もっちろん! わたくしはエレナ様を守る時こそ最強ですわ!」

「でしょ? ……ルカもさ」

「え? あたしっすか?」


「シルバの下で怯えてた時と、今。どっちのほうが良く動ける?」

「そりゃもう今っすよ! 間違いないですね!」

「……そういうことなんだ」


 あらためてエレナを見る。彼女もうすうす、わかってきてくれたかもしれない。


K.T.Oキルタイムは凄いゲームだから、リアルに『人間』が反映される。だから、人間が強くなることをすれば――モチベとか集中力とか、見えないものが変わってくる」

「そんな大げさな……」


ゲームの中のこと・・・・・・・・だけ強くなっても、勝つのって案外難しいんだよね」

「…………」

「一言でいうと――このチームの『士気』。それはエレナが持ってるんだ」

「士気……」

「だって……『悪』を、ゴルロワを潰したいっていうこのチームの『動機』は、エレナから始まったんだから。だからさ――」


 俺はあらためてエレナを見た。


「倒そう、ゴルロワを……俺たちで。一緒に・・・

「シュウ」


 エレナは少しの間、感動したように聞き入ってから……。


「何よ……もう! 私を差し置いていいコト言っちゃってさ!」


 気合を入れなおすようにパチーンと、己の頬を叩いた。


「言われなくたって、やってやるわよ!」

「うん」


 俺はうなずいた。自信に満ちた「女神様」の顔が戻っていた。


「さあ、行くわよみんな!」


 エレナは戦えないにもかかわらず、先頭をきって歩き出した。

 それは本来ならば愚策。狙われたらおしまいだ。

 だが、彼女に危機が迫れば、俺が絶対に助ける。だから問題ない。

 何よりも――やっぱり我が軍のリーダーには、先頭そこが似合う。




 そうして俺たちは、ゴルロワの待つ上層階へと出発した。


「本当に……もう、あんなカッコ……いいこと……平然と……」


 先頭を行くエレナは、妙に早足だった。

 何かぶつぶつとつぶやいている。なんだろう。体調は大丈夫だと思うけど。


「…………」


 それを見て、俺の隣を歩くアリサがわずかに眉をひそめた。

 こういう時に『神の眼』の観察眼というのは少し面倒で、彼女が何か複雑な想いを抱えているというのが、わかってしまう。

 最終決戦を前にしてそれは、あまり良くない気もする。


 何か声をかけたほうがいいのかな……? とはいえ俺が何を言える?

 そう考えていると、しかし、当のアリサのほうから話しかけてきた。


「……シュウ」

「え、なに」

「アナタは……凄いひとですわ」

「なに本当に急に!?」


「ゲームも強いし、頭もいい。真摯でまじめで、エレナ様の目的に、すぐ共感できる善人で……さっきも、わたくしに一番のタイミングを指示してくれて」

「そ、そんなに言われるとむずがゆいんですが」

「…………」


 アリサの表情は変わらない。俺のことを褒めながら、何か不服なことがある顔。


「……シュウは」

「ん?」

「エレナ様『ご本人』に会ってるんですのよね」

「う、うん。K.T.Oキルタイムに誘われた時に」


「う……うらやましい!! わたくしですら、お会いしたことないのに……!」

「え……アリサはないの!?」


 ちょっと意外だった。エレナの最側近のような態度してたから、てっきり現実でも友達か何かかと。

 まあ、俺の時はゲーム外にいた俺を誘うために現れたんだから、他に手段もなかっただろう。普通にゲームのチームメイトとは、ゲーム内での付き合いなんだな。


「ねえ……その……どうだった? エレナ様」

「ど、どうって?」

「美しかったかって聞いてるんですのよ!」

「ええっ」


 そんなことを聞かれるとは思わなかった。


「その……本当は、こんなこと聞くのはマナー違反だって、わかってますのよ。でも……でも……」

「う、うーん……」


 アリサが葛藤している横で、思い出す。俺の前に現れた女の子、天堂絵礼奈。

 第一印象はこうだった。

 ――「今まで生きてきて、こんな美人と会話したことはない」。


「その、うん。そりゃもう、見たことないくらいすごい美人だった……よ」


 なんかちょっと恥ずかしくなりながら、一応俺は正直に教えてあげた。


「ううッ、やっぱり。さすがエレナ様……!」


 アリサは一瞬だけなんだか恍惚とした顔になりつつ、すぐに考え込むような仕草に戻った。複雑な表情だ。

 でも、その後、すっと表情が戻った。顔から不服さが消えていた。

 彼女は言った。


「……シュウ。わたくしは」

「な、何でしょう」

「離れませんからね。エレナ様からも……あなたからも」

「え? それはどういう……」


「仮にエレナ様とあなたが一緒にいても! わたくしも……そこにいますから。そこに、いたいから! それしか、全員が幸せになる道はないんですの!」

「ん? し? 幸せ?」

「はい、この話はおしまいですわ!」

「な、何なの本当に!?」


 アリサは勝手に会話を打ち切ると、そこからは何もしゃべらなかった。

 なんだかちょっと気になるけど、聞く勇気なんかあるわけないので、俺は黙っておくことにした。

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